捨てられたオメガの参謀、野良犬王子に拾われる。言葉の魔法で選挙に勝ったら、次期国王に溺愛されて逃げられません!

水凪しおん

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第9話「王冠の重さと契約の終わり」

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 選挙から一週間。

 政権交代の熱狂は続いていたが、その中心にいる俺たちの毎日は、戦場そのものだった。

 組閣人事、連立交渉、政策のすり合わせ。

 次期首相となるコウガのスケジュールは分刻みで埋まり、俺と顔を合わせる時間はほとんどなくなっていた。

 俺は首相官邸への引っ越し準備を進めるスタッフたちに指示を出しながら、自分の荷物をまとめていた。

 段ボール箱一つ。それが俺の私物の全てだ。

 議員会館の片隅にある仮オフィス。

 コウガは今、王宮で国王陛下への謁見に向かっている。

 彼が戻ってくる前に、俺はこの場所を去るつもりだった。

「……これで、いいんだ」

 俺は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

 選挙戦の最中、俺たちは「同志」だった。

 だが、これからは違う。彼は一国の宰相となり、俺はただのオメガだ。

 身分を偽って選挙に関わったことが露見すれば、新政権にとって致命的なスキャンダルになる。彼が光の当たる場所へ行けば行くほど、俺という影は濃くなり、彼を蝕むリスクになる。

 彼が約束してくれた「ヒート抑制剤の無償化」法案の原案は、既に政策チームに渡してある。

 俺の願いは叶うだろう。それだけで十分なはずだ。

 ガタリ、と扉が開いた。

 振り返ると、謁見を終えたはずのコウガが立っていた。

 正装である燕尾服を乱暴に着崩し、ネクタイを緩めている。

 その表情は険しく、そして俺の足元にある段ボール箱を見て、さらに鋭さを増した。

「……どこへ行くつもりだ」

 地を這うような低い声。

 部屋の温度が一気に下がったような錯覚を覚える。

 怒っている。それも、尋常ではない怒りだ。

「お疲れ様です、コウガ……いえ、首相。荷物の整理をしていました。これからは公設秘書たちがあなたのサポートに入ります。俺のような外部の人間が、いつまでも中枢にいるわけにはいきませんから」

 俺は精一杯の愛想笑いを浮かべて答えた。

 だが、コウガは聞く耳を持たなかった。

 大股で歩み寄ると、俺の腕を掴み、壁に押し付けた。

 ドンッ、と背中に衝撃が走る。

 逃げ場はない。彼の身体が俺を覆い隠し、白檀と鋼鉄の香りが鼻腔を占拠する。

「ふざけるな。誰が許可した。俺はお前を解雇していない」

「契約は選挙終了までです。目的は果たしました。あなたは権力を手に入れ、俺は法案の約束を取り付けた。ウィンウィンの関係でしょう?」

「ウィンウィンだと? ふざけたことを言うな!」

 コウガが叫んだ。

 至近距離で見る彼の瞳は、金色に発光し、獣の縦孔のように細まっていた。

 アルファとしての威圧感が、俺の本能を恐怖で震え上がらせる。

 だが、それ以上に、彼の瞳に見える「寂しさ」のようなものが、俺の胸を締め付けた。

「俺が欲しかったのは、ただの椅子じゃない。お前と共に作る未来だ。お前がいなくなって、誰が俺の暴走を止める? 誰が俺の本音を聞く? あの煌びやかで嘘にまみれた王宮の中で、俺にどうやって一人で戦えと言うんだ」

 彼の悲痛な叫びに、俺は言葉を失った。

 彼は強い。誰よりも強く、傲慢に見える。

 だが、その内側には、孤独な少年の心がまだ残っていることを、俺は誰よりも知っていた。

 拒絶された子、愛人の子、野良犬。

 俺たちは似た者同士だったのだ。

「……でも、俺はオメガです。あなたのそばにいれば、いつか必ず足を引っ張ります。ジェラルドのような人間は、俺の存在を利用してあなたを攻撃し続けるでしょう」

「そんな雑音は俺が潰す! お前を守れないで、何が国のトップだ!」

 コウガは俺の肩に額を押し付けた。

 彼の熱い吐息が首筋にかかる。

「頼む、ミナト。俺を一人にしないでくれ。これは命令じゃない。……懇願だ」

 最強のアルファが、最弱のオメガに頭を下げている。

 その姿に、俺の理性の堤防が決壊した。

 去れるわけがない。

 俺だって、彼を愛してしまっているのだから。

 俺は震える手で、彼の背中に腕を回した。

「……分かりました。もう少しだけ、そばにいます。でも、危険だと判断したら、その時は黙って消えますから」

「させない。絶対に逃がさない」

 コウガは顔を上げ、俺を見つめた。

 キスをされるかと思った。

 唇が触れそうな距離。

 だが、その時、部屋の扉が乱暴に叩かれた。

「首相! 大変です! 緊急事態が発生しました!」

 血相を変えた警護官が飛び込んできた。

 コウガは舌打ちをして俺から離れた。

 一瞬で政治家の顔に戻る。

「何があった」

「ジェラルド議員が……行方をくらませました。党の機密費を持ち逃げした疑いがあります。それと、ネット上に妙な情報が拡散されています」

 警護官が差し出したタブレットには、見覚えのある写真が表示されていた。

 雨の日に、俺がコウガの車に乗り込む写真。

 そして、『新首相の参謀は、身分を偽った汚れたオメガ』というセンセーショナルな見出し。

 俺の血の気が引いた。

 恐れていたことが、最悪のタイミングで起きたのだ。

 ジェラルドの最後の悪あがき。それは、俺を破滅させ、コウガを引きずり下ろすための自爆テロだった。
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