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第5話:仮面の正体
管理人さんとの生活が始まって、二週間が経った。
俺の心身は、驚くほど回復していた。夜も眠れるようになったし、彼の作る食事のおかげか、体重も少し戻った。窓から見える空の色や、街の喧騒を、少しだけ冷静に受け止められるようになってきた。
その日、管理人さんは「急な仕事が入った」と言って、朝早くから出かけていった。
「夕方には戻る。冷蔵庫に昼食は用意してあるから、温めて食べろ」
「はい。いってらっしゃい」
玄関で彼を見送る。いつの間にか、そんなやり取りが当たり前になっていた。
一人きりになった広いリビングは、静寂に包まれている。時間を持て余した俺は、ソファに寝転がって、ぼんやりと天井を眺めていた。
(これから、どうしよう……)
いつまでも、ここにいるわけにはいかない。管理人さんの優しさに甘えてばかりではいけない。でも、ここから一歩外に出る勇気は、まだなかった。世間が怖い。人の目が怖い。
そんなことを考えていると、不意にリビングの隅に置かれた大型テレビが目に入った。この家に来てから、一度もつけていない。管理人さんも、テレビを見る習慣がないようだった。ニュースも、ワイドショーも、今の俺には毒でしかない。
けれど、リモコンがすぐ手の届くところにあるのを見て、ほんの少しの出来心が湧いた。
ほんの少しだけ。芸能界とは関係ない、動物番組か何かでもやっていないだろうか。
恐る恐るリモコンの電源ボタンを押す。
画面が明るくなり、華やかなスタジオのセットが映し出された。どうやら、バラエティ番組のようだ。しまった、と思ったが、すぐに消すのも何だか悔しくて、そのままチャンネルを変えようとした。
その時、司会者がゲストを紹介する声が聞こえた。
「さあ、そして本日のスペシャルゲストは、現在公開中の映画『蒼穹のモノローグ』で主演を務める、この方です! 一ノ瀬海翔さん!」
大きな拍手と共に、スタジオの中央に座る一人の男がアップになる。
俺は、息を呑んだ。
時が、止まった。
心臓が、ドクン、と大きく跳ねる。
そこに映っていたのは、今をときめく若手No.1俳優、一ノ瀬海翔。クールな役柄が多く、ストイックで、他人にあまり興味を示さないことで有名だ。俺もアイドル時代、歌番組で何度か一緒になったことがある。けれど、挨拶を交わす程度で、ほとんど話したことはなかった。雲の上の人、という印象だった。
だが、問題はそこじゃない。
テレビ画面の中で、涼しげな顔で司会者の話に相槌を打っているその顔は。
毎朝、俺のために朝食を作り、「ちゃんと食べろ」とぶっきらぼうに言う、あの男。
夜、眠れない俺のそばに、何も言わずに座っていてくれる、あの男。
俺が『管理人さん』と呼んでいる男と、まったく同じ顔だった。
「……え……?」
声が、漏れた。
頭が真っ白になる。パニック、という言葉では足りないくらいの衝撃。
一ノ瀬海翔。俳優、一ノ瀬海翔。
じゃあ、俺は、この二週間、ずっと彼と一緒に暮らしていた……? あの、クールで、誰にも心を開かないと噂の、一ノ瀬海翔に世話になっていた?
なぜ? どうして? 何のために?
