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第七話「森の異変と愚かな来訪者」
俺のログハウスでの生活は、グレイが来てから、より一層彩り豊かで、満ち足りたものになっていた。一人で過ごす静かな時間も好きだったけれど、大切な誰かと食卓を囲み、「美味い」と言葉を交わす日常は、何にも代えがたい幸福だった。
グレイも、すっかりこの家の住人として馴染んでいた。相変わらず口数は少ないけれど、その眼差しは以前よりもずっと穏やかで、俺に向ける視線には、確かな信頼と、そしてそれ以上の温かい感情が宿っているのを、俺は感じていた。
しかし、そんな穏やかな日々に、不穏な影が差し始める。
「……最近、森の様子がおかしくないか?」
ある朝、薪を運び終えたグレイが、険しい表情で呟いた。
俺も、数日前からそれに気づいていた。『嘆きの森』に、異変が起きているのだ。
結界の外で、魔物たちの活動が異常に活発化していた。以前は、結界に気づくと諦めて去っていくものがほとんどだったのに、最近はまるで何かに操られているかのように、次から次へと結界に襲いかかってくる。その目には理性がなく、ただ凶暴な破壊衝動だけが渦巻いているようだった。
そして、森の最も奥深い場所から、これまで感じたことのないほど邪悪で、強大な気配が満ちてくるのを、俺もグレイも感じ取っていた。それは日を追うごとに強くなっており、大地を震わせるような不気味な脈動として、俺たちにまで伝わってきていた。
「何か、とてつもなく厄介な奴が目覚めようとしているのかもしれないな」
グレイが、腰の剣の柄に手をやりながら言う。
「俺もそう思う。しばらくは、結界の外に出るのは控えた方が良さそうだね」
俺たちは互いに頷き合い、警戒を強めた。幸い、俺の結界は完璧だ。どんな魔物が来ようとも、この聖域が破られることはない。俺たちの日常が脅かされることはないはずだった。
――そう、思っていたのに。
緊迫した状況が続く、数日後の昼下がりだった。
結界が、複数の人間の接近を感知した。魔物ではない、はっきりとした人の意思を持った魔力の反応。俺とグレイが顔を見合わせた、その時。
「おい! ノア! そこにいるのはわかっているぞ!」
無遠慮で、高圧的な声が、結界の外から響き渡った。
その声には、聞き覚えがあった。忘れたくても忘れられない、俺を絶望の淵に突き落とした声。
アランだった。
俺とグレイが玄関のドアを開けると、そこには、かつての仲間――『紅蓮の剣』のメンバーたちが、憔悴しきった様子で立っていた。彼らは、どうやってこの場所を突き止めたのだろうか。おそらく、高価な探索系の魔法道具でも使ったのだろう。
「ノア! 久しぶりだな!」
リーダーのアランは、まるで施しを与えるかのような、尊大な態度で俺を見下ろした。その隣には、バツが悪そうに俯く他のメンバーの姿がある。
「こんな森の奥で、優雅な暮らしをしているとはな。だが、お前の休暇も今日で終わりだ。俺たちのパーティに戻るぞ。特別に、許してやる」
あまりの言い草に、俺は呆れて言葉も出なかった。許す? いったい、どちらがどちらをだというのだろうか。この人たちは、自分たちが何をしたのか、全く理解していないらしい。
俺の隣で、グレイの体から静かな怒りのオーラが立ち上るのを感じる。彼の鋭い視線に、アラン以外のメンバーが怯えたように後ずさった。
「そこの男は誰だ? まあ、どうでもいい。ノア、さっさと荷物をまとめろ。お前の力が必要になったんだ。お前がいなければ、俺たちのパーティは本領を発揮できないことがわかった。だから、戻ってこい」
それは、謝罪でも、懇願でもなかった。ただの、傲慢な命令。
彼らは、俺のことを、自分たちの都合のいい「道具」としか見ていないのだ。
以前の俺なら、彼らの威圧的な態度に怯え、何も言い返せなかったかもしれない。けれど、今の俺はもう、一人じゃない。
俺は、俺の隣に立つ、不器用で、けれど誰よりも優しいこの人をちらりと見た。グレイも、俺を案ずるように見つめ返してくる。その視線だけで、俺はどこまでも強くなれた。
俺はアランたちに向き直ると、静かに、しかしはっきりと首を振った。
「お断りします」
その場に、冷たい沈黙が落ちる。アランは、俺が断ることなど微塵も考えていなかったのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、俺を凝視している。
「僕の力はもう、パーティのために使うつもりはありません。僕のこの力は、僕の大切な場所と――」
俺は、隣に立つグレイの手を、そっと握った。
「――僕の大切な人を、守るためにしか使いません」
俺の言葉と行動に、アランの顔が怒りでみるみる赤く染まっていく。
