過労死転生、辺境で農業スローライフのはずが、不愛想な元騎士団長を餌付けして溺愛されてます

水凪しおん

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第9話「守るべき場所」

「な……なんだと……!?」
 バルドル侯爵の顔から、余裕の笑みが消え失せた。彼の兵士たちは、いつの間にか現れた屈強な男たちに完全に包囲され、動揺を隠せないでいる。
 レオンのかつての部下だという男たちは、それぞれが使い古された武器を手にしているものの、その佇まいは現役の兵士たちを遥かに凌駕するほどの凄みがあった。彼らの目は、ただ一人、レオンハルトだけを見つめている。その瞳には、絶対的な信頼と忠誠が宿っていた。
「どうする、バルドル。今ならまだ、尻尾を巻いて逃げ帰る時間くらいはくれてやるが」
 レオンの静かな問いかけに、バルドル侯爵は顔を真っ赤にして怒りに震えた。
「ふ、ふざけるな! 落ちぶれた元騎士団長ごときが、この私を誰だと思っている! やれ、かかれ! そいつらを皆殺しにしろ!」
 自らのプライドを傷つけられた侯爵は、見境なく命令を下す。しかし、兵士たちは動かない。いや、動けないのだ。四方から突き付けられる、殺気にも似た視線に、完全に気圧されてしまっていた。
「役立ずどもめ!」
 痺れを切らしたバルドル侯爵が、自ら剣を抜き、レオンに斬りかかった。貴族の剣術など、見かけ倒しに過ぎない。
 レオンは、その切っ先を最小限の動きでひらりとかわすと、バルドル侯爵のみぞおちに、柄の底を容赦なく叩き込んだ。
「ぐふっ……!」
 情けない悲鳴を上げ、バルドル侯爵はその場に崩れ落ちる。主が倒されたのを見て、兵士たちは完全に戦意を喪失した。武器を捨て、次々と降伏の意を示す。
 あっけない幕切れだった。
「こ、この私を……ただで済むと思うなよ……! 王都に戻れば、お前たちなど、反逆罪で……!」
 地面に這いつくばりながら、バルドル侯爵が捨て台詞を吐く。
 神官アルバンは、というと、あまりの展開に腰を抜かし、ただガタガタと震えているだけだった。
「反逆罪、か。それはどちらのことかな」
 レオンは冷ややかに言うと、懐から一通の古びた羊皮紙を取り出した。そして、それをバルドル侯爵の目の前に突きつける。
「そ、それは……! なぜお前がそれを……!?」
 羊皮紙を見たバルドル侯爵の顔が、絶望に染まっていく。
「これは、お前が隣国と内通し、我が国の情報を売り渡していた証拠だ。数年前、俺に濡れ衣を着せて騎士団から追放したのも、お前の悪事を知りかけていた俺が邪魔だったからだろう」
 レオンの言葉に、周囲がどよめいた。僕も驚いて、彼の横顔を見つめる。そんな……レオンは、ずっと一人で戦っていたのか。
「俺は、騎士団を追われた日から、ずっとこの時を待っていた。お前の悪事を白日の下に晒す、この時をな」
 彼は、騎士団を追われた後も、決して諦めてはいなかったのだ。信頼できる仲間たちと共に、この辺境の地で息を潜め、反撃の機会を虎視眈々と狙っていた。僕と出会ったあの日も、彼は孤独な戦いの最中にいたのだ。
 僕が彼の心を溶かした、なんて思っていた。けれど、本当は逆だったのかもしれない。僕の方が、彼のその計り知れない強さと孤独に、知らず知らずのうちに救われていたのだ。
「さて、どうする? この証拠を王都に突き出されたくなければ、二度と我々の前に姿を現さないと誓うか? いや……」
 レオンは一度言葉を切ると、氷のように冷たい視線で、僕の背後にある畑を一瞥した。
「お前は、ユキナリが心血を注いで作り上げたこの場所を、踏みにじろうとした。それだけは、決して許すわけにはいかん」
 彼の言葉に、僕は胸が熱くなるのを感じた。彼は、自分のためだけではなく、僕のために怒ってくれている。僕の守りたい場所を、同じように守ろうとしてくれている。
 レオンは部下たちに目配せをした。彼らはうなずくと、バルドル侯爵と神官アルバン、そして兵士たちを縄で縛り上げていく。
「レオン、この人たちをどうするんですか?」
「王都に突き出す。俺の名誉を回復するためにも、そして何より、お前の平穏な生活を守るためにもな」
 彼はそう言うと、僕の頭を優しく撫でた。その手は、先ほどまで戦っていたとは思えないほど、温かかった。
「心配するな、ユキナリ。俺がお前を守る。お前の作る野菜も、お前の笑顔も、この穏やかな日々も、すべて俺が守り抜いてみせる」
 その力強い言葉に、僕はこらえきれずにうなずいた。
 この人は、僕が思っていた以上に、ずっと強く、気高い人だった。元騎士団長という肩書なんて関係ない。レオンハルトという一人の男が、僕には誰よりも輝いて見えた。
 僕の守るべき場所は、この畑だけじゃない。
 この人の隣こそが、僕の本当にいるべき場所なのだ。
 騒動が一段落し、村に静けさが戻っていく。レオンの部下たちが後処理を手際よく進めていくのを眺めながら、僕は、この嵐が過ぎ去った後に、僕たちの未来がより一層輝くものになることを、確信していた。

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