絶対的センターだった俺を匿ったのは、実は俺の熱烈なファンだったクールな俳優様でした。秘密の同居から始まる再生ラブ

水凪しおん

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第7話:失われた音色

 一ノ瀬海翔。
『管理人さん』の正体が、憧れの俳優その人だったという事実は、俺たちの間に見えない壁を作った。
 今までのように、自然に言葉を交わすことができなくなった。彼の顔をまともに見られない。彼が用意してくれた食事を食べる時も、ソファで隣に座る時も、常に「あの俳優の一ノ瀬海翔に、迷惑をかけている」という意識が頭から離れない。
「湊」
 海翔が俺の名前を呼ぶたびに、心臓が跳ねた。彼の優しさ一つ一つが、今は重たい足枷のように感じられる。
(俺は、ここにいちゃいけない)
 彼は、輝かしいキャリアを築き上げているトップ俳優だ。スキャンダルで芸能界を追放された俺が、彼の家に匿われているなんて知られたら、彼の人生にどれだけの傷がつくか。考えただけで、血の気が引いた。
 彼のファンだったという言葉は、嬉しかった。でも、それ以上に、彼を失望させたくないという気持ちが強かった。もう、俺には彼の期待に応えられるような才能なんて、どこにも残っていない。
 決心は、案外あっさりと固まった。
 その夜、海翔が仕事から帰宅するのを待って、俺は切り出した。
「一ノ瀬さん。……今まで、本当にありがとうございました。明日、ここを出ていこうと思います」
 ソファに座って台本を読んでいた海翔が、ゆっくりと顔を上げた。その表情は、いつも通り涼しげで、感情が読み取れない。
「……どこへ行くつもりだ」
「どこか、安いアパートでも探します。少しだけ貯金もあるので。これ以上、あなたに迷惑はかけられません」
 俺は、彼の目を見ないようにして、床の一点を見つめながら言った。
「迷惑?」
 海翔の声が、少し低くなった。
「誰が、迷惑だと言った」
「俺が、そう思うんです。あなたは、これからもっと活躍していく人だ。俺みたいな人間と関わるべきじゃない」
「俺が決めることだ、それは」
「でも……!」
 思わず顔を上げると、海翔がすぐ目の前に立っていた。いつの間に移動したのか、その影が俺をすっぽりと覆う。
「あなたに迷惑はかけられない」
 俺はもう一度、震える声で繰り返した。
 これ以上、彼の優しさに甘えて、彼の人生を台無しにするわけにはいかない。それが、俺にできる唯一の恩返しのはずだ。
 俺は立ち上がり、彼の横をすり抜けようとした。その腕を、強い力で掴まれる。
「っ……離して……」
「嫌だ」
 彼の声には、拒絶を許さない響きがあった。
「湊。俺の話をちゃんと聞け」
 海翔は、俺の腕を掴んだまま、もう片方の手で俺の顎を持ち上げ、無理やり視線を合わせた。その瞳の奥が、今まで見たことのない熱を帯びて揺れている。
「俺が君をここに連れてきたのは、同情や気まぐれじゃない。迷惑だなんて、一度でも思ったことはない」
「…………」
「俺は、君の音楽がもう一度聴きたいんだ」
 彼の言葉が、静寂に響いた。
「ファンとして、じゃない。一人の人間として、朝比奈湊が作る音楽に、もう一度触れたい。それだけなんだ」
 まっすぐな、あまりにも純粋な願い。
 その言葉が、俺の心の最も柔らかい場所に、深く、深く突き刺さった。
 俺の音楽。
 もう、失われたと思っていたもの。自分自身で、捨ててしまったはずのもの。
 それを、こんなにも渇望してくれている人がいる。
 腕を掴む彼の力が、少しだけ強くなった。
「だから、行かないでくれ。ここにいてくれ、湊」
 懇願するような、切実な響き。
 その声に、俺の中に築き上げていたはずの決意の壁が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
 目頭が熱くなり、視界が滲んだ。
 俺の心に、この数週間で初めて、小さな、本当に小さな光が灯ったような気がした。

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