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第4話「温かい食事と、不器用な優しさ」
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次の日から、城の食事を作るのは僕の仕事になった。
料理長は口うるさいけれど、北の食材の扱い方や、長期保存の知恵など、たくさんのことを教えてくれた。厨房の他の料理人たちも、最初は遠巻きに見ていたが、次第に僕に協力してくれるようになった。
僕は毎日、母のレシピ本と首っ引きで、新しい料理に挑戦した。
辺境で手に入る食材は限られている。けれど、工夫次第で、いくらでも美味しくなることを知った。塩漬け肉を柔らかく煮込む方法。乾燥豆をふっくらと戻すコツ。固い黒パンを美味しく食べるためのディップ。
そして、食事の時間は、僕にとって特別なものになっていった。
カイゼルは、僕が作った料理を、いつも黙って、けれど綺麗に全部食べてくれる。感想を言うことは滅多にないけれど、空になった皿が、何よりの褒め言葉だった。
ある日の夕食。その日は特に冷え込みが厳しく、僕は体を温めるためのシチューを作った。根菜と、この地方で獲れるという雷鳥の肉を、クリームでじっくり煮込んだものだ。
「……美味い」
シチューを一口食べたカイゼルが、ぽつりとつぶやいた。
「!」
思わず顔を上げると、カイゼルは少しばつが悪そうに視線をそらした。彼の耳が、ほんのり赤くなっているように見えた。
その些細な変化に、僕の胸がとくんと高鳴る。
この人は、感情表現が苦手なだけなのかもしれない。冷たく見える態度の裏には、僕の知らない顔が隠されているのかもしれない。
食事の時間が終わると、カイゼルは僕を呼び止めた。
「リヒト」
「はい、カイゼル様」
「……様は、いらん」
「え?」
「カイゼル、と呼べ」
ぶっきらぼうな命令口調。けれど、その響きは少しも怖くなかった。
「……カイゼル」
おそるおそる名前を呼ぶと、彼は小さく頷いた。
「少し、付き合え」
カイゼルに連れてこられたのは、城の一角にある、ガラス張りの温室だった。
外は吹雪いているというのに、温室の中は暖かく、湿った土の匂いがした。そこには、色とりどりのハーブや、見たこともない植物が育てられている。
「ここは……?」
「薬草庫だ。辺境では、医者も薬も貴重だからな。ここで育てた薬草が、領民の命綱になる」
カイゼルはそう言って、棚に並んだ鉢植えの一つを手に取った。
「お前の手が、荒れているだろう。こいつを煎じて塗るといい」
彼が指さした僕の手を見る。確かに、水仕事と寒さで、指先は赤くひび割れていた。実家にいた頃は、こんなこと、誰も気にかけてくれなかったのに。
「ありがとうございます……」
「礼はいい。お前が倒れれば、俺が困る」
カイゼルはそっぽを向いて、憎まれ口のようなことを言う。でも、僕は知っている。これは、彼の不器用な優しさなのだと。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
この人は、僕のことを見てくれている。僕がただの道具ではなく、一人の人間として、ここにいることを認めてくれている。
その日から、カイゼルは時々、僕を温室に連れて行ってくれるようになった。
彼は植物に詳しく、それぞれの薬草の効能や、育て方を教えてくれた。無口な彼が、植物の話をする時だけは、少しだけ饒舌になるのが面白かった。
僕も、母の本に載っていたハーブの知識を話したりして、二人の間には少しずつ、穏やかな会話が生まれるようになっていった。
***
そんなある日、僕は厨房で小さな失敗をしてしまった。焼きたてのパンを取り出そうとして、誤って熱い天板に触れてしまったのだ。
「いっ……!」
手のひらに、焼けるような痛みが走る。慌てて水で冷やしたが、すぐに赤く腫れあがってしまった。
大したことはないと自分に言い聞かせ、痛みをこらえながら夕食の準備を続けた。
けれど、その日の食卓で、カイゼルはすぐに僕の異変に気づいた。
「リヒト、手を見せろ」
低い、有無を言わせぬ声だった。
僕はどきりとして、思わず火傷した方の手を隠す。
「いえ、大したことでは……」
「見せろ」
