10 / 13
第9話「守るべき場所」
「な……なんだと……!?」
バルドル侯爵の顔から、余裕の笑みが消え失せた。彼の兵士たちは、いつの間にか現れた屈強な男たちに完全に包囲され、動揺を隠せないでいる。
レオンのかつての部下だという男たちは、それぞれが使い古された武器を手にしているものの、その佇まいは現役の兵士たちを遥かに凌駕するほどの凄みがあった。彼らの目は、ただ一人、レオンハルトだけを見つめている。その瞳には、絶対的な信頼と忠誠が宿っていた。
「どうする、バルドル。今ならまだ、尻尾を巻いて逃げ帰る時間くらいはくれてやるが」
レオンの静かな問いかけに、バルドル侯爵は顔を真っ赤にして怒りに震えた。
「ふ、ふざけるな! 落ちぶれた元騎士団長ごときが、この私を誰だと思っている! やれ、かかれ! そいつらを皆殺しにしろ!」
自らのプライドを傷つけられた侯爵は、見境なく命令を下す。しかし、兵士たちは動かない。いや、動けないのだ。四方から突き付けられる、殺気にも似た視線に、完全に気圧されてしまっていた。
「役立ずどもめ!」
痺れを切らしたバルドル侯爵が、自ら剣を抜き、レオンに斬りかかった。貴族の剣術など、見かけ倒しに過ぎない。
レオンは、その切っ先を最小限の動きでひらりとかわすと、バルドル侯爵のみぞおちに、柄の底を容赦なく叩き込んだ。
「ぐふっ……!」
情けない悲鳴を上げ、バルドル侯爵はその場に崩れ落ちる。主が倒されたのを見て、兵士たちは完全に戦意を喪失した。武器を捨て、次々と降伏の意を示す。
あっけない幕切れだった。
「こ、この私を……ただで済むと思うなよ……! 王都に戻れば、お前たちなど、反逆罪で……!」
地面に這いつくばりながら、バルドル侯爵が捨て台詞を吐く。
神官アルバンは、というと、あまりの展開に腰を抜かし、ただガタガタと震えているだけだった。
「反逆罪、か。それはどちらのことかな」
レオンは冷ややかに言うと、懐から一通の古びた羊皮紙を取り出した。そして、それをバルドル侯爵の目の前に突きつける。
「そ、それは……! なぜお前がそれを……!?」
羊皮紙を見たバルドル侯爵の顔が、絶望に染まっていく。
「これは、お前が隣国と内通し、我が国の情報を売り渡していた証拠だ。数年前、俺に濡れ衣を着せて騎士団から追放したのも、お前の悪事を知りかけていた俺が邪魔だったからだろう」
レオンの言葉に、周囲がどよめいた。僕も驚いて、彼の横顔を見つめる。そんな……レオンは、ずっと一人で戦っていたのか。
「俺は、騎士団を追われた日から、ずっとこの時を待っていた。お前の悪事を白日の下に晒す、この時をな」
彼は、騎士団を追われた後も、決して諦めてはいなかったのだ。信頼できる仲間たちと共に、この辺境の地で息を潜め、反撃の機会を虎視眈々と狙っていた。僕と出会ったあの日も、彼は孤独な戦いの最中にいたのだ。
僕が彼の心を溶かした、なんて思っていた。けれど、本当は逆だったのかもしれない。僕の方が、彼のその計り知れない強さと孤独に、知らず知らずのうちに救われていたのだ。
「さて、どうする? この証拠を王都に突き出されたくなければ、二度と我々の前に姿を現さないと誓うか? いや……」
レオンは一度言葉を切ると、氷のように冷たい視線で、僕の背後にある畑を一瞥した。
「お前は、ユキナリが心血を注いで作り上げたこの場所を、踏みにじろうとした。それだけは、決して許すわけにはいかん」
彼の言葉に、僕は胸が熱くなるのを感じた。彼は、自分のためだけではなく、僕のために怒ってくれている。僕の守りたい場所を、同じように守ろうとしてくれている。
レオンは部下たちに目配せをした。彼らはうなずくと、バルドル侯爵と神官アルバン、そして兵士たちを縄で縛り上げていく。
「レオン、この人たちをどうするんですか?」
「王都に突き出す。俺の名誉を回復するためにも、そして何より、お前の平穏な生活を守るためにもな」
彼はそう言うと、僕の頭を優しく撫でた。その手は、先ほどまで戦っていたとは思えないほど、温かかった。
「心配するな、ユキナリ。俺がお前を守る。お前の作る野菜も、お前の笑顔も、この穏やかな日々も、すべて俺が守り抜いてみせる」
その力強い言葉に、僕はこらえきれずにうなずいた。
この人は、僕が思っていた以上に、ずっと強く、気高い人だった。元騎士団長という肩書なんて関係ない。レオンハルトという一人の男が、僕には誰よりも輝いて見えた。
僕の守るべき場所は、この畑だけじゃない。
この人の隣こそが、僕の本当にいるべき場所なのだ。
騒動が一段落し、村に静けさが戻っていく。レオンの部下たちが後処理を手際よく進めていくのを眺めながら、僕は、この嵐が過ぎ去った後に、僕たちの未来がより一層輝くものになることを、確信していた。
