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第10話「嵐の前の静寂と決意」
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季節は移ろい、学園は期末試験と、それに続く学年末の記念パーティーの準備で活気づいていた。
もちろん俺はその喧騒とは無縁の世界で、アシュレイとの穏やかな(そして閉鎖的な)日々を送っていた。
あの日アシュレイの日記を読んでから、俺たちの関係は微妙に変化した。
俺は彼の行動の裏にある深い絶望と愛情を知り、彼に対する恐怖心が薄らいでいった。代わりに芽生えたのは同情と、そして彼を支えたいという庇護欲にも似た感情だった。
彼もまた、俺が自分の過去を知ったことで少しだけ肩の荷が下りたように見えた。時折見せる皇太子としての仮面を脱いだ、年相応の弱さや甘え。それを見るたびに俺の心は締め付けられた。
「……疲れているのか?」
ある日の午後、書斎で執務をするアシュレイの背中に、俺はそっと声をかけた。
彼はここ数日公務が立て込んでいるのか、少し顔色が悪い。
「いや、大したことはない」
彼はそう言って振り返るが、その目元には隠しきれない隈ができていた。
「嘘をつけ。顔に書いてある」
俺は彼の隣に椅子を引き寄せ腰を下ろした。
そして、おずおずと彼の手を握った。
アシュレイは驚いたように目を見開いた。俺の方から彼に触れたのは、これが初めてだったからだ。
「……ルシアン」
「無理はするな。お前が倒れたら俺が困る」
ぶっきらぼうな俺の言葉に、アシュレイはふっと幸せそうに笑った。
「君に心配されるとはな。悪くない気分だ」
彼は俺の手を握り返し、その甲に自分の唇を寄せた。
「ありがとう。君がいるだけで、私はどんな疲れも吹き飛ぶよ」
その仕草も言葉も、以前なら気障ったらしいと一蹴していただろう。
だが今は素直に彼の愛情が心に沁みた。顔が熱くなるのを感じ、慌てて俯く。
「……別に、お前のためじゃない。俺が退屈したくないだけだ」
そんな可愛げのない憎まれ口しか叩けない自分が、もどかしい。
それでもアシュレイは嬉しそうに、俺の頭を優しく撫でてくれた。
こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいい。
そう思ってしまう自分がいた。
この鳥籠の中は確かに不自由だ。だが外の世界の喧騒や悪意から守られた、安全な場所でもあった。
アシュレイの愛情に包まれて、何も考えずに過ごす日々。それはある意味で、とても心地よかった。
だがこの静寂が長くは続かないことも、俺は知っていた。
学年末の記念パーティー。
それは原作ゲームにおいて、ルシアンが断罪されるクライマックスの舞台だ。
アシュレイは、その日をリリアナを断罪するための逆転の舞台にしようとしている。
「なあ、アシュレイ」
「なんだ?」
「……パーティー、俺も行く」
俺の言葉に、アシュレイは撫でていた手を止め真剣な顔で俺を見た。
「何を言っている。君はここにいればいい。すべて私が片付けてくる」
「嫌だ」
俺は彼の目をまっすぐに見つめ返した。
「これは俺の問題でもある。俺がいないところで勝手に話を進められるのはごめんだ。それに……」
言葉を区切る。
「俺はもう逃げたくない。お前に全部背負わせたくない。俺も、お前と一緒に戦いたい」
それが俺の偽らざる本心だった。
いつまでも彼に守られているだけの、か弱い存在ではいたくない。
彼の番として、彼の隣に堂々と立ちたい。
たとえそれが茨の道だとしても。
俺の決意を込めた瞳を見て、アシュレイはしばらく黙り込んでいた。
やがて彼は深いため息をつくと、諦めたように微笑んだ。
「……君は、本当に頑固だな」
「お前にだけは言われたくない」
「わかった。君の覚悟、受け取った。ならば一緒に来てくれ。私の隣で、すべての結末を見届けるがいい」
彼はそう言うと、俺を強く抱きしめた。
「だが約束しろ。決して私のそばから離れるな。何があっても、私が君を守る」
「……ああ、わかっている」
俺も彼の背中に腕を回した。
決戦の日は近い。
学園に渦巻く黒い噂。リリアナの企み。そしてアシュレイが用意した、逆転のシナリオ。
そのすべてが学年末のパーティーで交錯する。
俺は悪役令息ルシアン・フォン・ヴァイスハイトとして、もう一度あの舞台に立つ。
ただし今度は断罪されるためじゃない。
俺自身の未来と、そして愛する人の隣に立つ権利を、その手で掴み取るために。
