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番外編「白狼の独白:我が光」
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生贄。
なんと馬鹿げた風習か。人間とは、勝手に我を恐れ、勝手に供物を捧げ、そして勝手に安堵する、実に面倒で矮小な生き物だ。
今回もまた、痩せた小娘か、あるいは罪人でも押し付けられたのだろう。喰う気にもなれん。追い返すのも億劫だ。
そう思っていた我が前に現れたのは、小さな、しかし驚くほどに澄んだ瞳を持つ、一人の男だった。
死を覚悟している者の瞳ではなかった。絶望の中にありながら、その奥には、消えることのない強い光が宿っていた。
ほんの一瞬、興味を引かれたが、それだけだ。人間一人に構うほど、我は暇ではない。
そう思って背を向けた、まさにその時だった。
ふわり、と。
未だかつて、数千年の時の中で一度も嗅いだことのない、不思議な香りが我が鼻をかすめた。
甘く、香ばしく、そして温かい。
それは、我が数千年の間に凍てついてしまった孤独な心を、一瞬で溶かしてしまうかのような、抗いがたい香りだった。
本能に引かれるままに振り返り、香りに誘われるままに口にした、あの焼き菓子。
我が知るどんな木の実よりも甘く、どんな花の蜜よりも優しく、そして、どうしようもなく心が満たされた。
その瞬間、我が本能が、魂が、確かに告げたのだ。
―――こいつを、手放してはならない、と。
それから始まった、ユキとの生活。
ユキが作る料理は、ただ空腹を満たすだけの食料ではなかった。それは、我がとうの昔に忘れかけていた「温もり」や「安らぎ」、「誰かと食卓を囲む喜び」そのものだった。
彼の料理を食べる度、凍てついていた我が心が、少しずつ解かされていくのを感じた。
風邪を引いたユキが、苦しそうに息をする姿は、我が身が引き裂かれるよりも辛かった。どうしていいか分からず、ただ彼の周りをうろつくことしかできない自分が、ひどくもどかしかった。
森の小さな者(精霊)と、親しく笑い合う姿には、胸の奥がざわついた。嫉妬、という感情を、我はこの時初めて知った。ユキが、俺だけのユキではなくなってしまう気がしたのだ。
そして、あの嵐の夜。
崩れ落ちる岩から彼を守りたいと、心の底から強く願った時、我が身体に確かな変化が起きた。
そうだ、この姿では足りない。
このもふもふの毛皮では、彼の柔らかな肌に直接触れることはできない。この大きな前足では、彼の華奢な身体を優しく抱きしめることも、涙を拭うこともできない。
人の姿になれば、もっと彼に触れられる。もっと彼を守れる。
ユキ、お前が我を変えたのだ。
永く、退屈で、孤独なだけだった我が時間に、彩りと意味を与えてくれた。
我が永い時の果てに、ようやく見つけた、たった一つの光。
それが、お前なのだ、ユキ。
我が最愛の番よ。
なんと馬鹿げた風習か。人間とは、勝手に我を恐れ、勝手に供物を捧げ、そして勝手に安堵する、実に面倒で矮小な生き物だ。
今回もまた、痩せた小娘か、あるいは罪人でも押し付けられたのだろう。喰う気にもなれん。追い返すのも億劫だ。
そう思っていた我が前に現れたのは、小さな、しかし驚くほどに澄んだ瞳を持つ、一人の男だった。
死を覚悟している者の瞳ではなかった。絶望の中にありながら、その奥には、消えることのない強い光が宿っていた。
ほんの一瞬、興味を引かれたが、それだけだ。人間一人に構うほど、我は暇ではない。
そう思って背を向けた、まさにその時だった。
ふわり、と。
未だかつて、数千年の時の中で一度も嗅いだことのない、不思議な香りが我が鼻をかすめた。
甘く、香ばしく、そして温かい。
それは、我が数千年の間に凍てついてしまった孤独な心を、一瞬で溶かしてしまうかのような、抗いがたい香りだった。
本能に引かれるままに振り返り、香りに誘われるままに口にした、あの焼き菓子。
我が知るどんな木の実よりも甘く、どんな花の蜜よりも優しく、そして、どうしようもなく心が満たされた。
その瞬間、我が本能が、魂が、確かに告げたのだ。
―――こいつを、手放してはならない、と。
それから始まった、ユキとの生活。
ユキが作る料理は、ただ空腹を満たすだけの食料ではなかった。それは、我がとうの昔に忘れかけていた「温もり」や「安らぎ」、「誰かと食卓を囲む喜び」そのものだった。
彼の料理を食べる度、凍てついていた我が心が、少しずつ解かされていくのを感じた。
風邪を引いたユキが、苦しそうに息をする姿は、我が身が引き裂かれるよりも辛かった。どうしていいか分からず、ただ彼の周りをうろつくことしかできない自分が、ひどくもどかしかった。
森の小さな者(精霊)と、親しく笑い合う姿には、胸の奥がざわついた。嫉妬、という感情を、我はこの時初めて知った。ユキが、俺だけのユキではなくなってしまう気がしたのだ。
そして、あの嵐の夜。
崩れ落ちる岩から彼を守りたいと、心の底から強く願った時、我が身体に確かな変化が起きた。
そうだ、この姿では足りない。
このもふもふの毛皮では、彼の柔らかな肌に直接触れることはできない。この大きな前足では、彼の華奢な身体を優しく抱きしめることも、涙を拭うこともできない。
人の姿になれば、もっと彼に触れられる。もっと彼を守れる。
ユキ、お前が我を変えたのだ。
永く、退屈で、孤独なだけだった我が時間に、彩りと意味を与えてくれた。
我が永い時の果てに、ようやく見つけた、たった一つの光。
それが、お前なのだ、ユキ。
我が最愛の番よ。
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