悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん

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第6話「学園祭の準備と予期せぬ救済」

 季節は巡り、学園は秋の彩りに包まれていた。

 そして、学園生活の一大イベント、学園祭の季節がやってきた。

 俺にとって、これほど憂鬱な期間はない。

 クラスの出し物、部活動の発表、そして最終日のダンスパーティー。どこを向いても人が溢れ、トラブルの火種が転がっている。

 俺が選んだ生存戦略は、「実行委員の裏方」に徹することだった。

 表舞台に出れば目立つ。クラスの出し物(うちは執事喫茶だった、最悪だ)に参加すれば、ノエルとの接触事故が起きる可能性が高い。ならば、生徒会室の奥で黙々と書類を処理し、資材を運ぶ人足となる道を選んだのだ。

「ヴァルドア様、こちらの予算申請書のチェックをお願いできますか?」

「ああ、置いておけ」

「テントの設営許可がまだ降りていません!」

「俺が行く。書類を寄こせ」

 計算外だったのは、前世での社畜経験がここで火を噴いてしまったことだ。

 効率的なタスク処理、的確な指示出し、無駄のない根回し。

 俺の事務処理能力は、学生レベルを超越していたらしい。生徒会の役員たちからは「冷徹な仕事人」として崇められ始め、逆に頼られるようになってしまった。

「ルシアン様がいれば、今年の学園祭は完璧だ」

 そんな評価はいらない。俺は空気になりたいのだ。

 そんなある日の放課後。

 俺は備品倉庫の在庫確認のため、旧校舎へ向かっていた。人気のない渡り廊下は静かで、久しぶりに心が安らぐ時間だった。

 しかし、その静寂はすぐに破られた。

 ガシャン、という何かが割れる音と、怒鳴り声。

「おい! 気をつけて歩けよ!」

「すみません、すみません……!」

 聞き覚えのある声だ。ノエルだ。

 俺は顔をしかめた。なぜ彼はこうもトラブルを引き寄せるのか。

 角を曲がると、廊下に散乱したティーセットの破片と、うずくまるノエルの姿があった。彼の周りには、二人の上級生が仁王立ちしている。

 ノエルは喫茶の給仕係として、食器を運んでいたようだ。エプロン姿が痛々しい。

「これ、高価なブランド物だぞ? 弁償できるのかよ、特待生」

「体で払うか? あ?」

 ああ、またこれだ。ベタな展開にうんざりする。

 ここを通らなければ倉庫に行けない。引き返せば、仕事をサボったことになる。俺の完璧な「裏方計画」に傷がつく。

 俺は意を決して、彼らの間を強行突破することにした。

 カツカツと足音を立てて近づく。

 上級生たちが振り返る。

「あ? 誰だ……ヴァ、ヴァルドア公爵令息!?」

 彼らの顔が瞬時に引きつった。

 俺は立ち止まることなく、ただ冷ややかに彼らと、床に散らばった破片を一瞥した。

「……邪魔だ」

 それだけを口にした。

 本当は「道を開けろ」という意味だった。だが、この状況で発すると、「お前たちの存在が邪魔だ」という意味に聞こえるらしい。

 さらに俺は、ポケットからハンカチを取り出し、口元を覆った。割れた食器から漂う紅茶の匂いが強かったからだが、彼らには「同じ空気を吸いたくない」という意思表示に見えただろう。

「通行の妨げになっている。片付けろ。五分以内にだ」

 俺は腕時計(魔道具)を見ながら無慈悲に告げた。倉庫の鍵の返却時間が迫っていたのだ。

 上級生たちは真っ青になり、「はいっ! ただいま!」と慌てて破片を拾い始めた。ノエルに構っている余裕などない。

 俺はその横を、悠然と通り過ぎた。

 ノエルには目もくれなかった。助けたわけではない。ただ業務遂行の障害を取り除いただけだ。

 倉庫での作業を終え、戻ってきたとき、廊下は綺麗に片付いていた。

 だが、ノエルがまだそこに立っていた。

 彼は壁に寄りかかり、俺の姿を見ると姿勢を正した。

「ルシアン様……」

 俺は無視して通り過ぎようとしたが、彼が小さな声で続けた言葉に足が止まりかけた。

「……僕、頑張ります。ルシアン様のように、強くて、誰にも媚びない人になれるように」

 その瞳は、どこまでも真剣だった。

 割れた食器の弁償は、後で生徒会費から予備費で落とせるように処理しておいた(これも俺の業務の一環だ)。それがノエルに伝わることはないだろうが、彼は何かを誤解したまま、俺を崇拝の対象にしているようだった。

 俺は小さく息を吐き、振り返らずに言った。

「……エプロンの紐が解けているぞ。みっともない」

 ただの指摘だ。深い意味はない。

 だが、背後で息を呑む気配がした。

「は、はい……!」

 弾んだ声が響く。

 俺は頭を抱えた。なぜ俺の言葉は、すべて好意的に変換されるフィルターを通ってしまうのか。

 学園祭当日が近づくにつれ、俺の胃痛は増すばかりだった。

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