新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん

文字の大きさ
5 / 16

第4話「運命の番」

しおりを挟む
『運命の、番……?』

 リアムの言葉が頭の中で反響する。
 オメガバースの世界における絶対的な結びつき。
 ごく稀に存在する、魂の片割れ。
 本で読んだだけの、おとぎ話のような存在。
 それが、俺? この、氷の騎士と?

 カイは混乱し、掴まれた手からリアムを見上げた。
 彼の青い瞳は熱を帯びて俺をじっと見つめている。
 冗談を言っているようにはとても見えない。

「な、何を……言っているんですか……」

「分からないか? 俺には分かる。お前が放つ、この甘い香りが。他の誰でもない、俺を呼んでいる」

 リアムの指がカイの頬をそっと撫でた。
 ぞくりとするような感触に身体が震える。
 この人の前では、俺がオメガであることがどうしようもなく暴かれてしまう。

 兄のゲオルグが、信じられないといった顔で叫んだ。

「ば、馬鹿な! こいつが、騎士団長の番だと!? ありえない! こんな、男の、出来損ないのオメガが!」

 その侮蔑に満ちた言葉に、リアムの纏う空気が一瞬で凍りついた。

「……もう一度言ってみろ」

 殺気にも似た威圧感に、ゲオルグはひっと短い悲鳴を上げて後ずさる。
 リアムはカイを自分の背中にかばうように立ち、ゲオルグを睨みつけた。

「お前は、俺の番を『出来損ない』と呼んだのか?」

「ち、違います! 俺は、そんなつもりでは……!」

「カイが今まで、お前たち家族からどんな扱いを受けてきたか想像に難くないな。この痩せ細った身体が何よりの証拠だ」

 リアムの視線がカイの着ている薄汚れた服や、隠しきれない手足の痣に向けられる。
 その目に宿る怒りの炎に、カイは息をのんだ。

 この人は、俺のために怒ってくれている。
 今まで誰にも庇ってもらえなかった俺のために。

 リアムは辺境伯――カイの父親の方を向いて、宣告するように言った。

「グレイフォード辺境伯。王命による当家の視察はこれにて終了とする。だが、それとは別に個人的な要求がある」

「は、はあ……何でございましょうか」

 突然の話の展開に、父親も戸惑いを隠せない。
 リアムはカイの手を再び強く握りしめ、はっきりと告げた。

「このカイを、俺が引き取る」

「なっ……!?」

 その場にいた全員が息をのんだ。

「団長、それは……養子か何かとして、でございますか?」

 父親が恐る恐る尋ねる。
 リアムは、まるで愚かな質問だとでも言うように鼻で笑った。

「番を、だと言ったはずだ。カイは俺の番としてアークライト家に迎える。異論は認めん」

 その言葉は決定事項だった。
 王国の英雄であり、国王からの信頼も厚い騎士団長の言葉に、しがない辺境伯が逆らえるはずもなかった。
 父親もゲオルグも、顔を青くしたり赤くしたりしながら何も言えずに立ち尽くしている。

 カイ自身も、あまりに急な展開についていけなかった。
 この家から出られるのは願ってもないことだ。
 でも、それがこの人の『番』として、というのは……。
 会ったばかりの、何も知らない相手だ。
 それにこの人はあまりにも地位が高すぎる。
 俺なんかが釣り合うはずがない。

『それに、運命の番だからって……愛情があるとは限らない』

 この世界では、オメガはアルファの所有物のように扱われることも少なくない。
 この地獄から逃れても、また別の地獄が待っているだけだとしたら……。

 カイの不安を読み取ったかのように、リアムが身を屈めてカイの目線を覗き込んできた。

「怖がらなくていい」

 その声は、先ほどまでの威圧感が嘘のように優しかった。

「お前を傷つけるものは、俺が全て排除する。お前はただ、俺のそばで……美味いものを作って、笑っていてくれればいい」

「……」

「お前の料理は最高だった。まるで魔法のようだ」

 まっすぐに向けられる賞賛の言葉。
 青い瞳の中に嘘は見つけられなかった。
 カイは、この人の言葉を信じてみたい、と柄にもなく思ってしまった。

 ***

 話は驚くほど早く進んだ。
 リアムがカイを連れて屋敷を出ると言った時、ゲオルグが「お待ちください! そいつの荷物をまとめさせますので!」と引き留めようとした。
 しかし、リアムはそれを冷たく一蹴した。

「荷物など必要ない。全てこちらで用意する。この家にカイのものは何一つ残させん」

 カイの私物といえば、擦り切れた服が2、3着あるだけだ。
 リアムの言う通りだった。

 カイはリアムに手を引かれるまま、屋敷の玄関ホールを横切った。
 使用人たちが遠巻きに驚きと好奇の目でこちらを見ている。
 その中にマーサの姿を見つけた。
 彼女は目に涙を浮かべながら、カイに向かって小さく頷いてくれた。
 カイも彼女にだけ分かるように小さく頭を下げた。
 短い間だったけれど、彼女の優しさは忘れない。

