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第八話「俺の居場所は、お前の隣だ」
「……断る、だと?」
アランの低い声が、森の空気を震わせた。彼の顔は、俺の拒絶によって侮辱されたと感じたのか、怒りと屈辱で歪んでいた。
「ふざけるなよ、ノア! 誰のおかげで、お前がここまでこれたと思っているんだ! 俺たちが拾ってやったからだろうが!」
「僕は、パーティのために誠心誠意、尽くしてきたつもりです。でも、それを不要だと言って切り捨てたのは、あなたたちの方だ」
「口答えをする気か! 役立たずの結界師の分際で!」
逆上したアランが、力ずくで俺を連れ去ろうと、腰の剣に手をかけた。その瞬間だった。
ザッ、と乾いた音を立てて、アランの眼前に、黒い影が立ちはだかった。
グレイだった。
彼は、いつの間にか俺の前に移動し、まるで俺を庇う壁のように、アランたちとの間に割って入っていた。
「……なんだ、てめぇは。どけ」
アランが威嚇するように睨みつける。だが、グレイは微動だにしない。
「こいつに指一本でも触れてみろ」
グレイの声は、地を這うように低く、静かだった。しかし、その声に含まれた殺気は、尋常なものではなかった。
彼は鞘からわずかに剣を抜き、その切っ先をアランに向ける。たったそれだけの動作で、彼の周囲の空気が凍りついた。Sランクパーティのメンバー全員が、まるで巨大な肉食獣に睨まれた蛙のように、体を硬直させる。
「その命、ここで終わらせる」
それは、ただの脅しではなかった。本物の、死の匂い。
『紅蓮の剣』のメンバーは、これまで数々の修羅場を潜り抜けてきたはずだ。だが、彼らが今、目の前で対峙している男の『格』は、自分たちとはあまりにも違いすぎた。肌が粟立つような絶対的な強者の気迫に、誰も一歩も動くことができない。
アランでさえ、顔を青ざめさせ、剣を抜くこともできずに立ち尽くしている。
グレイは、俺を背中に庇ったまま、アランたちから視線を外すことなく言った。
「ノア。こいつらは、お前を捨てた連中なんだな」
「……うん」
「そうか。ならば、ここにいる理由はない。さっさと失せろ。二度と、こいつの前に顔を見せるな」
その言葉に、アランは我に返ったようにカッと目を見開いた。
「なっ……! この俺に向かって、命令する気か!」
プライドを傷つけられたアランが、何かを叫び返そうとした、その時だった。
――グオオオオオオオオオオオッ!
森の奥深くから、天を揺るがすほどの巨大な咆哮が響き渡った。大地が、まるで地震のように激しく揺れる。森の異変の元凶、あの邪悪な気配の主が、ついにその姿を現したのだ。
木々をなぎ倒し、大地を踏み砕きながら現れたのは、山のように巨大な魔獣だった。全身が黒い甲殻で覆われ、無数の目が赤く不気味に輝いている。古代に封印されたという伝説の魔獣、『エンシェント・ビースト』。なぜ、こんなものが現代に蘇ったのか。
その禍々しい姿と、Sランクパーティの比ではない圧倒的な魔力の奔流を前にして、『紅蓮の剣』のメンバーは、完全に戦意を喪失した。
「ひっ……!」
「な、なんだよ、あれは……! 勝てるわけがない!」
「に、逃げろぉっ!」
彼らは、我先にと踵を返し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。リーダーであるアランでさえ、腰を抜かさんばかりに狼狽し、仲間を置き去りにして森の中へと姿を消した。
その場に残されたのは、自分たちの「家」を守るために、並び立つ俺とグレイだけだった。
古代魔獣は、逃げ惑う者たちには目もくれず、その無数の視線を、まっすぐに俺たちのログハウスへと向けた。その目に宿るのは、明確な敵意。どうやら、この魔獣の目的は、俺の結界、この聖域そのものを破壊することらしい。
「ノア」
グレイが、俺の名前を呼んだ。その声は、不思議と落ち着いていた。
「俺の居場所は、もうずっと前から、お前の隣だけだ」
彼はそう言うと、俺に向かって、ふっと穏やかに微笑んだ。彼がこんな風に笑ったのを、俺は初めて見た。
「だから、俺たちの家を、一緒に守ろう」
「……うん!」
俺は力強く頷いた。
怖い、という気持ちが全くなかったわけではない。けれど、それ以上に、グレイが隣にいてくれることが、何よりも心強かった。
もう、俺は守られるだけの存在じゃない。
俺の結界で、グレイを守る。
グレイの剣が、俺たちの家を守る。
二人なら、きっとどんな困難も乗り越えられる。
俺たちは、巨大な古代魔獣を前にして、静かに、そして力強く、背中合わせに構えた。
