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第1話「偽りの断罪、終わりの始まり」
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「レオン・フォン・ヴァイスハイト! 今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
夜会の喧騒が嘘のように静まり返った大広間に、若き王子の声が朗々と響き渡った。
金色の髪を揺らし、青い瞳に正義の光を宿した男――このクローネンベルク王国の第一王子、アルベルト・フォン・クローネンベルク。
彼の腕の中には、か弱い小動物のように震える少女が抱かれている。
桜色の髪をした、聖女リリア・ベルクだ。
俺、レオン・フォン・ヴァイスハイトは、冷めた紫の瞳でその茶番を眺めていた。
公爵家の嫡男として、幼い頃からこの国の王太子妃教育を受けてきた。
アルベルトの婚約者として彼を支え、国を支えるのが俺の役目だったはずだ。
だが、それも今日で終わりらしい。
「リリアは、その聖なる力でこの国に豊穣をもたらす希望の光だ。だというのに貴様は、その清らかな彼女に嫉妬し、夜な夜な嫌がらせを繰り返した! その罪、万死に値する!」
アルベルトの糾弾に、周囲の貴族たちがざわめき、俺に非難の視線を向ける。
どこからか「ああ、なんて恐ろしい」「聖女様がお可哀想に」という囁き声が聞こえてくる。
滑稽だ。
リリアがもたらしたという豊穣は、俺がヴァイスハイト公爵家の権力と知識を総動員して成し遂げた農地改革の結果だというのに。
彼女がやったことと言えば、畑の隅で祈りの歌を歌っていただけ。
それを「聖女の奇跡」と祭り上げたのは、目の前の愚かな王子自身だ。
俺は彼女の無知を正そうとしただけ。
それが、彼にとっては「嫉妬による嫌がらせ」に映ったらしい。
「何か言うことはあるか、レオン」
勝ち誇ったような顔で、アルベルトが俺を見下ろす。
『言うことなど、山ほどある』
だが、それを口にしたところで、今の彼らに届く言葉など一つもないだろう。
彼らはもう、「悪役令息レオンが聖女リリアをいじめている」という物語を完成させてしまっているのだから。
俺はゆっくりと唇の端を吊り上げた。
求められている役割を、演じてやる。
「……ええ、ありませんわ。殿下のおっしゃる通りですもの」
わざと、女のような猫なで声で応えてやる。
するとアルベルトは眉をひそめ、リリアはびくりと肩を震わせた。
「その気味の悪い口調をやめろ! ああ、そうだ。父上にはすでに話を通してある。貴様をヴァイスハイト公爵家から勘当し、王都から追放する! 二度と我々の前にその汚らわしい姿を現すな!」
追放。
それは、貴族にとって死刑宣告にも等しい罰だ。
だが、俺の心は不思議なほど凪いでいた。
むしろ、せいせいしたとさえ思う。
この息の詰まる王宮で、愚かな王子の機嫌を取り、偽りの聖女を担ぎ上げる日々から解放されるのだから。
それに、俺には秘密がある。
この身体が、男でありながら子を成すことができる「オメガ」であるという、誰にも知られてはならない秘密が。
定期的に訪れる発情期(ヒート)を薬で抑え、アルファである王子の前で偽りの自分を演じ続けるのは、限界だった。
「謹んで、お受けいたします」
俺は優雅に一礼する。
その態度が気に食わなかったのか、アルベルトは舌打ちをした。
「衛兵! こいつを連れて行け! 追放先は……そうだ、北の果て、グライフェンがいいだろう。魔獣の森に近い、あの忌み嫌われた土地がお似合いだ!」
グライフェン。
かつては豊かな土地だったが、今は見る影もなく痩せ衰え、人々が貧困にあえぐ場所。
まさに、追放先としてはうってつけか。
衛兵に両腕を掴まれ、引きずられるようにして大広間を後にする。
すれ違いざま、リリアが俺だけに聞こえる声で囁いた。
「アルベルト様は、私のものよ」
