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第11話:舞台という新たな世界
数日後、俺は海翔に連れられて、都内の稽古場にいた。
「俺は先に中で篠原さんと話している。少し時間を置いてから、受付で名前を告げてくれ」
そう言い残し、海翔は先に建物の中へと消えていった。
一人残された俺は、大きく深呼吸をする。心臓がうるさいくらいに鳴っている。これから、俺の曲を評価してくれた演出家に会うのだ。
(大丈夫。俺は、作曲家としてここにきたんだ)
自分にそう言い聞かせ、俺は意を決して稽古場の扉を開いた。
受付で名前を告げると、すぐに奥の部屋に通された。そこでは、海翔と、初老の男性が話している。彼が、演出家の篠原さんだろう。白髪混じりの髪を後ろで束ね、鋭いが温かみのある瞳をしていた。
「はじめまして。朝比奈湊です」
俺が頭を下げると、篠原さんはじっと俺の顔を見つめ、それからにこりと笑った。
「君か。君が、あの曲を……。はじめまして、演出の篠原です。いやあ、まいったよ。一ノ瀬くんからデモを渡された時、鳥肌が立った」
彼は興奮した様子で捲し立てた。
「あの曲には、君の人生が詰まっている。絶望も、苦しみも、そして、その先にある微かな光も。まさに、我々が作ろうとしている舞台のテーマそのものだ」
正直で、裏表のない人だというのが伝わってきた。俺は、少しだけ安堵する。
「ありがとうございます。光栄です」
「ぜひ、君にこの舞台の音楽をすべて任せたい。もちろん、テーマ曲のアレンジもお願いしたいんだが……どうだろうか?」
願ってもない提案だった。
「はい。ぜひ、やらせてください」
俺が力強く頷くと、篠原さんは満足そうに頷いた。
話は順調に進み、当初の目的は達成された。これで俺は、作曲家として、この舞台に関わることができる。それだけで十分すぎるほどのチャンスだった。
だが、篠原さんは、まだ何か言いたそうに俺の顔をじっと見ていた。
「……一つ、突拍子もない提案をしてもいいだろうか」
「はい?」
「朝比奈くん。君自身が、この舞台に出てみないか?」
「…………え?」
俺と、隣にいた海翔が、同時に固まった。
「舞台に……俺が、ですか?」
「ああ」
篠原さんの目は、真剣だった。
「もちろん、役者としての君は未知数だ。だが、君には……何というか、人を惹きつける何かがある。その儚げな雰囲気と、瞳の奥に宿る、消えない光の強さ。それが、この物語のキーパーソンとなる役に、ぴったりだと思ったんだ」
篠原さんが語るその役は、音楽の才能に恵まれながらも、ある事件をきっかけに心を閉ざし、歌えなくなった青年だという。そして、物語のクライマックスで、再びステージに立ち、魂の歌を披露する。
まるで、俺自身の物語のようだった。
「君のあの曲は、君自身が歌い、体現することで、初めて完成する。そんな気がしてならないんだ」
あまりにも、無茶な提案だった。
役者なんて、やったこともない。それに、俺が舞台に立つ? スキャンダルで世間を騒がせた、あの朝比奈湊が?