 屋敷の外には、リアムが乗ってきたのだろう、立派な馬が1頭繋がれていた。
 リアムはひらりと馬に跨ると、カイに向かって手を差し伸べる。

「さあ、乗れ」

 カイがためらっていると、リアムは軽々とカイの身体を抱き上げ、自分の前に乗せた。
 逞しい腕がカイの身体をすっぽりと包み込む。
 背中には硬い胸板の感触と、規則正しい鼓動が伝わってきた。

「しっかり捕まっていろ」

 耳元で囁かれ、カイは慌ててリアムの騎士服をぎゅっと掴んだ。
 リアムが手綱を引くと、馬はゆっくりと歩き出す。

 カイは振り返って、自分が生まれ育った屋敷を見た。
 灰色で、冷たくて、何の思い出もない場所。
 そこがどんどん小さくなっていく。
 これで本当に、あの場所から解放されるのだ。

 寂しさは、不思議とひとかけらもなかった。
 ただこれからどうなるのだろうという漠然とした不安と、ほんの少しの期待が胸の中で入り混じっていた。

 カイの身体を包むリアムの腕に、少しだけ力がこもる。

「寒いか?」

「い、いえ……大丈夫です」

「そうか」

 短い会話。
 でもカイの身体を気遣うその響きが、今まで誰からも向けられたことのなかった優しさが、凍っていた心をじんわりと溶かしていく。

 馬は王都へ続く道を、確かな足取りで進んでいく。
 カイはリアムの腕の中で、これから始まる新しい生活に思いを馳せるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。 その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。 整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。 オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。 だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。 死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。 それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。 「見つけた。俺の対になる存在を」 正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……? 孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。 星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!

抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる

水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」 人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。 ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。 「俺が、貴方の剣となり盾となる」 国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。 シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。

過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~

水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった! 「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。 そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。 「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。 孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!

悪役令嬢の兄に転生!破滅フラグ回避でスローライフを目指すはずが、氷の騎士に溺愛されてます

水凪しおん
BL
三十代半ばの平凡な会社員だった俺は、ある日、乙女ゲーム『君と紡ぐ光の協奏曲』の世界に転生した。 しかも、最推しの悪役令嬢リリアナの兄、アシェルとして。 このままでは妹は断罪され、一家は没落、俺は処刑される運命だ。 そんな未来は絶対に回避しなくてはならない。 俺の夢は、穏やかなスローライフを送ること。ゲームの知識を駆使して妹を心優しい少女に育て上げ、次々と破滅フラグをへし折っていく。 順調に進むスローライフ計画だったが、関わると面倒な攻略対象、「氷の騎士」サイラスになぜか興味を持たれてしまった。 家庭菜園にまで現れる彼に困惑する俺。 だがそれはやがて、国を揺るがす陰謀と、甘く激しい恋の始まりを告げる序曲に過ぎなかった――。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

氷の騎士と浄化のオメガ~「出来損ない」と追放された僕ですが、最強の騎士団長様に拾われて、運命の番としてとろとろに溺愛されています~

水凪しおん
BL
「お前のような出来損ないは、我が家の恥だ!」 公爵家の不義の子として生まれ、フェロモンも弱く「出来損ないのオメガ」と虐げられてきたユキ。 18歳の誕生日に濡れ衣を着せられ、真冬の夜、着の身着のままで実家を追放されてしまう。 行き倒れかけたユキを救ったのは、隣国の英雄であり、冷徹無比と恐れられる『氷の騎士団長』レオンハルトだった。 「行く当てがないなら、俺のところへ来い。お前を保護する」 最強の騎士様に拾われたユキだったが、彼を待っていたのは冷遇……ではなく、とろとろに甘やかされる溺愛生活!? しかも、ただの「出来損ない」だと思っていたユキには、国を救い、レオンハルトの「呪い」を解く『聖なる浄化の力』が秘められていて……? 【不器用で一途な最強騎士団長(α) × 健気で料理上手な追放令息(Ω)】 どん底から始まる、運命の救済シンデレラ・オメガバース。 もふもふ聖獣も一緒です!

偽りベータの宮廷薬師は、氷の宰相に匂いを嗅がれ溺愛される

水凪しおん
BL
「お前の匂いがないと、私は息ができない」 宮廷薬師のルチアーノは、オメガであることを隠し、自作の抑制薬でベータと偽って生きてきた。 しかしある日、冷徹無比と恐れられる「氷の宰相」アレクセイにその秘密がバレてしまう。 処刑を覚悟したルチアーノだったが、アレクセイが求めたのは、ルチアーノの身体から香る「匂い」だった!? 強すぎる能力ゆえに感覚過敏に苦しむ宰相と、彼の唯一の安らぎとなった薬師。 秘密の共有から始まる、契約と執着のオメガバース・ロマンス!

処理中です...