バルドル侯爵の顔から、余裕の笑みが消え失せた。彼の兵士たちは、いつの間にか現れた屈強な男たちに完全に包囲され、動揺を隠せないでいる。
レオンのかつての部下だという男たちは、それぞれが使い古された武器を手にしているものの、その佇まいは現役の兵士たちを遥かに凌駕するほどの凄みがあった。彼らの目は、ただ一人、レオンハルトだけを見つめている。その瞳には、絶対的な信頼と忠誠が宿っていた。
「どうする、バルドル。今ならまだ、尻尾を巻いて逃げ帰る時間くらいはくれてやるが」
レオンの静かな問いかけに、バルドル侯爵は顔を真っ赤にして怒りに震えた。
「ふ、ふざけるな! 落ちぶれた元騎士団長ごときが、この私を誰だと思っている! やれ、かかれ! そいつらを皆殺しにしろ!」
自らのプライドを傷つけられた侯爵は、見境なく命令を下す。しかし、兵士たちは動かない。いや、動けないのだ。四方から突き付けられる、殺気にも似た視線に、完全に気圧されてしまっていた。
「役立ずどもめ!」
痺れを切らしたバルドル侯爵が、自ら剣を抜き、レオンに斬りかかった。貴族の剣術など、見かけ倒しに過ぎない。
レオンは、その切っ先を最小限の動きでひらりとかわすと、バルドル侯爵のみぞおちに、柄の底を容赦なく叩き込んだ。
「ぐふっ……!」
情けない悲鳴を上げ、バルドル侯爵はその場に崩れ落ちる。主が倒されたのを見て、兵士たちは完全に戦意を喪失した。武器を捨て、次々と降伏の意を示す。
あっけない幕切れだった。
「こ、この私を……ただで済むと思うなよ……! 王都に戻れば、お前たちなど、反逆罪で……!」
地面に這いつくばりながら、バルドル侯爵が捨て台詞を吐く。
神官アルバンは、というと、あまりの展開に腰を抜かし、ただガタガタと震えているだけだった。
「反逆罪、か。それはどちらのことかな」
レオンは冷ややかに言うと、懐から一通の古びた羊皮紙を取り出した。そして、それをバルドル侯爵の目の前に突きつける。
「そ、それは……! なぜお前がそれを……!?」
羊皮紙を見たバルドル侯爵の顔が、絶望に染まっていく。
「これは、お前が隣国と内通し、我が国の情報を売り渡していた証拠だ。数年前、俺に濡れ衣を着せて騎士団から追放したのも、お前の悪事を知りかけていた俺が邪魔だったからだろう」
レオンの言葉に、周囲がどよめいた。僕も驚いて、彼の横顔を見つめる。そんな……レオンは、ずっと一人で戦っていたのか。
「俺は、騎士団を追われた日から、ずっとこの時を待っていた。お前の悪事を白日の下に晒す、この時をな」
彼は、騎士団を追われた後も、決して諦めてはいなかったのだ。信頼できる仲間たちと共に、この辺境の地で息を潜め、反撃の機会を虎視眈々と狙っていた。僕と出会ったあの日も、彼は孤独な戦いの最中にいたのだ。
僕が彼の心を溶かした、なんて思っていた。けれど、本当は逆だったのかもしれない。僕の方が、彼のその計り知れない強さと孤独に、知らず知らずのうちに救われていたのだ。
「さて、どうする? この証拠を王都に突き出されたくなければ、二度と我々の前に姿を現さないと誓うか? いや……」
レオンは一度言葉を切ると、氷のように冷たい視線で、僕の背後にある畑を一瞥した。
「お前は、ユキナリが心血を注いで作り上げたこの場所を、踏みにじろうとした。それだけは、決して許すわけにはいかん」
彼の言葉に、僕は胸が熱くなるのを感じた。彼は、自分のためだけではなく、僕のために怒ってくれている。僕の守りたい場所を、同じように守ろうとしてくれている。
レオンは部下たちに目配せをした。彼らはうなずくと、バルドル侯爵と神官アルバン、そして兵士たちを縄で縛り上げていく。
「レオン、この人たちをどうするんですか?」
「王都に突き出す。俺の名誉を回復するためにも、そして何より、お前の平穏な生活を守るためにもな」
彼はそう言うと、僕の頭を優しく撫でた。その手は、先ほどまで戦っていたとは思えないほど、温かかった。
「心配するな、ユキナリ。俺がお前を守る。お前の作る野菜も、お前の笑顔も、この穏やかな日々も、すべて俺が守り抜いてみせる」
その力強い言葉に、僕はこらえきれずにうなずいた。
この人は、僕が思っていた以上に、ずっと強く、気高い人だった。元騎士団長という肩書なんて関係ない。レオンハルトという一人の男が、僕には誰よりも輝いて見えた。
僕の守るべき場所は、この畑だけじゃない。
この人の隣こそが、僕の本当にいるべき場所なのだ。
騒動が一段落し、村に静けさが戻っていく。レオンの部下たちが後処理を手際よく進めていくのを眺めながら、僕は、この嵐が過ぎ去った後に、僕たちの未来がより一層輝くものになることを、確信していた。
あなたにおすすめの小説
植物チートを持つ俺は王子に捨てられたけど、実は食いしん坊な氷の公爵様に拾われ、胃袋を掴んでとことん溺愛されています
水凪しおん
