Sランクパーティを「役立たず」と追放された結界師の俺、魔物の森に理想のマイホームを建てていたら、最強の傭兵に懐かれてしまいました

水凪しおん

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第三話「甘いお菓子と不器用な優しさ」

 男の介抱は三日三晩続いた。
 幸い、俺が作った結界内は治癒効果を高める作用もある。それに、男自身の生命力も常人離れしているようだった。あれほど酷かった傷は、驚異的な速さで塞がり始めていた。ただ、問題は彼が目を覚まさないことだった。時折、苦しげに呻き、悪夢にうなされているかのように眉を寄せる。その度に、俺は濡れた布で彼の汗を拭い、声をかけ続けた。

 そして、嵐が過ぎ去り、穏やかな日差しが窓から差し込む四日目の朝。
 ベッドのそばの椅子でうたた寝をしていた俺は、ふと視線を感じて目を覚ました。

「……!」

 至近距離から、狼のような鋭い金色の瞳が、俺を射抜くように見つめていた。男が、目を覚ましたのだ。

「……ここは、どこだ」

 掠れた、低い声。全身から放たれる警戒心と殺気は、まるで手負いの獣のようだった。俺がSランクパーティにいた頃に対峙した、どんな魔物よりも恐ろしい気迫だ。普通の人間なら、この視線だけで腰を抜かしていたかもしれない。

「僕の家です。あなたは、僕の家の結界の外で倒れていました」
「……結界だと?」

 男はゆっくりと体を起こそうとして、脇腹の傷に顔をしかめた。

「まだ動かない方がいいですよ。傷は塞がりましたけど、完全じゃありません」

 俺はそう言って、そばに置いていた白湯の入ったカップを差し出した。男――グレイと名乗ったのは、その後のことだ――は、俺の手とカップをしばらく睨みつけた後、毒でも入っていないか確かめるように、ゆっくりとそれを受け取った。

 最初の数時間、俺たちの間には緊張した空気が張り詰めていた。グレイはほとんど口を利かず、ただ部屋の隅から俺の一挙手一投足を観察している。俺も無理に話しかけることはせず、いつも通りハーブティーを淹れたり、庭の手入れをしたりして過ごした。

 変化が訪れたのは、昼過ぎのことだった。
 キッチンで、森で採れたベリーを使ってマフィンを焼いていると、甘酸っぱい香りが家中に広がった。オーブンから焼きあがったマフィンを取り出すと、背後にグレイが立っているのに気づいた。彼は、戸惑ったような、それでいてどこか惹きつけられるような不思議な表情で、湯気の立つマフィンを見つめている。

「……食べますか?」

 俺が尋ねると、グレイは一瞬、虚を突かれたような顔をした後、気まずそうに視線をそらした。だが、そのお腹が「ぐぅ」と可愛らしい音を立てたのを、俺は聞き逃さなかった。

 俺は小さく微笑むと、一番出来の良かったマフィンを皿に乗せ、温かいハーブティーと共に彼の前に差し出した。
「どうぞ。焼きたてが一番美味しいですから」

 グレイはしばらくマフィンと俺の顔を交互に見ていたが、やがて諦めたように、不器用な手つきでそれを手に取った。そして、警戒しながら、小さな一口を、ぱくりと口に運ぶ。

 その瞬間、彼の険しい表情が、ほんのわずかに和らいだのを、俺は見逃さなかった。

 サクッとした表面に、中はふんわりと柔らかい。バターの豊かな香りと、ベリーの甘酸っぱさが口の中に広がる。素朴で、けれど優しい味がしたのだろう。彼は驚いたように少しだけ目を見開くと、今度は大きな一口で、夢中になるようにマフィンを頬張り始めた。

 これまで、彼はどれだけ過酷な人生を送ってきたのだろう。力の暴走を常に恐れ、誰にも心を許さず、戦いだけを生きる糧にしてきたのかもしれない。そんな彼にとって、この結界に守られた絶対的な安心感を与える空間と、目の前の青年の屈託のない優しさ、そして素朴で温かいお菓子の味は、生まれて初めて経験するものだったのかもしれない。

 マフィンを食べ終え、ハーブティーをゆっくりと飲み干したグレイは、ぽつりと呟いた。

「……美味い」
「それは良かった」

 俺が微笑むと、彼はバツが悪そうに顔を背けた。その横顔が、少しだけ赤らんでいるように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。

 その日を境に、グレイの態度は少しずつ軟化していった。
 彼は、自分が『最強』と謳われる傭兵であること、強力な魔獣との戦いで深手を負い、追われるようにしてこの森に逃げ込んできたことを、ぽつりぽつりと話してくれた。

 そして、彼は俺が作る食事、特に甘いお菓子を心から楽しみにするようになった。
 俺がキッチンに立つと、いつの間にかそばに来て、何を作るのかとそわそわしている。まるで、飼い主からおやつを待つ大きな犬のようだ。その強面とのギャップが、なんだか微笑ましくて、俺は毎日違うお菓子を焼いては、彼に振る舞った。

 アップルパイ、チーズケーキ、チョコレートのクッキー。
 グレイは、どれも本当に幸せそうな顔で食べる。その表情を見るたびに、俺の心は温かいもので満たされていった。

「こんなに……穏やかな場所は初めてだ」

 ある日の午後、日当たりの良いリビングで、二人でスコーンを頬張っている時に、グレイがそう言った。その声には、戸惑いと、そしてほんの少しの安堵が滲んでいた。

 彼にとって、この結界に守られたログハウスは、ただの避難場所ではない。生まれて初めて心から安らげる、楽園のように感じられているのかもしれない。

 凍てついていた最強の傭兵の心が、甘いお菓子と、この聖域の温かさによって、少しずつ、けれど確実に溶かされていくのを、俺はすぐそばで感じていた。

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