カイゼルの厳しい視線に逆らえず、おそるおそる手を差し出す。
赤く腫れた手のひらを見た瞬間、カイゼルの眉間に、深いしわが刻まれた。
「……なぜ、すぐに言わん」
その声には、怒りの色が滲んでいた。
『怒られる』
そう思って身を縮める僕に、カイゼルは予想外の行動をとった。
彼は僕の手を掴むと、力強く、しかし乱暴ではない手つきで、自分の方へと引き寄せた。そして、そのまま僕を抱きかかえると、食堂を後にして歩き出した。
いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
「きゃっ! か、カイゼル!?」
「騒ぐな」
突然のことにパニックになる僕をよそに、カイゼルは医務室へと直行した。
そして、手慣れた様子で薬箱を取り出すと、僕の手当てを始めたのだ。
冷たい軟膏が、火傷の熱を吸い取っていく。カイゼルの大きな手が、僕の手に優しく薬を塗り込み、丁寧に包帯を巻いてくれた。その手つきは、驚くほど優しかった。
「……すまない」
手当てを終えたカイゼルが、ぽつりと謝った。
「え? なぜカイゼルが謝るんですか? 私が不注意だったのに」
「俺の城で、お前に怪我をさせた。俺の監督不行き届きだ」
真剣な顔で言うカイゼルに、僕はなんだかおかしくなって、ふふっと笑ってしまった。
「どうして笑う」
「だって……カイゼルは、優しいんですね」
僕がそう言うと、カイゼルはぎょっとしたように目を見開いた。そして、気まずそうに顔をそむける。
「優しくなどない。俺は、俺の所有物を管理しているだけだ」
また、そんなことを言う。
でも、彼の耳がまた赤くなっているのを、僕は見逃さなかった。
所有物。
その言葉は、以前の僕なら深く傷ついたはずだった。
でも、今は違う。
カイゼルの言う「所有物」は、決して僕をモノとして扱っている言葉ではない。それは、彼なりの不器用な「大切にしている」という意思表示なのだと、分かってしまったから。
冷たいと噂される『氷の辺境伯』。
その素顔は、誰よりも温かくて、不器用な優しさを持った人だった。
この人のそばなら、僕は、もう傷つかなくてもいいのかもしれない。
包帯の巻かれた手のひらが、彼の優しさで、じんじんと熱を持っていた。
料理長は口うるさいけれど、北の食材の扱い方や、長期保存の知恵など、たくさんのことを教えてくれた。厨房の他の料理人たちも、最初は遠巻きに見ていたが、次第に僕に協力してくれるようになった。
僕は毎日、母のレシピ本と首っ引きで、新しい料理に挑戦した。
辺境で手に入る食材は限られている。けれど、工夫次第で、いくらでも美味しくなることを知った。塩漬け肉を柔らかく煮込む方法。乾燥豆をふっくらと戻すコツ。固い黒パンを美味しく食べるためのディップ。
そして、食事の時間は、僕にとって特別なものになっていった。
カイゼルは、僕が作った料理を、いつも黙って、けれど綺麗に全部食べてくれる。感想を言うことは滅多にないけれど、空になった皿が、何よりの褒め言葉だった。
ある日の夕食。その日は特に冷え込みが厳しく、僕は体を温めるためのシチューを作った。根菜と、この地方で獲れるという雷鳥の肉を、クリームでじっくり煮込んだものだ。
「……美味い」
シチューを一口食べたカイゼルが、ぽつりとつぶやいた。
「!」
思わず顔を上げると、カイゼルは少しばつが悪そうに視線をそらした。彼の耳が、ほんのり赤くなっているように見えた。
その些細な変化に、僕の胸がとくんと高鳴る。
この人は、感情表現が苦手なだけなのかもしれない。冷たく見える態度の裏には、僕の知らない顔が隠されているのかもしれない。
食事の時間が終わると、カイゼルは僕を呼び止めた。
「リヒト」
「はい、カイゼル様」
「……様は、いらん」
「え?」
「カイゼル、と呼べ」
ぶっきらぼうな命令口調。けれど、その響きは少しも怖くなかった。
「……カイゼル」
おそるおそる名前を呼ぶと、彼は小さく頷いた。
「少し、付き合え」
カイゼルに連れてこられたのは、城の一角にある、ガラス張りの温室だった。
外は吹雪いているというのに、温室の中は暖かく、湿った土の匂いがした。そこには、色とりどりのハーブや、見たこともない植物が育てられている。
「ここは……?」