BL
日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。
「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」
王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。
そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。
絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。
「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」
冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。
連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。
俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。
彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。
これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。
鬼神と恐れられる呪われた銀狼当主の元へ生贄として送られた僕、前世知識と癒やしの力で旦那様と郷を救ったら、めちゃくちゃ過保護に溺愛されています
水凪しおん
BL
東の山々に抱かれた獣人たちの国、彩峰の郷。最強と謳われる銀狼一族の若き当主・涯狼(ガイロウ)は、古き呪いにより発情の度に理性を失う宿命を背負い、「鬼神」と恐れられ孤独の中に生きていた。
一方、都で没落した家の息子・陽向(ヒナタ)は、借金の形として涯狼の元へ「花嫁」として差し出される。死を覚悟して郷を訪れた陽向を待っていたのは、噂とはかけ離れた、不器用で優しい一匹の狼だった。
前世の知識と、植物の力を引き出す不思議な才能を持つ陽向。彼が作る温かな料理と癒やしの香りは、涯狼の頑なな心を少しずつ溶かしていく。しかし、二人の穏やかな日々は、古き慣習に囚われた者たちの思惑によって引き裂かれようとしていた。
これは、孤独な狼と心優しき花嫁が、運命を乗り越え、愛の力で奇跡を起こす、温かくも切ない和風ファンタジー・ラブストーリー。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
最強賢者のスローライフ 〜転生先は獣人だらけの辺境村でした〜
なの
BL
社畜として働き詰め、過労死した結城智也。次に目覚めたのは、獣人だらけの辺境村だった。
藁葺き屋根、素朴な食事、狼獣人のイケメンに介抱されて、気づけば賢者としてのチート能力まで付与済み!?
「静かに暮らしたいだけなんですけど!?」
……そんな願いも虚しく、井戸掘り、畑改良、魔法インフラ整備に巻き込まれていく。
スローライフ(のはず)なのに、なぜか労働が止まらない。
それでも、優しい獣人たちとの日々に、心が少しずつほどけていく……。
チート×獣耳×ほの甘BL。
転生先、意外と住み心地いいかもしれない。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
もふもふ聖獣様に拾われた不遇オメガは、空に浮かぶ島で運命の番として極上の溺愛を注がれる
水凪しおん
BL
「オメガがいるから、村に災いが降りかかったのだ」
理不尽な理由で村人たちから忌み嫌われ、深い雪の森へと生贄として捨てられた十九歳の青年、ルカ。
凍える寒さの中、絶望に目を閉じた彼の前に現れたのは、見上げるほど巨大で美しい「白銀の狼」だった。
伝説の聖獣である狼に拾われたルカが目を覚ましたのは、下界の汚れから切り離された雲海に浮かぶ美しい島。
狼は人間の姿——流れるような銀髪と黄金の瞳を持つ壮麗なアルファの偉丈夫、レオンへと変化し、ルカにこう告げる。
「君は、俺の運命の番だ」
これまで虐げられ、自分を穢れた存在だと思い込んでいたルカは、レオンの甘く深いアルファの香りと、恐ろしいほどの優しさに戸惑うばかり。
温かい食事、美しい庭園、そして決して自分を傷つけない大きな手。
極上の溺愛に包まれるうち、ルカの心に固く巻きついていた冷たい恐怖の糸は、少しずつほどけていく。
そして、ルカを捨てた村人たちが強欲にも島へ足を踏み入れたとき、ルカは自らの意志とオメガとしての本当の力に目覚める——。
これは、孤独だった不遇のオメガが、伝説の聖獣の番として永遠の幸せと自分の居場所を見つけるまでの、心温まる溺愛ファンタジー。