恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん

文字の大きさ
15 / 16

番外編「銀の騎士と秘密の書き置き」

しおりを挟む
 クラウス・フォン・ベルンハルトは、完璧な男と呼ばれていた。
 剣技、家柄、容姿。すべてにおいて欠点がない。
 だが、彼にも悩みがあった。激務による慢性的な疲労と、味気ない食事だ。
 城の食事は豪華だが、冷めきっていて心がこもっていない。アルファとしての鋭敏な感覚ゆえに、作り手の怠慢や素材の質の悪さが分かってしまうのだ。
 ある夜、巡回中に厨房の裏口で、小さなおにぎりが置かれているのを見つけた。
『夜勤、お疲れ様です。余り物ですが、小腹満たしにどうぞ』
 丸っこい、温かみのある文字で書かれたメモが添えられていた。
 毒見を済ませ、一口かじった瞬間、衝撃が走った。
 美味い。
 冷えているのに、米一粒一粒が立っていて、中の具材――甘辛く煮た昆布――が絶妙なバランスで主張してくる。何より、作り手の「食べて元気になってほしい」という祈りのような念が伝わってきた。
 それ以来、クラウスの密かな楽しみは、この「名無しの料理人」からの差し入れを探すことになった。
 スープの日もあれば、焼き菓子の日もある。
 毎回添えられているメモを、彼は手帳に挟んで大切に持ち歩くようになった。
 その文字を見るだけで、張り詰めた神経が緩むのだ。

『どんな奴が書いているのだろう』

 想像が膨らむ。きっと、心優しく、繊細な感性の持ち主だろう。
 いつしか彼は、顔も知らない相手に恋をしていた。
 ある日、彼はついにその現場を押さえることに成功した。
 深夜の図書館。食材の本を熱心に読み漁る、地味な茶髪の青年。
 彼が落としたノートには、あの見慣れた丸文字がびっしりと並んでいた。
 ルエン。それが彼の名前だった。
 ベータの、目立たない料理人。
 だが、クラウスの目には、彼がどんな宝石よりも輝いて見えた。
 彼が休暇届を出して旅に出たと聞いた時、クラウスが居ても立ってもいられずに後を追ったのは、騎士団長としての判断ではなく、ただの一人の男としての衝動だった。
 まさかその旅が、彼の作った伝説の料理のせいで、一生胃袋を掴まれることになる序章だとは知らずに。
 今、隣で幸せそうに眠るルエンの寝顔を見ながら、クラウスは思う。
 あの時、おにぎりを拾った自分を褒めてやりたい、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

処理中です...