6 / 16
第5話「泥と中傷」
選挙戦中盤。
俺たちの陣営「民衆改革党」の支持率は急上昇していた。
街を歩けば、コウガのポスターに人だかりができ、演説会場は常に満員。風は確実に吹いていた。
だが、権力の座に長く居座る者たちは、ただ指をくわえて見ているほど甘くはなかった。
ある朝、事務所に出勤した俺は、入り口の壁にペンキで殴り書きされた文字を見て凍りついた。
『売国奴』『アルファの恥晒し』『オメガ狂い』
赤いペンキが、まるで血のように垂れている。
さらに、事務所の前に停めてあった演説用馬車の車輪が斧で叩き割られていた。
スタッフたちが青ざめた顔で立ち尽くしている。
「……やりやがったな、ジェラルド」
奥から出てきたコウガが、低い唸り声を上げた。
その瞳は怒りで金色に発光している。周囲の空気がビリビリと震え、ベータのスタッフたちが怯えて後ずさる。
俺は慌ててコウガの前に立ち塞がった。
「落ち着いてください、コウガ。これは挑発です。ここであなたが暴れたら、それこそ彼らの思う壺です」
「だが、これは俺への侮辱だけじゃない。お前たちへの脅迫だ!」
「分かっています。でも、今は耐えてください。修繕の手配と、警察への被害届、それから……これを逆手にとる方法を考えます」
俺は冷静さを装っていたが、内心は怒りと恐怖で震えていた。
『オメガ狂い』という言葉。
それは、コウガがオメガの権利向上を訴えていることへの批判だろうが、もしかしたら俺の正体がバレているのではないかという不安がよぎる。
その日の午後、さらに追い打ちをかけるような事態が発生した。
街中に怪文書がばら撒かれたのだ。
内容は、コウガの出生の秘密――母親が身分の低い踊り子であり、不義密通の末に生まれた子であるという、事実を歪曲した中傷記事だった。
さらに、彼が過去に暴力事件を起こしたという捏造された記事まで添えられている。
事務所の電話は抗議と問い合わせでパンク状態になった。
支持者の中にも動揺が広がっている。
俺は対応に追われながら、前世の記憶がフラッシュバックしていた。
根も葉もない噂で候補者が潰され、自殺に追い込まれた同僚の姿。真実など関係ない、声の大きい嘘が勝つ世界。
「……っ」
過呼吸になりかけ、俺は裏口から路地へと逃げ出した。
冷たい壁に背中を預け、必死に息を整える。
怖い。また、すべてが壊れていく。
俺のせいで、コウガまで泥に塗れてしまう。
「ここにいたか」
頭上から声が降ってきた。
コウガだった。彼は俺の隣に並んで壁に寄りかかり、タバコに火をつけた。
紫煙がゆっくりと昇っていく。
「……すみません。少し、空気を吸いたくて」
「気にするな。中は戦場だからな」
「俺の読みが甘かったんです。相手はもっと卑劣な手段を使ってくると想定すべきでした。出生のことまで掘り返されるなんて……」
謝る俺の頭に、コウガの手がポンと置かれた。
「俺は自分の出自を恥じてはいない。母は誇り高い女性だった。それに、こんな紙切れ一枚で揺らぐほど、俺たちの絆は脆くないだろう?」
コウガは怪文書を握りつぶし、ゴミ箱へと投げ捨てた。
「ミナト。お前が俺を信じてくれるなら、俺は誰に何を言われようと構わない。お前はどうだ? 俺のような泥だらけのリーダーについてくるのは怖いか?」
試すような視線。
俺は眼鏡を外し、涙目になりそうなのをこらえて彼を見上げた。
「……怖いです。でも、逃げるのはもっと嫌です。あなたの言葉を信じて待っている人たちがいる。俺だって、その一人なんです」
「なら、反撃といこうぜ。最高の演説で、この雑音をすべて吹き飛ばしてやる」
コウガの不敵な笑みに、俺の心に再び火が灯った。
そうだ。負けてたまるか。
言葉は刃物にもなるが、人を守る盾にもなる。
俺たちはまだ、終わっていない。
俺たちの陣営「民衆改革党」の支持率は急上昇していた。
街を歩けば、コウガのポスターに人だかりができ、演説会場は常に満員。風は確実に吹いていた。
だが、権力の座に長く居座る者たちは、ただ指をくわえて見ているほど甘くはなかった。
ある朝、事務所に出勤した俺は、入り口の壁にペンキで殴り書きされた文字を見て凍りついた。
『売国奴』『アルファの恥晒し』『オメガ狂い』
赤いペンキが、まるで血のように垂れている。
さらに、事務所の前に停めてあった演説用馬車の車輪が斧で叩き割られていた。
スタッフたちが青ざめた顔で立ち尽くしている。
「……やりやがったな、ジェラルド」
奥から出てきたコウガが、低い唸り声を上げた。
その瞳は怒りで金色に発光している。周囲の空気がビリビリと震え、ベータのスタッフたちが怯えて後ずさる。
俺は慌ててコウガの前に立ち塞がった。
「落ち着いてください、コウガ。これは挑発です。ここであなたが暴れたら、それこそ彼らの思う壺です」
「だが、これは俺への侮辱だけじゃない。お前たちへの脅迫だ!」
「分かっています。でも、今は耐えてください。修繕の手配と、警察への被害届、それから……これを逆手にとる方法を考えます」
俺は冷静さを装っていたが、内心は怒りと恐怖で震えていた。
『オメガ狂い』という言葉。