アランの低い声が、森の空気を震わせた。彼の顔は、俺の拒絶によって侮辱されたと感じたのか、怒りと屈辱で歪んでいた。
「ふざけるなよ、ノア! 誰のおかげで、お前がここまでこれたと思っているんだ! 俺たちが拾ってやったからだろうが!」
「僕は、パーティのために誠心誠意、尽くしてきたつもりです。でも、それを不要だと言って切り捨てたのは、あなたたちの方だ」
「口答えをする気か! 役立たずの結界師の分際で!」
逆上したアランが、力ずくで俺を連れ去ろうと、腰の剣に手をかけた。その瞬間だった。
ザッ、と乾いた音を立てて、アランの眼前に、黒い影が立ちはだかった。
グレイだった。
彼は、いつの間にか俺の前に移動し、まるで俺を庇う壁のように、アランたちとの間に割って入っていた。
「……なんだ、てめぇは。どけ」
アランが威嚇するように睨みつける。だが、グレイは微動だにしない。
「こいつに指一本でも触れてみろ」
グレイの声は、地を這うように低く、静かだった。しかし、その声に含まれた殺気は、尋常なものではなかった。
彼は鞘からわずかに剣を抜き、その切っ先をアランに向ける。たったそれだけの動作で、彼の周囲の空気が凍りついた。Sランクパーティのメンバー全員が、まるで巨大な肉食獣に睨まれた蛙のように、体を硬直させる。
「その命、ここで終わらせる」
それは、ただの脅しではなかった。本物の、死の匂い。
『紅蓮の剣』のメンバーは、これまで数々の修羅場を潜り抜けてきたはずだ。だが、彼らが今、目の前で対峙している男の『格』は、自分たちとはあまりにも違いすぎた。肌が粟立つような絶対的な強者の気迫に、誰も一歩も動くことができない。
アランでさえ、顔を青ざめさせ、剣を抜くこともできずに立ち尽くしている。
グレイは、俺を背中に庇ったまま、アランたちから視線を外すことなく言った。
「ノア。こいつらは、お前を捨てた連中なんだな」
「……うん」
「そうか。ならば、ここにいる理由はない。さっさと失せろ。二度と、こいつの前に顔を見せるな」
その言葉に、アランは我に返ったようにカッと目を見開いた。
「なっ……! この俺に向かって、命令する気か!」
プライドを傷つけられたアランが、何かを叫び返そうとした、その時だった。
――グオオオオオオオオオオオッ!
森の奥深くから、天を揺るがすほどの巨大な咆哮が響き渡った。大地が、まるで地震のように激しく揺れる。森の異変の元凶、あの邪悪な気配の主が、ついにその姿を現したのだ。
木々をなぎ倒し、大地を踏み砕きながら現れたのは、山のように巨大な魔獣だった。全身が黒い甲殻で覆われ、無数の目が赤く不気味に輝いている。古代に封印されたという伝説の魔獣、『エンシェント・ビースト』。なぜ、こんなものが現代に蘇ったのか。
その禍々しい姿と、Sランクパーティの比ではない圧倒的な魔力の奔流を前にして、『紅蓮の剣』のメンバーは、完全に戦意を喪失した。
「ひっ……!」
「な、なんだよ、あれは……! 勝てるわけがない!」
「に、逃げろぉっ!」
彼らは、我先にと踵を返し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。リーダーであるアランでさえ、腰を抜かさんばかりに狼狽し、仲間を置き去りにして森の中へと姿を消した。
その場に残されたのは、自分たちの「家」を守るために、並び立つ俺とグレイだけだった。
古代魔獣は、逃げ惑う者たちには目もくれず、その無数の視線を、まっすぐに俺たちのログハウスへと向けた。その目に宿るのは、明確な敵意。どうやら、この魔獣の目的は、俺の結界、この聖域そのものを破壊することらしい。
「ノア」
グレイが、俺の名前を呼んだ。その声は、不思議と落ち着いていた。
「俺の居場所は、もうずっと前から、お前の隣だけだ」
彼はそう言うと、俺に向かって、ふっと穏やかに微笑んだ。彼がこんな風に笑ったのを、俺は初めて見た。
「だから、俺たちの家を、一緒に守ろう」
「……うん!」
俺は力強く頷いた。
怖い、という気持ちが全くなかったわけではない。けれど、それ以上に、グレイが隣にいてくれることが、何よりも心強かった。
もう、俺は守られるだけの存在じゃない。
俺の結界で、グレイを守る。
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俺たちは、巨大な古代魔獣を前にして、静かに、そして力強く、背中合わせに構えた。
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