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第15話:忍び寄る影
海翔との間に流れる空気は、あの日以来、ひどくぎこちないものになった。
彼は俺を避けるように、必要最低限の会話しかしない。二人きりのレッスンも、身体的な接触を極力避けるようになった。その距離感が、俺の胸を締め付けた。
それでも、舞台の稽古は待ってくれない。
俺は自分の役に没頭することで、海翔への気持ちから逃れようとした。共演者たちとの関係も良好になり、稽古場は俺にとって、ようやく見つけた「居場所」になりつつあった。
変装のために眼鏡をかけ、帽子を目深に被ってはいるが、稽古場に通う毎日で、俺が外の世界にいる時間は格段に増えた。それは同時に、マスコミの目に触れる危険性が高まることも意味していた。
俺たちは、その危険性を甘く見ていたのかもしれない。
「なあ、最近の一ノ瀬海翔、何か変じゃないか?」
都内にある週刊誌の編集部で、一人の記者が同僚に話しかけた。脂ぎった顔をした、中年の男だ。彼の名は、黒田。かつて、俺の捏造スキャンダルを大々的に報じ、俺の人生を地獄に突き落とした張本人だった。
「変って、何が?」
「仕事が終わると、どこにも寄らずに真っ直ぐ家に帰る。付き合いの悪さは有名だが、それにしても徹底しすぎている。まるで、家に誰か待っている人間でもいるみたいにな」
黒田の目は、獲物を見つけたハイエナのようにギラリと光った。彼は、一ノ瀬海翔というビッグネームの周辺を執拗に嗅ぎまわっていた。清廉潔白で知られる俳優のスキャンダルは、大きな金になる。
「何か掴んでるのか?」
「いや、まだだ。だが、俺の勘が言ってるんだよ。あのタワマンには、何かあるってな」
黒田は、粘着質な取材で知られる男だった。彼はその日から、海翔の住むタワーマンションの前に張り込むようになった。
そんな影が忍び寄っていることなど、俺たちは知る由もなかった。
俺はただ、来る舞台初日に向けて、必死に稽古に打ち込んでいた。
「湊くん、すごいじゃないか! どんどん良くなってる!」
演出家の篠原さんは、手放しで俺を褒めてくれた。その言葉が、俺の自信に繋がっていく。
夜、マンションに帰ると、リビングのテーブルに食事が用意されている。俺が帰る前に、海翔が作って置いていってくれたものだ。彼とは顔を合わせない日も増えたが、その不器用な優しさは変わらなかった。
(いつか、ちゃんとお礼を言わないと)
(そして、この気持ちにも、けじめをつけないと)
舞台が終わったら。
この舞台が成功したら、ちゃんと自立して、この家を出ていこう。そして、彼には心からの感謝を伝えよう。恋心は、胸の奥深くにしまいこんで。
それが、俺にできる唯一のことだ。
そう、心に決めていた。
だが、運命は、そんな俺たちのささやかな平穏を、いとも容易く打ち砕こうとしていた。
黒田の構える望遠レンズが、ついにそのターゲットを捉える。
それは、稽古帰りの俺が、マンションのエントランスに足早に消えていく姿だった。帽子で顔ははっきりとは見えない。だが、その背格好、纏う雰囲気。
黒田の脳裏に、数ヶ月前の、あのスキャンダルが蘇る。
「……まさか……朝比奈、湊……?」
黒田の口元が、歪んだ笑みに吊り上がった。
巨大な嵐が、すぐそこまで迫っていた。
彼は俺を避けるように、必要最低限の会話しかしない。二人きりのレッスンも、身体的な接触を極力避けるようになった。その距離感が、俺の胸を締め付けた。
それでも、舞台の稽古は待ってくれない。
俺は自分の役に没頭することで、海翔への気持ちから逃れようとした。共演者たちとの関係も良好になり、稽古場は俺にとって、ようやく見つけた「居場所」になりつつあった。
変装のために眼鏡をかけ、帽子を目深に被ってはいるが、稽古場に通う毎日で、俺が外の世界にいる時間は格段に増えた。それは同時に、マスコミの目に触れる危険性が高まることも意味していた。
俺たちは、その危険性を甘く見ていたのかもしれない。
「なあ、最近の一ノ瀬海翔、何か変じゃないか?」
都内にある週刊誌の編集部で、一人の記者が同僚に話しかけた。脂ぎった顔をした、中年の男だ。彼の名は、黒田。かつて、俺の捏造スキャンダルを大々的に報じ、俺の人生を地獄に突き落とした張本人だった。
「変って、何が?」
「仕事が終わると、どこにも寄らずに真っ直ぐ家に帰る。付き合いの悪さは有名だが、それにしても徹底しすぎている。まるで、家に誰か待っている人間でもいるみたいにな」
黒田の目は、獲物を見つけたハイエナのようにギラリと光った。彼は、一ノ瀬海翔というビッグネームの周辺を執拗に嗅ぎまわっていた。清廉潔白で知られる俳優のスキャンダルは、大きな金になる。
「何か掴んでるのか?」
「いや、まだだ。だが、俺の勘が言ってるんだよ。あのタワマンには、何かあるってな」
黒田は、粘着質な取材で知られる男だった。彼はその日から、海翔の住むタワーマンションの前に張り込むようになった。
そんな影が忍び寄っていることなど、俺たちは知る由もなかった。
俺はただ、来る舞台初日に向けて、必死に稽古に打ち込んでいた。
「湊くん、すごいじゃないか! どんどん良くなってる!」
演出家の篠原さんは、手放しで俺を褒めてくれた。その言葉が、俺の自信に繋がっていく。
夜、マンションに帰ると、リビングのテーブルに食事が用意されている。俺が帰る前に、海翔が作って置いていってくれたものだ。彼とは顔を合わせない日も増えたが、その不器用な優しさは変わらなかった。
(いつか、ちゃんとお礼を言わないと)
(そして、この気持ちにも、けじめをつけないと)
舞台が終わったら。
この舞台が成功したら、ちゃんと自立して、この家を出ていこう。そして、彼には心からの感謝を伝えよう。恋心は、胸の奥深くにしまいこんで。
それが、俺にできる唯一のことだ。
そう、心に決めていた。
だが、運命は、そんな俺たちのささやかな平穏を、いとも容易く打ち砕こうとしていた。
黒田の構える望遠レンズが、ついにそのターゲットを捉える。
それは、稽古帰りの俺が、マンションのエントランスに足早に消えていく姿だった。帽子で顔ははっきりとは見えない。だが、その背格好、纏う雰囲気。
黒田の脳裏に、数ヶ月前の、あのスキャンダルが蘇る。
「……まさか……朝比奈、湊……?」
黒田の口元が、歪んだ笑みに吊り上がった。
巨大な嵐が、すぐそこまで迫っていた。
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