それは、コウガがオメガの権利向上を訴えていることへの批判だろうが、もしかしたら俺の正体がバレているのではないかという不安がよぎる。
その日の午後、さらに追い打ちをかけるような事態が発生した。
街中に怪文書がばら撒かれたのだ。
内容は、コウガの出生の秘密――母親が身分の低い踊り子であり、不義密通の末に生まれた子であるという、事実を歪曲した中傷記事だった。
さらに、彼が過去に暴力事件を起こしたという捏造された記事まで添えられている。
事務所の電話は抗議と問い合わせでパンク状態になった。
支持者の中にも動揺が広がっている。
俺は対応に追われながら、前世の記憶がフラッシュバックしていた。
根も葉もない噂で候補者が潰され、自殺に追い込まれた同僚の姿。真実など関係ない、声の大きい嘘が勝つ世界。
「……っ」
過呼吸になりかけ、俺は裏口から路地へと逃げ出した。
冷たい壁に背中を預け、必死に息を整える。
怖い。また、すべてが壊れていく。
俺のせいで、コウガまで泥に塗れてしまう。
「ここにいたか」
頭上から声が降ってきた。
コウガだった。彼は俺の隣に並んで壁に寄りかかり、タバコに火をつけた。
紫煙がゆっくりと昇っていく。
「……すみません。少し、空気を吸いたくて」
「気にするな。中は戦場だからな」
「俺の読みが甘かったんです。相手はもっと卑劣な手段を使ってくると想定すべきでした。出生のことまで掘り返されるなんて……」
謝る俺の頭に、コウガの手がポンと置かれた。
「俺は自分の出自を恥じてはいない。母は誇り高い女性だった。それに、こんな紙切れ一枚で揺らぐほど、俺たちの絆は脆くないだろう?」
コウガは怪文書を握りつぶし、ゴミ箱へと投げ捨てた。
「ミナト。お前が俺を信じてくれるなら、俺は誰に何を言われようと構わない。お前はどうだ? 俺のような泥だらけのリーダーについてくるのは怖いか?」
試すような視線。
俺は眼鏡を外し、涙目になりそうなのをこらえて彼を見上げた。
「……怖いです。でも、逃げるのはもっと嫌です。あなたの言葉を信じて待っている人たちがいる。俺だって、その一人なんです」
「なら、反撃といこうぜ。最高の演説で、この雑音をすべて吹き飛ばしてやる」
コウガの不敵な笑みに、俺の心に再び火が灯った。
そうだ。負けてたまるか。
言葉は刃物にもなるが、人を守る盾にもなる。
俺たちはまだ、終わっていない。
あなたにおすすめの小説
不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です
新川はじめ
BL
国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。
フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。
生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
聖獣は黒髪の青年に愛を誓う
午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。
ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。
だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。
全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。
やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
最強で美人なお飾り嫁(♂)は無自覚に無双する
竜鳴躍
BL
ミリオン=フィッシュ(旧姓:バード)はフィッシュ伯爵家のお飾り嫁で、オメガだけど冴えない男の子。と、いうことになっている。だが実家の義母さえ知らない。夫も知らない。彼が陛下から信頼も厚い美貌の勇者であることを。
幼い頃に死別した両親。乗っ取られた家。幼馴染の王子様と彼を狙う従妹。
白い結婚で離縁を狙いながら、実は転生者の主人公は今日も勇者稼業で自分のお財布を豊かにしています。
平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。
ドジで惨殺されそうな悪役の僕、平穏と領地を守ろうとしたら暴虐だったはずの領主様に迫られている気がする……僕がいらないなら詰め寄らないでくれ!
迷路を跳ぶ狐
BL
いつもドジで、今日もお仕えする領主様に怒鳴られていた僕。自分が、ゲームの世界に悪役として転生していることに気づいた。このままだと、この領地は惨事が起こる。けれど、選択肢を間違えば、領地は助かっても王国が潰れる。そんな未来が怖くて動き出した僕だけど、すでに領地も王城も策略だらけ。その上、冷酷だったはずの領主様は、やけに僕との距離が近くて……僕は平穏が欲しいだけなのに! 僕のこと、いらないんじゃなかったの!? 惨劇が怖いので先に城を守りましょう!
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?