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第6話:甘すぎる求婚
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ヴィクトルが帰った後も、俺はしばらく呆然としていた。
皇帝からの保護の申し出。そして、あの心のこもった手紙と贈り物。全てが現実離れしていて、ふわふわとした気分だった。
それから数日後。事件は起きた。
夜、いつものように屋根裏部屋で過ごしていると、下の自室から物音がした。マリアだろうか? いや、彼女なら必ず声をかけるはずだ。
警戒しながら梯子を降りると、部屋のバルコニーに、月光を背にして立つ人影があった。
「誰だ!?」
身構える俺に、その人影はゆっくりと振り返った。
漆黒の髪、金の瞳。そこにいたのは、いるはずのない人物だった。
「カイゼル……陛下!?」
「静かに。大声を出すな」
シュヴァルツヴァルト帝国の皇帝が、護衛も連れず、単身で公爵家の屋根裏部屋同然の部屋に忍び込んでいる。信じられない光景だ。
カイゼルは悠然と部屋に足を踏み入れると、俺の目の前に立った。間近で見る彼は、夜会で見た時よりもさらに圧倒的な存在感を放っていた。
「どうして、ここに……」
「君に会いに来た。ヴィクトルからの報告は聞いた」
カイゼルは、部屋の隅に置かれた硬いベッドや、粗末な調度品を一瞥し、眉を顰めた。
「やはり、酷い環境だ。一刻も早く、ここから出してやりたい」
彼の金の瞳が、まっすぐに俺を見つめる。その真剣な眼差しに、俺はたじろいだ。
「君に、選択肢をやろう」
カイゼルは、ゆっくりと口を開いた。その声は、有無を言わせぬ王の響きを持っていた。
「一つ。このままこの家で、先の見えない虐待に耐え続けるか」
彼は、俺が返事をしないことを分かっているように、言葉を続ける。
「二つ。アルフォンス王太子との婚約を破棄し、私の番(つがい)として帝国に来てほしい」
「…………は?」
求婚。あまりにも単刀直入で、甘すぎる申し出に、俺の頭は完全にフリーズした。
番? 帝国へ? 俺が?
「な、何を……おっしゃっているのですか。私など、あなた様にふさわしくありません。私はβですし、ヴァインベルク家の……」
「お前はβではないだろう。そして、私がお前の運命の番(α)だ。違うか?」
カイゼルにそう言われ、ドキリとする。彼には、俺がΩであることが分かっているのだ。そして、運命の番だという確信がある。
αとΩの間に存在する、魂の結びつき。小説の中だけの話だと思っていた。だが、彼に触れられた時のあの痺れ、彼のフェロモンに揺さぶられるこの身体が、それが真実だと告げている。
それでも、俺には受け入れることなどできなかった。
「で、ですが、私にはアルフォンス殿下という婚約者が……」
「あんな愚かな男、お前にふさわしくない。そもそも、お前を正しく見ようともしない男に、嫁ぐ価値などあるものか」
カイゼルの言葉は、いっそ清々しいほどに傲慢で、しかし絶対的な自信に満ちていた。
俺は俯き、か細い声で答える。
「無理です。私のような者が、陛下の番になるなど……」
虐げられ、蔑まれ、自己肯定感など地の底まで落ちている俺にとって、皇帝の番になるという未来は、あまりにも眩しすぎた。
すると、カイゼルは俺の顎にそっと手を添え、顔を上げさせた。
彼の金の瞳が、夜の闇の中でも爛々と輝いている。その光は、真摯で、揺るぎない覚悟を宿していた。
「私が、ふさわしいと判断した」
静かだが、力強い声が、部屋に響いた。
「他の誰でもない。お前がいいんだ、リオン」
その言葉に、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
「お前がいい」。生まれてこの方、誰かにそんなことを言われたのは初めてだった。
抗えない。この男の瞳に宿る光には、抗うことのできない、不思議な魅力があった。
俺の心は、大きく、激しく揺れ動いていた。
皇帝からの保護の申し出。そして、あの心のこもった手紙と贈り物。全てが現実離れしていて、ふわふわとした気分だった。
それから数日後。事件は起きた。
夜、いつものように屋根裏部屋で過ごしていると、下の自室から物音がした。マリアだろうか? いや、彼女なら必ず声をかけるはずだ。
警戒しながら梯子を降りると、部屋のバルコニーに、月光を背にして立つ人影があった。
「誰だ!?」
身構える俺に、その人影はゆっくりと振り返った。
漆黒の髪、金の瞳。そこにいたのは、いるはずのない人物だった。
「カイゼル……陛下!?」
「静かに。大声を出すな」
シュヴァルツヴァルト帝国の皇帝が、護衛も連れず、単身で公爵家の屋根裏部屋同然の部屋に忍び込んでいる。信じられない光景だ。
カイゼルは悠然と部屋に足を踏み入れると、俺の目の前に立った。間近で見る彼は、夜会で見た時よりもさらに圧倒的な存在感を放っていた。
「どうして、ここに……」
「君に会いに来た。ヴィクトルからの報告は聞いた」
カイゼルは、部屋の隅に置かれた硬いベッドや、粗末な調度品を一瞥し、眉を顰めた。
「やはり、酷い環境だ。一刻も早く、ここから出してやりたい」
彼の金の瞳が、まっすぐに俺を見つめる。その真剣な眼差しに、俺はたじろいだ。
「君に、選択肢をやろう」
カイゼルは、ゆっくりと口を開いた。その声は、有無を言わせぬ王の響きを持っていた。
「一つ。このままこの家で、先の見えない虐待に耐え続けるか」
彼は、俺が返事をしないことを分かっているように、言葉を続ける。
「二つ。アルフォンス王太子との婚約を破棄し、私の番(つがい)として帝国に来てほしい」
「…………は?」
求婚。あまりにも単刀直入で、甘すぎる申し出に、俺の頭は完全にフリーズした。
番? 帝国へ? 俺が?
「な、何を……おっしゃっているのですか。私など、あなた様にふさわしくありません。私はβですし、ヴァインベルク家の……」
「お前はβではないだろう。そして、私がお前の運命の番(α)だ。違うか?」
カイゼルにそう言われ、ドキリとする。彼には、俺がΩであることが分かっているのだ。そして、運命の番だという確信がある。
αとΩの間に存在する、魂の結びつき。小説の中だけの話だと思っていた。だが、彼に触れられた時のあの痺れ、彼のフェロモンに揺さぶられるこの身体が、それが真実だと告げている。
それでも、俺には受け入れることなどできなかった。
「で、ですが、私にはアルフォンス殿下という婚約者が……」
「あんな愚かな男、お前にふさわしくない。そもそも、お前を正しく見ようともしない男に、嫁ぐ価値などあるものか」
カイゼルの言葉は、いっそ清々しいほどに傲慢で、しかし絶対的な自信に満ちていた。
俺は俯き、か細い声で答える。
「無理です。私のような者が、陛下の番になるなど……」
虐げられ、蔑まれ、自己肯定感など地の底まで落ちている俺にとって、皇帝の番になるという未来は、あまりにも眩しすぎた。
すると、カイゼルは俺の顎にそっと手を添え、顔を上げさせた。
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「私が、ふさわしいと判断した」
静かだが、力強い声が、部屋に響いた。
「他の誰でもない。お前がいいんだ、リオン」
その言葉に、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
「お前がいい」。生まれてこの方、誰かにそんなことを言われたのは初めてだった。
抗えない。この男の瞳に宿る光には、抗うことのできない、不思議な魅力があった。
俺の心は、大きく、激しく揺れ動いていた。
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