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第五話「竜の血と孤独の理由」
共同生活が始まって一ヶ月が過ぎた頃。俺たちは、食料の調達も兼ねて、結界の外の森を散策していた。グレイが一緒なら、高ランクの魔物がいる区域でも安心して歩くことができる。
「このキノコは食べられるぞ。シチューにすると美味い」
「へえ、詳しいんですね」
「傭兵稼業で、森での野営は慣れているからな」
そんな他愛ない会話を交わしながら、森の恵みを収穫していく。グレイはぶっきらぼうな口調ながらも、薬草や食べられる植物について詳しく教えてくれた。それは、彼がどれだけ過酷な環境で生きてきたかを物語っているようでもあった。
穏やかな時間は、しかし、突如として破られた。
グルルルル……!
低い唸り声と共に、茂みから鋭い牙を剥き出しにした魔物の群れ――巨大な牙を持つ狼型の魔獣、ヘルハウンドが十数体、姿を現した。そのどれもが、並の冒険者では太刀打ちできないほどの強大な魔力を放っている。
「ノア! 俺の後ろに!」
グレイの声が鋭く響く。俺は咄嗟に彼の背後へと回り、防御結界を展開しようとした。だが、それよりも早く、グレイが動いた。
「――舐めるなよ、雑魚どもが」
彼の瞳が、黄金色に強く輝く。次の瞬間、グレイの体から凄まじい魔力が、まるで爆発するように噴き出した。それは、彼がこの家で倒れていた時に感じた荒れ狂う魔力とは比べ物にならないほど、圧倒的で、そして破壊的な力だった。
ゴオオオオオッ!
彼の右腕に、黒い竜の鱗のようなものが浮かび上がる。彼が腕を振るうと、そこから灼熱の黒い炎が渦を巻いて放たれ、ヘルハウンドの群れを一瞬で飲み込んだ。悲鳴を上げる間もなく、魔物の群れは跡形もなく焼き尽くされ、塵と化した。
あまりに、一方的な蹂躙。
それが、最強と謳われる傭兵、グレイの本当の力だった。
俺は、その圧倒的な光景に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。すごい、と思った。けれど同時に、彼の力はあまりにも強大で、どこか恐ろしく、そして悲しいもののように感じられた。
戦いが終わった後、グレイは荒い息をつきながら、片膝をついていた。彼の右腕を覆っていた鱗は消えていたが、力の反動だろうか、その表情は深い苦痛に満ちている。その瞳に浮かんでいたのは、勝利の喜びなどではなく、深い絶望の色だった。
「グレイ、大丈夫!?」
俺は駆け寄り、彼の肩に手をかけようとした。しかし、グレイはそれを払いのけるように、鋭く叫んだ。
「……触るな!」
その拒絶の言葉に、俺の心は氷水を浴びせられたように冷たくなる。
「俺の力は、全てを壊すだけだ……」
グレイは、地面を見つめたまま、絞り出すように言った。その声は、震えていた。
「俺の一族は、その身に竜の血を引いている。強大な力と引き換えに、破壊の衝動を宿す呪われた血だ。俺は、物心ついた時から、この力に怯えて生きてきた」
彼は、その強すぎる力ゆえに、故郷の村では怪物と恐れられ、人々から疎まれてきた過去を静かに語り始めた。感情が高ぶると、力は簡単に暴走する。幼い頃、彼はその暴走で、唯一優しくしてくれた友人を傷つけてしまったのだという。
「それ以来、俺は誰とも深く関わることをやめた。一人で生きると決めたんだ。いつか、この力が暴走して、大切なものまで奪ってしまうのが怖かったから……」
だから、彼は誰にも心を許さず、戦いの中に身を置くことで、力の衝動を紛わしてきたのだ。彼のぶっきらぼうな態度も、人との関わりを避けるための、彼なりの鎧だったのかもしれない。
その告白は、あまりにも痛々しく、彼の孤独の深さを物語っていた。
俺は、彼の言葉を黙って聞いていた。そして、そっと彼の手を取った。今度は、払いのけられなかった。
「君の力は、僕を守ってくれたよ」
俺は、彼の金色の瞳をまっすぐに見つめて、言った。
「君がその力を使ったのは、僕を守るためでしょう? それは、何かを壊すためだけの力じゃない。大切なものを守るための力にもなるんだよ」
「だが……いつ暴走するか……」
「大丈夫」
俺は、彼の冷たい手を、両手で優しく包み込んだ。
「君がいるなら、僕は何も怖くない。僕の結界が、君の力を受け止めてみせる。君がもし、力の奔流に飲み込まれそうになったら、僕の聖域が、君を優しく包んであげるから」
それは、何の根拠もない、ただの気休めだったかもしれない。けれど、俺は本気でそう思っていた。この人の孤独を、この人の痛みを、俺が全部受け止めたい。
俺の真っ直ぐな言葉を聞いて、グレイは驚いたように目を見開いた。その金色の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。やがて、大きな雫が一つ、彼の頬を伝って零れ落ちた。それは、彼が生まれて初めて流した涙だったのかもしれない。
「……ノア」
彼は、絞り出すような声で俺の名前を呼ぶと、そのまま俺の肩に顔をうずめた。震える背中を、俺はただ黙って、優しく撫で続けた。
この日、俺たちは初めて、本当の意味でお互いの心に触れた。
彼の凍てついていた心が、俺の言葉で初めて温かく溶かされた瞬間だった。
「このキノコは食べられるぞ。シチューにすると美味い」
「へえ、詳しいんですね」
「傭兵稼業で、森での野営は慣れているからな」
そんな他愛ない会話を交わしながら、森の恵みを収穫していく。グレイはぶっきらぼうな口調ながらも、薬草や食べられる植物について詳しく教えてくれた。それは、彼がどれだけ過酷な環境で生きてきたかを物語っているようでもあった。
穏やかな時間は、しかし、突如として破られた。
グルルルル……!