嵐の前の静寂は、もうすぐ終わる。
俺はアシュレイの腕の中で、静かに、しかし固くその決意を胸に刻んだ。
もちろん俺はその喧騒とは無縁の世界で、アシュレイとの穏やかな(そして閉鎖的な)日々を送っていた。
あの日アシュレイの日記を読んでから、俺たちの関係は微妙に変化した。
俺は彼の行動の裏にある深い絶望と愛情を知り、彼に対する恐怖心が薄らいでいった。代わりに芽生えたのは同情と、そして彼を支えたいという庇護欲にも似た感情だった。
彼もまた、俺が自分の過去を知ったことで少しだけ肩の荷が下りたように見えた。時折見せる皇太子としての仮面を脱いだ、年相応の弱さや甘え。それを見るたびに俺の心は締め付けられた。
「……疲れているのか?」
ある日の午後、書斎で執務をするアシュレイの背中に、俺はそっと声をかけた。
彼はここ数日公務が立て込んでいるのか、少し顔色が悪い。
「いや、大したことはない」
彼はそう言って振り返るが、その目元には隠しきれない隈ができていた。
「嘘をつけ。顔に書いてある」
俺は彼の隣に椅子を引き寄せ腰を下ろした。
そして、おずおずと彼の手を握った。
アシュレイは驚いたように目を見開いた。俺の方から彼に触れたのは、これが初めてだったからだ。
「……ルシアン」
「無理はするな。お前が倒れたら俺が困る」
ぶっきらぼうな俺の言葉に、アシュレイはふっと幸せそうに笑った。
「君に心配されるとはな。悪くない気分だ」
彼は俺の手を握り返し、その甲に自分の唇を寄せた。
「ありがとう。君がいるだけで、私はどんな疲れも吹き飛ぶよ」
その仕草も言葉も、以前なら気障ったらしいと一蹴していただろう。
だが今は素直に彼の愛情が心に沁みた。顔が熱くなるのを感じ、慌てて俯く。
「……別に、お前のためじゃない。俺が退屈したくないだけだ」
そんな可愛げのない憎まれ口しか叩けない自分が、もどかしい。
それでもアシュレイは嬉しそうに、俺の頭を優しく撫でてくれた。
こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいい。
そう思ってしまう自分がいた。
この鳥籠の中は確かに不自由だ。だが外の世界の喧騒や悪意から守られた、安全な場所でもあった。
アシュレイの愛情に包まれて、何も考えずに過ごす日々。それはある意味で、とても心地よかった。
だがこの静寂が長くは続かないことも、俺は知っていた。
学年末の記念パーティー。
それは原作ゲームにおいて、ルシアンが断罪されるクライマックスの舞台だ。
アシュレイは、その日をリリアナを断罪するための逆転の舞台にしようとしている。
「なあ、アシュレイ」
「なんだ?」
「……パーティー、俺も行く」
俺の言葉に、アシュレイは撫でていた手を止め真剣な顔で俺を見た。
「何を言っている。君はここにいればいい。すべて私が片付けてくる」
「嫌だ」
俺は彼の目をまっすぐに見つめ返した。
「これは俺の問題でもある。俺がいないところで勝手に話を進められるのはごめんだ。それに……」
言葉を区切る。
「俺はもう逃げたくない。お前に全部背負わせたくない。俺も、お前と一緒に戦いたい」
それが俺の偽らざる本心だった。
いつまでも彼に守られているだけの、か弱い存在ではいたくない。
彼の番として、彼の隣に堂々と立ちたい。
たとえそれが茨の道だとしても。
俺の決意を込めた瞳を見て、アシュレイはしばらく黙り込んでいた。
やがて彼は深いため息をつくと、諦めたように微笑んだ。
「……君は、本当に頑固だな」
「お前にだけは言われたくない」
「わかった。君の覚悟、受け取った。ならば一緒に来てくれ。私の隣で、すべての結末を見届けるがいい」
彼はそう言うと、俺を強く抱きしめた。
「だが約束しろ。決して私のそばから離れるな。何があっても、私が君を守る」
「……ああ、わかっている」
俺も彼の背中に腕を回した。
決戦の日は近い。
学園に渦巻く黒い噂。リリアナの企み。そしてアシュレイが用意した、逆転のシナリオ。
そのすべてが学年末のパーティーで交錯する。
俺は悪役令息ルシアン・フォン・ヴァイスハイトとして、もう一度あの舞台に立つ。
ただし今度は断罪されるためじゃない。
俺自身の未来と、そして愛する人の隣に立つ権利を、その手で掴み取るために。
嵐の前の静寂は、もうすぐ終わる。
俺はアシュレイの腕の中で、静かに、しかし固くその決意を胸に刻んだ。
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