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第10話「決別の言葉と、愛なき者への哀れみ」
私が書いた「証言書」と「絶縁状」を携え、グリーグ様の部下が王都へと出発してから数週間が経った。
その間、私たちは以前にも増して、ノースガルドでの生活の充実に力を注いでいた。
スノーバームの売り上げは順調で、街の経済は少しずつ潤い始めていた。私はさらに、保存食の改良や、温室栽培による野菜の育成など、新しい事業にも着手していた。
そんなある日、再び王都から使者がやってきた。
今度は、王太子でも兵士でもなく、王家直属の法務官だった。
彼は礼儀正しく、しかし事務的な態度で、一通の書状を私に手渡した。
「これは、国王陛下からの正式な謝罪状、そして公爵家からの慰謝料目録です」
法務官は淡々と告げた。
ミハイルは捕らえられ、修道院への幽閉が決まったという。公爵夫妻も監督不行き届きで領地の一部を没収され、隠居することになったらしい。
そして、王太子アルフレッドは、廃嫡こそ免れたものの、当分の間は王位継承権を凍結され、地方への巡察という名目の左遷が決まったそうだ。
「陛下は、ジュリアン様に王都への帰還と、名誉回復を望んでおられます。いかがなさいますか?」
法務官の問いかけに、私は迷うことなく答えた。
「名誉の回復はありがたくお受けします。ですが、王都への帰還はお断りします」
隣にいたグリーグ様が、無言で頷く。
「私はここで、新しい生活を築いています。ここには私を必要としてくれる人々がいます。そして何より……」
私は隣に立つ、愛しい人の腕に手を回した。
「私が心から愛する人が、ここにいますから」
公の場で、はっきりと宣言した。
法務官は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべて一礼した。
「……承知いたしました。陛下には、そのようにお伝えします。お幸せに」
彼は余計なことは言わず、潔く去っていった。
これで、本当に終わったのだ。
過去との因縁が、すべて断ち切られた。
その日の夕方、私はグリーグ様と共に、城壁の上に立っていた。
夕日が雪原を赤く染め、長い影を落としている。
風はまだ冷たいが、どこか春の匂いを含んでいた。
「……本当に、良かったのか?」
グリーグ様が、ポツリとつぶやいた。
「王都に戻れば、贅沢な暮らしができたかもしれん。公爵家の跡取りとして、何不自由なく……」
「またそんなことを」
私は笑って、彼の方を向いた。
彼がどれほど自分に自信がないのか、よく分かる。獣人であること、辺境暮らしであること、私との身分差。それらを気にして、まだ不安に思っているのだ。
私は背伸びをして、彼のごわごわした頬に手を添えた。
「グリーグ様。私の贅沢は、豪華なドレスや宝石ではありません。温かいスープを一緒に飲んで、くだらない話をして、寒い夜に貴方の腕の中で眠ることです」
彼の金色の瞳が揺れる。
「それが、私にとっての最高の幸せなんです。……まだ、分かりませんか?」
意地悪く首をかしげると、彼は苦しげに唸り、私を強く抱きしめた。
「……いや、分かっている。分かっているが……嬉しすぎて、夢なんじゃないかと疑ってしまうんだ」
彼の腕の中で、心臓の音が聞こえる。
力強く、速い鼓動。
「夢じゃありませんよ。これからずっと、現実です」
私は彼の胸に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
彼自身の匂い。安心する、私の居場所の香り。
かつて私を捨てた人々への憎しみや悲しみは、もう彼方へと消え去っていた。彼らに対して思うことは、ただ一つ。
愛を知らないまま、虚飾の中で生きる彼らを、少しだけ哀れに思う。それだけだった。
私には、こんなにも愛してくれる人がいるのだから。
その間、私たちは以前にも増して、ノースガルドでの生活の充実に力を注いでいた。
スノーバームの売り上げは順調で、街の経済は少しずつ潤い始めていた。私はさらに、保存食の改良や、温室栽培による野菜の育成など、新しい事業にも着手していた。
そんなある日、再び王都から使者がやってきた。
今度は、王太子でも兵士でもなく、王家直属の法務官だった。
彼は礼儀正しく、しかし事務的な態度で、一通の書状を私に手渡した。
「これは、国王陛下からの正式な謝罪状、そして公爵家からの慰謝料目録です」
法務官は淡々と告げた。
ミハイルは捕らえられ、修道院への幽閉が決まったという。公爵夫妻も監督不行き届きで領地の一部を没収され、隠居することになったらしい。
そして、王太子アルフレッドは、廃嫡こそ免れたものの、当分の間は王位継承権を凍結され、地方への巡察という名目の左遷が決まったそうだ。
「陛下は、ジュリアン様に王都への帰還と、名誉回復を望んでおられます。いかがなさいますか?」
法務官の問いかけに、私は迷うことなく答えた。
「名誉の回復はありがたくお受けします。ですが、王都への帰還はお断りします」
隣にいたグリーグ様が、無言で頷く。
「私はここで、新しい生活を築いています。ここには私を必要としてくれる人々がいます。そして何より……」
私は隣に立つ、愛しい人の腕に手を回した。
「私が心から愛する人が、ここにいますから」
公の場で、はっきりと宣言した。
法務官は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべて一礼した。
「……承知いたしました。陛下には、そのようにお伝えします。お幸せに」
彼は余計なことは言わず、潔く去っていった。
これで、本当に終わったのだ。
過去との因縁が、すべて断ち切られた。
その日の夕方、私はグリーグ様と共に、城壁の上に立っていた。
夕日が雪原を赤く染め、長い影を落としている。
風はまだ冷たいが、どこか春の匂いを含んでいた。
「……本当に、良かったのか?」
グリーグ様が、ポツリとつぶやいた。
「王都に戻れば、贅沢な暮らしができたかもしれん。公爵家の跡取りとして、何不自由なく……」
「またそんなことを」
私は笑って、彼の方を向いた。
彼がどれほど自分に自信がないのか、よく分かる。獣人であること、辺境暮らしであること、私との身分差。それらを気にして、まだ不安に思っているのだ。
私は背伸びをして、彼のごわごわした頬に手を添えた。
「グリーグ様。私の贅沢は、豪華なドレスや宝石ではありません。温かいスープを一緒に飲んで、くだらない話をして、寒い夜に貴方の腕の中で眠ることです」
彼の金色の瞳が揺れる。
「それが、私にとっての最高の幸せなんです。……まだ、分かりませんか?」
意地悪く首をかしげると、彼は苦しげに唸り、私を強く抱きしめた。
「……いや、分かっている。分かっているが……嬉しすぎて、夢なんじゃないかと疑ってしまうんだ」
彼の腕の中で、心臓の音が聞こえる。
力強く、速い鼓動。
「夢じゃありませんよ。これからずっと、現実です」
私は彼の胸に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
彼自身の匂い。安心する、私の居場所の香り。
かつて私を捨てた人々への憎しみや悲しみは、もう彼方へと消え去っていた。彼らに対して思うことは、ただ一つ。
愛を知らないまま、虚飾の中で生きる彼らを、少しだけ哀れに思う。それだけだった。
私には、こんなにも愛してくれる人がいるのだから。
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