低い唸り声と共に、茂みから鋭い牙を剥き出しにした魔物の群れ――巨大な牙を持つ狼型の魔獣、ヘルハウンドが十数体、姿を現した。そのどれもが、並の冒険者では太刀打ちできないほどの強大な魔力を放っている。
「ノア! 俺の後ろに!」
グレイの声が鋭く響く。俺は咄嗟に彼の背後へと回り、防御結界を展開しようとした。だが、それよりも早く、グレイが動いた。
「――舐めるなよ、雑魚どもが」
彼の瞳が、黄金色に強く輝く。次の瞬間、グレイの体から凄まじい魔力が、まるで爆発するように噴き出した。それは、彼がこの家で倒れていた時に感じた荒れ狂う魔力とは比べ物にならないほど、圧倒的で、そして破壊的な力だった。
ゴオオオオオッ!
彼の右腕に、黒い竜の鱗のようなものが浮かび上がる。彼が腕を振るうと、そこから灼熱の黒い炎が渦を巻いて放たれ、ヘルハウンドの群れを一瞬で飲み込んだ。悲鳴を上げる間もなく、魔物の群れは跡形もなく焼き尽くされ、塵と化した。
あまりに、一方的な蹂躙。
それが、最強と謳われる傭兵、グレイの本当の力だった。
俺は、その圧倒的な光景に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。すごい、と思った。けれど同時に、彼の力はあまりにも強大で、どこか恐ろしく、そして悲しいもののように感じられた。
戦いが終わった後、グレイは荒い息をつきながら、片膝をついていた。彼の右腕を覆っていた鱗は消えていたが、力の反動だろうか、その表情は深い苦痛に満ちている。その瞳に浮かんでいたのは、勝利の喜びなどではなく、深い絶望の色だった。
「グレイ、大丈夫!?」
俺は駆け寄り、彼の肩に手をかけようとした。しかし、グレイはそれを払いのけるように、鋭く叫んだ。
「……触るな!」
その拒絶の言葉に、俺の心は氷水を浴びせられたように冷たくなる。
「俺の力は、全てを壊すだけだ……」
グレイは、地面を見つめたまま、絞り出すように言った。その声は、震えていた。
「俺の一族は、その身に竜の血を引いている。強大な力と引き換えに、破壊の衝動を宿す呪われた血だ。俺は、物心ついた時から、この力に怯えて生きてきた」
彼は、その強すぎる力ゆえに、故郷の村では怪物と恐れられ、人々から疎まれてきた過去を静かに語り始めた。感情が高ぶると、力は簡単に暴走する。幼い頃、彼はその暴走で、唯一優しくしてくれた友人を傷つけてしまったのだという。
「それ以来、俺は誰とも深く関わることをやめた。一人で生きると決めたんだ。いつか、この力が暴走して、大切なものまで奪ってしまうのが怖かったから……」
だから、彼は誰にも心を許さず、戦いの中に身を置くことで、力の衝動を紛わしてきたのだ。彼のぶっきらぼうな態度も、人との関わりを避けるための、彼なりの鎧だったのかもしれない。
その告白は、あまりにも痛々しく、彼の孤独の深さを物語っていた。
俺は、彼の言葉を黙って聞いていた。そして、そっと彼の手を取った。今度は、払いのけられなかった。
「君の力は、僕を守ってくれたよ」
俺は、彼の金色の瞳をまっすぐに見つめて、言った。
「君がその力を使ったのは、僕を守るためでしょう? それは、何かを壊すためだけの力じゃない。大切なものを守るための力にもなるんだよ」
「だが……いつ暴走するか……」
「大丈夫」
俺は、彼の冷たい手を、両手で優しく包み込んだ。
「君がいるなら、僕は何も怖くない。僕の結界が、君の力を受け止めてみせる。君がもし、力の奔流に飲み込まれそうになったら、僕の聖域が、君を優しく包んであげるから」
それは、何の根拠もない、ただの気休めだったかもしれない。けれど、俺は本気でそう思っていた。この人の孤独を、この人の痛みを、俺が全部受け止めたい。
俺の真っ直ぐな言葉を聞いて、グレイは驚いたように目を見開いた。その金色の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。やがて、大きな雫が一つ、彼の頬を伝って零れ落ちた。それは、彼が生まれて初めて流した涙だったのかもしれない。
「……ノア」
彼は、絞り出すような声で俺の名前を呼ぶと、そのまま俺の肩に顔をうずめた。震える背中を、俺はただ黙って、優しく撫で続けた。
この日、俺たちは初めて、本当の意味でお互いの心に触れた。
彼の凍てついていた心が、俺の言葉で初めて温かく溶かされた瞬間だった。
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