無理だ。絶対に。
俺が恐怖で言葉を失っていると、隣で黙って話を聞いていた海翔が、静かに口を開いた。
「篠原さん。彼の演技指導は、俺が責任を持ってやります」
「えっ……!?」
俺は、信じられない思いで海翔を見た。
「一ノ瀬くん、君が?」
「はい」
海翔は、篠原さんに向かって力強く頷いた。そして、俺の方に向き直ると、その手で俺の肩をぐっと掴んだ。
「湊。これはチャンスだ。君が失ったステージを取り戻すための」
彼の瞳には、迷いはなかった。
「大丈夫だ。俺がついている」
その力強い言葉と、肩を掴む手の温かさ。
俺の心の中で、恐怖と、ほんの少しの挑戦してみたいという気持ちがせめぎ合う。
舞台という、新たな世界。
歌って、演じる。それは、かつての俺が最も輝いていた場所。
「……やります」
気づけば、俺はそう答えていた。
自分でも信じられなかった。でも、海翔の真っ直ぐな瞳に見つめられていたら、不思議と「できるかもしれない」と思えたのだ。
こうして、作曲家として関わるはずだった舞台に、俺は役者としても立つことが決まった。
それは、海翔との、二人三脚での新たな挑戦の始まりだった。
「俺は先に中で篠原さんと話している。少し時間を置いてから、受付で名前を告げてくれ」
そう言い残し、海翔は先に建物の中へと消えていった。
一人残された俺は、大きく深呼吸をする。心臓がうるさいくらいに鳴っている。これから、俺の曲を評価してくれた演出家に会うのだ。
(大丈夫。俺は、作曲家としてここにきたんだ)
自分にそう言い聞かせ、俺は意を決して稽古場の扉を開いた。
受付で名前を告げると、すぐに奥の部屋に通された。そこでは、海翔と、初老の男性が話している。彼が、演出家の篠原さんだろう。白髪混じりの髪を後ろで束ね、鋭いが温かみのある瞳をしていた。
「はじめまして。朝比奈湊です」
俺が頭を下げると、篠原さんはじっと俺の顔を見つめ、それからにこりと笑った。
「君か。君が、あの曲を……。はじめまして、演出の篠原です。いやあ、まいったよ。一ノ瀬くんからデモを渡された時、鳥肌が立った」
彼は興奮した様子で捲し立てた。
「あの曲には、君の人生が詰まっている。絶望も、苦しみも、そして、その先にある微かな光も。まさに、我々が作ろうとしている舞台のテーマそのものだ」
正直で、裏表のない人だというのが伝わってきた。俺は、少しだけ安堵する。
「ありがとうございます。光栄です」
「ぜひ、君にこの舞台の音楽をすべて任せたい。もちろん、テーマ曲のアレンジもお願いしたいんだが……どうだろうか?」
願ってもない提案だった。
「はい。ぜひ、やらせてください」
俺が力強く頷くと、篠原さんは満足そうに頷いた。
話は順調に進み、当初の目的は達成された。これで俺は、作曲家として、この舞台に関わることができる。それだけで十分すぎるほどのチャンスだった。
だが、篠原さんは、まだ何か言いたそうに俺の顔をじっと見ていた。
「……一つ、突拍子もない提案をしてもいいだろうか」
「はい?」
「朝比奈くん。君自身が、この舞台に出てみないか?」
「…………え?」
俺と、隣にいた海翔が、同時に固まった。
「舞台に……俺が、ですか?」
「ああ」
篠原さんの目は、真剣だった。
「もちろん、役者としての君は未知数だ。だが、君には……何というか、人を惹きつける何かがある。その儚げな雰囲気と、瞳の奥に宿る、消えない光の強さ。それが、この物語のキーパーソンとなる役に、ぴったりだと思ったんだ」
篠原さんが語るその役は、音楽の才能に恵まれながらも、ある事件をきっかけに心を閉ざし、歌えなくなった青年だという。そして、物語のクライマックスで、再びステージに立ち、魂の歌を披露する。
まるで、俺自身の物語のようだった。
「君のあの曲は、君自身が歌い、体現することで、初めて完成する。そんな気がしてならないんだ」
あまりにも、無茶な提案だった。
役者なんて、やったこともない。それに、俺が舞台に立つ? スキャンダルで世間を騒がせた、あの朝比奈湊が?
無理だ。絶対に。
俺が恐怖で言葉を失っていると、隣で黙って話を聞いていた海翔が、静かに口を開いた。
「篠原さん。彼の演技指導は、俺が責任を持ってやります」
「えっ……!?」
俺は、信じられない思いで海翔を見た。
「一ノ瀬くん、君が?」
「はい」
海翔は、篠原さんに向かって力強く頷いた。そして、俺の方に向き直ると、その手で俺の肩をぐっと掴んだ。
「湊。これはチャンスだ。君が失ったステージを取り戻すための」
彼の瞳には、迷いはなかった。
「大丈夫だ。俺がついている」
その力強い言葉と、肩を掴む手の温かさ。
俺の心の中で、恐怖と、ほんの少しの挑戦してみたいという気持ちがせめぎ合う。
舞台という、新たな世界。
歌って、演じる。それは、かつての俺が最も輝いていた場所。
「……やります」
気づけば、俺はそう答えていた。
自分でも信じられなかった。でも、海翔の真っ直ぐな瞳に見つめられていたら、不思議と「できるかもしれない」と思えたのだ。
こうして、作曲家として関わるはずだった舞台に、俺は役者としても立つことが決まった。
それは、海翔との、二人三脚での新たな挑戦の始まりだった。
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