愚かな来訪者たちによって、俺たちの聖域の静寂は、無残にも破られようとしていた。
グレイも、すっかりこの家の住人として馴染んでいた。相変わらず口数は少ないけれど、その眼差しは以前よりもずっと穏やかで、俺に向ける視線には、確かな信頼と、そしてそれ以上の温かい感情が宿っているのを、俺は感じていた。
しかし、そんな穏やかな日々に、不穏な影が差し始める。
「……最近、森の様子がおかしくないか?」
ある朝、薪を運び終えたグレイが、険しい表情で呟いた。
俺も、数日前からそれに気づいていた。『嘆きの森』に、異変が起きているのだ。
結界の外で、魔物たちの活動が異常に活発化していた。以前は、結界に気づくと諦めて去っていくものがほとんどだったのに、最近はまるで何かに操られているかのように、次から次へと結界に襲いかかってくる。その目には理性がなく、ただ凶暴な破壊衝動だけが渦巻いているようだった。
そして、森の最も奥深い場所から、これまで感じたことのないほど邪悪で、強大な気配が満ちてくるのを、俺もグレイも感じ取っていた。それは日を追うごとに強くなっており、大地を震わせるような不気味な脈動として、俺たちにまで伝わってきていた。
「何か、とてつもなく厄介な奴が目覚めようとしているのかもしれないな」
グレイが、腰の剣の柄に手をやりながら言う。
「俺もそう思う。しばらくは、結界の外に出るのは控えた方が良さそうだね」
俺たちは互いに頷き合い、警戒を強めた。幸い、俺の結界は完璧だ。どんな魔物が来ようとも、この聖域が破られることはない。俺たちの日常が脅かされることはないはずだった。
――そう、思っていたのに。
緊迫した状況が続く、数日後の昼下がりだった。
結界が、複数の人間の接近を感知した。魔物ではない、はっきりとした人の意思を持った魔力の反応。俺とグレイが顔を見合わせた、その時。
「おい! ノア! そこにいるのはわかっているぞ!」
無遠慮で、高圧的な声が、結界の外から響き渡った。
その声には、聞き覚えがあった。忘れたくても忘れられない、俺を絶望の淵に突き落とした声。
アランだった。
俺とグレイが玄関のドアを開けると、そこには、かつての仲間――『紅蓮の剣』のメンバーたちが、憔悴しきった様子で立っていた。彼らは、どうやってこの場所を突き止めたのだろうか。おそらく、高価な探索系の魔法道具でも使ったのだろう。
「ノア! 久しぶりだな!」
リーダーのアランは、まるで施しを与えるかのような、尊大な態度で俺を見下ろした。その隣には、バツが悪そうに俯く他のメンバーの姿がある。
「こんな森の奥で、優雅な暮らしをしているとはな。だが、お前の休暇も今日で終わりだ。俺たちのパーティに戻るぞ。特別に、許してやる」
あまりの言い草に、俺は呆れて言葉も出なかった。許す? いったい、どちらがどちらをだというのだろうか。この人たちは、自分たちが何をしたのか、全く理解していないらしい。
俺の隣で、グレイの体から静かな怒りのオーラが立ち上るのを感じる。彼の鋭い視線に、アラン以外のメンバーが怯えたように後ずさった。
「そこの男は誰だ? まあ、どうでもいい。ノア、さっさと荷物をまとめろ。お前の力が必要になったんだ。お前がいなければ、俺たちのパーティは本領を発揮できないことがわかった。だから、戻ってこい」
それは、謝罪でも、懇願でもなかった。ただの、傲慢な命令。
彼らは、俺のことを、自分たちの都合のいい「道具」としか見ていないのだ。
以前の俺なら、彼らの威圧的な態度に怯え、何も言い返せなかったかもしれない。けれど、今の俺はもう、一人じゃない。
俺は、俺の隣に立つ、不器用で、けれど誰よりも優しいこの人をちらりと見た。グレイも、俺を案ずるように見つめ返してくる。その視線だけで、俺はどこまでも強くなれた。
俺はアランたちに向き直ると、静かに、しかしはっきりと首を振った。
「お断りします」
その場に、冷たい沈黙が落ちる。アランは、俺が断ることなど微塵も考えていなかったのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、俺を凝視している。
「僕の力はもう、パーティのために使うつもりはありません。僕のこの力は、僕の大切な場所と――」
俺は、隣に立つグレイの手を、そっと握った。
「――僕の大切な人を、守るためにしか使いません」
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愚かな来訪者たちによって、俺たちの聖域の静寂は、無残にも破られようとしていた。
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