血の気が引いていくのが分かった。手足が冷たくなり、呼吸が浅くなる。リモコンが手から滑り落ち、床にカタンと音を立てた。
テレビの中の一ノ瀬海翔が、映画の役作りについて語っている。その低く、落ち着いた声は、紛れもなく毎晩聞いている『管理人さん』の声だった。
混乱と恐怖で、頭がどうにかなりそうだった。
その時、ガチャリ、と玄関のドアが開く音がした。
「……湊? どうした」
リビングに入ってきたのは、スーツ姿の『管理人さん』――一ノ瀬海翔だった。彼はテレビがついていることに気づき、次いで、ソファの前で呆然と立ち尽くす俺を見て、目を見開いた。その表情が、すべてを物語っていた。
彼の視線が、テレビ画面の自分自身と、俺の顔とを行き来する。
やがて彼は、観念したように、静かにため息をついた。
俺は、震える声で、かろうじて言葉を紡いだ。
「……なんで……あなたが、ここに……?」
俺の心身は、驚くほど回復していた。夜も眠れるようになったし、彼の作る食事のおかげか、体重も少し戻った。窓から見える空の色や、街の喧騒を、少しだけ冷静に受け止められるようになってきた。
その日、管理人さんは「急な仕事が入った」と言って、朝早くから出かけていった。
「夕方には戻る。冷蔵庫に昼食は用意してあるから、温めて食べろ」
「はい。いってらっしゃい」
玄関で彼を見送る。いつの間にか、そんなやり取りが当たり前になっていた。
一人きりになった広いリビングは、静寂に包まれている。時間を持て余した俺は、ソファに寝転がって、ぼんやりと天井を眺めていた。
(これから、どうしよう……)
いつまでも、ここにいるわけにはいかない。管理人さんの優しさに甘えてばかりではいけない。でも、ここから一歩外に出る勇気は、まだなかった。世間が怖い。人の目が怖い。
そんなことを考えていると、不意にリビングの隅に置かれた大型テレビが目に入った。この家に来てから、一度もつけていない。管理人さんも、テレビを見る習慣がないようだった。ニュースも、ワイドショーも、今の俺には毒でしかない。
けれど、リモコンがすぐ手の届くところにあるのを見て、ほんの少しの出来心が湧いた。
ほんの少しだけ。芸能界とは関係ない、動物番組か何かでもやっていないだろうか。
恐る恐るリモコンの電源ボタンを押す。
画面が明るくなり、華やかなスタジオのセットが映し出された。どうやら、バラエティ番組のようだ。しまった、と思ったが、すぐに消すのも何だか悔しくて、そのままチャンネルを変えようとした。
その時、司会者がゲストを紹介する声が聞こえた。
「さあ、そして本日のスペシャルゲストは、現在公開中の映画『蒼穹のモノローグ』で主演を務める、この方です! 一ノ瀬海翔さん!」
大きな拍手と共に、スタジオの中央に座る一人の男がアップになる。
俺は、息を呑んだ。
時が、止まった。
心臓が、ドクン、と大きく跳ねる。
そこに映っていたのは、今をときめく若手No.1俳優、一ノ瀬海翔。クールな役柄が多く、ストイックで、他人にあまり興味を示さないことで有名だ。俺もアイドル時代、歌番組で何度か一緒になったことがある。けれど、挨拶を交わす程度で、ほとんど話したことはなかった。雲の上の人、という印象だった。
だが、問題はそこじゃない。
テレビ画面の中で、涼しげな顔で司会者の話に相槌を打っているその顔は。
毎朝、俺のために朝食を作り、「ちゃんと食べろ」とぶっきらぼうに言う、あの男。
夜、眠れない俺のそばに、何も言わずに座っていてくれる、あの男。
俺が『管理人さん』と呼んでいる男と、まったく同じ顔だった。
「……え……?」
声が、漏れた。
頭が真っ白になる。パニック、という言葉では足りないくらいの衝撃。
一ノ瀬海翔。俳優、一ノ瀬海翔。
じゃあ、俺は、この二週間、ずっと彼と一緒に暮らしていた……? あの、クールで、誰にも心を開かないと噂の、一ノ瀬海翔に世話になっていた?
なぜ? どうして? 何のために?
血の気が引いていくのが分かった。手足が冷たくなり、呼吸が浅くなる。リモコンが手から滑り落ち、床にカタンと音を立てた。
テレビの中の一ノ瀬海翔が、映画の役作りについて語っている。その低く、落ち着いた声は、紛れもなく毎晩聞いている『管理人さん』の声だった。
混乱と恐怖で、頭がどうにかなりそうだった。
その時、ガチャリ、と玄関のドアが開く音がした。
「……湊? どうした」
リビングに入ってきたのは、スーツ姿の『管理人さん』――一ノ瀬海翔だった。彼はテレビがついていることに気づき、次いで、ソファの前で呆然と立ち尽くす俺を見て、目を見開いた。その表情が、すべてを物語っていた。
彼の視線が、テレビ画面の自分自身と、俺の顔とを行き来する。
やがて彼は、観念したように、静かにため息をついた。
俺は、震える声で、かろうじて言葉を紡いだ。
「……なんで……あなたが、ここに……?」
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