17 / 25
第16話「雨の逃亡者」
地下水道は、冷たく湿った闇に包まれていた。足元を流れる汚水の臭気と、天井から滴る水音が反響する。
「足元に気をつけろ」
ジークフリートが松明の代わりに淡く光る魔石を掲げ、先導する。鎧は脱ぎ捨て、身軽な革の装備に変えていたが、その背中には一本の無骨な長剣が背負われていた。騎士団の聖剣ではなく、彼が私的に愛用していた古びた剣だ。
エリアルは息を切らしながら必死についていく。暗闇への恐怖よりも、ジークフリートが自分のために全てを捨てたという事実が、胸を締め付けていた。
「ジークフリート様……本当に、良かったのですか?」
震える声で問うと、彼は歩調を緩めずに答えた。
「後悔などない。むしろ、清々しい気分だ」
その声には迷いがなかった。長年背負ってきた「最強」という名の重い鎖を断ち切り、ただ一人の男として生きる覚悟を決めた者の強さがそこにあった。
出口の鉄格子をこじ開けると、外はまた雨だった。
冷たい雨が二人の火照った頬を打つ。
「馬は用意できなかった。走れるか?」
「はい」
泥濘む道を、二人は走った。
追っ手の気配はない。だが、油断はできない。相手は国そのものだ。魔術師による探索や、精鋭部隊の追跡は時間の問題だろう。
森の境界線が見えてきた頃、エリアルは足がもつれて倒れ込んだ。
「あっ……」
「エリアル!」
ジークフリートがすぐに抱き起こす。
「大丈夫か? 足をくじいたか?」
「平気です。ただ、少し……熱くて」
エリアルの顔は赤く、呼吸が荒い。雨に濡れているのに、肌は異常なほど熱い。
ジークフリートの顔色が変わった。
「まさか……発情期か?」
エリアルは弱々しく頷いた。ストレスと逃亡の緊張が、予定よりも早くヒートを引き起こしてしまったのだ。
「こんな時に……ごめんなさい……」
「謝るな」
ジークフリートはエリアルを背負った。
「俺の背中で休んでいろ。香りは……俺が我慢する」
背中に感じるエリアルの熱と、うなじにかかる甘い吐息。
雨の匂いに混じって、濃厚な花の香りがジークフリートを包む。
それは拷問だった。走る振動で身体が密着するたびに、理性の壁にヒビが入る。
(耐えろ。ここで理性を失えば、彼を守れない)
ジークフリートは自らの唇を噛み切り、血の味で意識を保ちながら、闇の中をひた走った。
目指すは、かつて二人が出会ったあの森。そこなら、土地勘のある自分が有利に戦える。
そして、誰にも邪魔されない場所があるはずだ。
「足元に気をつけろ」
ジークフリートが松明の代わりに淡く光る魔石を掲げ、先導する。鎧は脱ぎ捨て、身軽な革の装備に変えていたが、その背中には一本の無骨な長剣が背負われていた。騎士団の聖剣ではなく、彼が私的に愛用していた古びた剣だ。
エリアルは息を切らしながら必死についていく。暗闇への恐怖よりも、ジークフリートが自分のために全てを捨てたという事実が、胸を締め付けていた。
「ジークフリート様……本当に、良かったのですか?」
震える声で問うと、彼は歩調を緩めずに答えた。
「後悔などない。むしろ、清々しい気分だ」
その声には迷いがなかった。長年背負ってきた「最強」という名の重い鎖を断ち切り、ただ一人の男として生きる覚悟を決めた者の強さがそこにあった。
出口の鉄格子をこじ開けると、外はまた雨だった。
冷たい雨が二人の火照った頬を打つ。
「馬は用意できなかった。走れるか?」
「はい」
泥濘む道を、二人は走った。
追っ手の気配はない。だが、油断はできない。相手は国そのものだ。魔術師による探索や、精鋭部隊の追跡は時間の問題だろう。
森の境界線が見えてきた頃、エリアルは足がもつれて倒れ込んだ。
「あっ……」
「エリアル!」
ジークフリートがすぐに抱き起こす。
「大丈夫か? 足をくじいたか?」
「平気です。ただ、少し……熱くて」
エリアルの顔は赤く、呼吸が荒い。雨に濡れているのに、肌は異常なほど熱い。
ジークフリートの顔色が変わった。
「まさか……発情期か?」
エリアルは弱々しく頷いた。ストレスと逃亡の緊張が、予定よりも早くヒートを引き起こしてしまったのだ。
「こんな時に……ごめんなさい……」
「謝るな」
ジークフリートはエリアルを背負った。
「俺の背中で休んでいろ。香りは……俺が我慢する」
背中に感じるエリアルの熱と、うなじにかかる甘い吐息。
雨の匂いに混じって、濃厚な花の香りがジークフリートを包む。
それは拷問だった。走る振動で身体が密着するたびに、理性の壁にヒビが入る。
(耐えろ。ここで理性を失えば、彼を守れない)
ジークフリートは自らの唇を噛み切り、血の味で意識を保ちながら、闇の中をひた走った。
目指すは、かつて二人が出会ったあの森。そこなら、土地勘のある自分が有利に戦える。
そして、誰にも邪魔されない場所があるはずだ。
あなたにおすすめの小説
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
契約書はよく読めとあれほど!
RNR
BL
異世界で目が覚めた、就職浪人中の美容系男子、優馬。
最初に出会った美しい貴族青年は、言葉が通じないが親切に手を差し伸べてくれた。
彼の屋敷に招かれた際、文字は読めないもののなにかの書類にサインをすると、その彼と結婚したことになっていて……。
この世界で何をする? また無職生活? 本当にそれでいい? 葛藤する日々と、それを惜しみない愛情で支える夫。
理想の自分と、理想の幸せを探す物語。
23話+続編2話+番外編2話
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。