「薬草庫だ。辺境では、医者も薬も貴重だからな。ここで育てた薬草が、領民の命綱になる」
カイゼルはそう言って、棚に並んだ鉢植えの一つを手に取った。
「お前の手が、荒れているだろう。こいつを煎じて塗るといい」
彼が指さした僕の手を見る。確かに、水仕事と寒さで、指先は赤くひび割れていた。実家にいた頃は、こんなこと、誰も気にかけてくれなかったのに。
「ありがとうございます……」
「礼はいい。お前が倒れれば、俺が困る」
カイゼルはそっぽを向いて、憎まれ口のようなことを言う。でも、僕は知っている。これは、彼の不器用な優しさなのだと。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
この人は、僕のことを見てくれている。僕がただの道具ではなく、一人の人間として、ここにいることを認めてくれている。
その日から、カイゼルは時々、僕を温室に連れて行ってくれるようになった。
彼は植物に詳しく、それぞれの薬草の効能や、育て方を教えてくれた。無口な彼が、植物の話をする時だけは、少しだけ饒舌になるのが面白かった。
僕も、母の本に載っていたハーブの知識を話したりして、二人の間には少しずつ、穏やかな会話が生まれるようになっていった。
***
そんなある日、僕は厨房で小さな失敗をしてしまった。焼きたてのパンを取り出そうとして、誤って熱い天板に触れてしまったのだ。
「いっ……!」
手のひらに、焼けるような痛みが走る。慌てて水で冷やしたが、すぐに赤く腫れあがってしまった。
大したことはないと自分に言い聞かせ、痛みをこらえながら夕食の準備を続けた。
けれど、その日の食卓で、カイゼルはすぐに僕の異変に気づいた。
「リヒト、手を見せろ」
低い、有無を言わせぬ声だった。
僕はどきりとして、思わず火傷した方の手を隠す。
「いえ、大したことでは……」
「見せろ」
カイゼルの厳しい視線に逆らえず、おそるおそる手を差し出す。
赤く腫れた手のひらを見た瞬間、カイゼルの眉間に、深いしわが刻まれた。
「……なぜ、すぐに言わん」
その声には、怒りの色が滲んでいた。
『怒られる』
そう思って身を縮める僕に、カイゼルは予想外の行動をとった。
彼は僕の手を掴むと、力強く、しかし乱暴ではない手つきで、自分の方へと引き寄せた。そして、そのまま僕を抱きかかえると、食堂を後にして歩き出した。
いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
「きゃっ! か、カイゼル!?」
「騒ぐな」
突然のことにパニックになる僕をよそに、カイゼルは医務室へと直行した。
そして、手慣れた様子で薬箱を取り出すと、僕の手当てを始めたのだ。
冷たい軟膏が、火傷の熱を吸い取っていく。カイゼルの大きな手が、僕の手に優しく薬を塗り込み、丁寧に包帯を巻いてくれた。その手つきは、驚くほど優しかった。
「……すまない」
手当てを終えたカイゼルが、ぽつりと謝った。
「え? なぜカイゼルが謝るんですか? 私が不注意だったのに」
「俺の城で、お前に怪我をさせた。俺の監督不行き届きだ」
真剣な顔で言うカイゼルに、僕はなんだかおかしくなって、ふふっと笑ってしまった。
「どうして笑う」
「だって……カイゼルは、優しいんですね」
僕がそう言うと、カイゼルはぎょっとしたように目を見開いた。そして、気まずそうに顔をそむける。
「優しくなどない。俺は、俺の所有物を管理しているだけだ」
また、そんなことを言う。
でも、彼の耳がまた赤くなっているのを、僕は見逃さなかった。
所有物。
その言葉は、以前の僕なら深く傷ついたはずだった。
でも、今は違う。
カイゼルの言う「所有物」は、決して僕をモノとして扱っている言葉ではない。それは、彼なりの不器用な「大切にしている」という意思表示なのだと、分かってしまったから。
冷たいと噂される『氷の辺境伯』。
その素顔は、誰よりも温かくて、不器用な優しさを持った人だった。
この人のそばなら、僕は、もう傷つかなくてもいいのかもしれない。
包帯の巻かれた手のひらが、彼の優しさで、じんじんと熱を持っていた。
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