抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる

水凪しおん

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第11話「灰色の都」

 山脈を越えた先に広がっていたのは、石と鉄で築かれた巨大な牢獄のような街だった。

 王都。

 かつては繁栄を極めたこの都も、今は重く淀んだ空気に包まれていた。城壁の周囲にはテントが乱立し、地方から逃れてきた難民たちが溢れかえっている。

「……酷い匂いだ」

 エリアルは鼻を覆った。

 街全体から、腐った果実と排泄物、そして死臭を煮詰めたような悪臭が立ち上っている。それは森の清浄な空気とは対極にある、病と絶望の匂いだった。

「顔を隠せ。決してフードを取るな」

 ジークフリートが短く命じた。彼もまた、表情を険しくしている。

 城門の前には長い列ができていたが、ジークフリートが騎士団長の紋章を示すと、衛兵たちは慌てて道を開けた。

「団長! ご無事で……!」

「状況は?」

「最悪です。治療院はパンク状態で、貴族街にまで感染が広がっています。陛下も気が立っておられ……」

 衛兵の視線が、ジークフリートの後ろにいるエリアルに向けられた。

「そちらの方は?」

「俺が連れてきた薬師だ。重要な任務を帯びている」

 ジークフリートの声には、有無を言わせぬ圧があった。衛兵はそれ以上追求することなく、敬礼して二人を通した。

 石畳の道を馬が進む。

 乾いた蹄の音が、灰色の建物に反響する。

 エリアルはフードの隙間から街を見た。道端にうずくまる人々、虚ろな目をした子供たち。誰もが救いを求めているのに、誰もが諦めている。

(私が、ここを救うの?)

 その重圧に押しつぶされそうになる。

 ふと、隣を行くジークフリートが、さりげなくエリアルの馬の手綱を引いて、自分の方へと寄せた。

「見るな」

 低い声。

「全部を背負おうとするな。貴方はただ、目の前の手の届くものを救えばいい。あとは俺たちがやる」

 その言葉は、エリアルが一番欲しかったものだった。

 ジークフリートは、いつだってエリアルの心の柔らかい部分を守ってくれる。

 だが、同時にエリアルは感じていた。

 王都に入ってから、ジークフリートの態度が微妙に変化していることを。

 森や旅の途中では、ただの「男」と「男」として接してくれていた彼が、ここでは「騎士団長」の顔をしている。

 その背中は頼もしいけれど、どこか遠い。

「まずは俺の屋敷へ行く。王城への報告はその後だ」

「……はい」

 石造りの冷たい街並みの中で、二人をつなぐ見えない糸だけが、か細く震えていた。

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