勝利宣言のつもりのようだが、悪いがそんな男はくれてやる。
俺は振り返らず、前だけを見据えて歩き続けた。
偽りの断罪劇は終わった。
ここからが、俺の本当の人生の始まりだ。
夜会の喧騒が嘘のように静まり返った大広間に、若き王子の声が朗々と響き渡った。
金色の髪を揺らし、青い瞳に正義の光を宿した男――このクローネンベルク王国の第一王子、アルベルト・フォン・クローネンベルク。
彼の腕の中には、か弱い小動物のように震える少女が抱かれている。
桜色の髪をした、聖女リリア・ベルクだ。
俺、レオン・フォン・ヴァイスハイトは、冷めた紫の瞳でその茶番を眺めていた。
公爵家の嫡男として、幼い頃からこの国の王太子妃教育を受けてきた。
アルベルトの婚約者として彼を支え、国を支えるのが俺の役目だったはずだ。
だが、それも今日で終わりらしい。
「リリアは、その聖なる力でこの国に豊穣をもたらす希望の光だ。だというのに貴様は、その清らかな彼女に嫉妬し、夜な夜な嫌がらせを繰り返した! その罪、万死に値する!」
アルベルトの糾弾に、周囲の貴族たちがざわめき、俺に非難の視線を向ける。
どこからか「ああ、なんて恐ろしい」「聖女様がお可哀想に」という囁き声が聞こえてくる。
滑稽だ。
リリアがもたらしたという豊穣は、俺がヴァイスハイト公爵家の権力と知識を総動員して成し遂げた農地改革の結果だというのに。
彼女がやったことと言えば、畑の隅で祈りの歌を歌っていただけ。
それを「聖女の奇跡」と祭り上げたのは、目の前の愚かな王子自身だ。
俺は彼女の無知を正そうとしただけ。
それが、彼にとっては「嫉妬による嫌がらせ」に映ったらしい。
「何か言うことはあるか、レオン」
勝ち誇ったような顔で、アルベルトが俺を見下ろす。
『言うことなど、山ほどある』
だが、それを口にしたところで、今の彼らに届く言葉など一つもないだろう。
彼らはもう、「悪役令息レオンが聖女リリアをいじめている」という物語を完成させてしまっているのだから。
俺はゆっくりと唇の端を吊り上げた。
求められている役割を、演じてやる。
「……ええ、ありませんわ。殿下のおっしゃる通りですもの」
わざと、女のような猫なで声で応えてやる。
するとアルベルトは眉をひそめ、リリアはびくりと肩を震わせた。
「その気味の悪い口調をやめろ! ああ、そうだ。父上にはすでに話を通してある。貴様をヴァイスハイト公爵家から勘当し、王都から追放する! 二度と我々の前にその汚らわしい姿を現すな!」
追放。
それは、貴族にとって死刑宣告にも等しい罰だ。
だが、俺の心は不思議なほど凪いでいた。
むしろ、せいせいしたとさえ思う。
この息の詰まる王宮で、愚かな王子の機嫌を取り、偽りの聖女を担ぎ上げる日々から解放されるのだから。
それに、俺には秘密がある。
この身体が、男でありながら子を成すことができる「オメガ」であるという、誰にも知られてはならない秘密が。
定期的に訪れる発情期(ヒート)を薬で抑え、アルファである王子の前で偽りの自分を演じ続けるのは、限界だった。
「謹んで、お受けいたします」
俺は優雅に一礼する。
その態度が気に食わなかったのか、アルベルトは舌打ちをした。
「衛兵! こいつを連れて行け! 追放先は……そうだ、北の果て、グライフェンがいいだろう。魔獣の森に近い、あの忌み嫌われた土地がお似合いだ!」
グライフェン。
かつては豊かな土地だったが、今は見る影もなく痩せ衰え、人々が貧困にあえぐ場所。
まさに、追放先としてはうってつけか。
衛兵に両腕を掴まれ、引きずられるようにして大広間を後にする。
すれ違いざま、リリアが俺だけに聞こえる声で囁いた。
「アルベルト様は、私のものよ」
勝利宣言のつもりのようだが、悪いがそんな男はくれてやる。
俺は振り返らず、前だけを見据えて歩き続けた。
偽りの断罪劇は終わった。
ここからが、俺の本当の人生の始まりだ。
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