希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん

文字の大きさ
7 / 16

第六話「社交界の嵐」

しおりを挟む
「夜会……ですか?」

 俺は、思わず聞き返した。
 ある日の夕食後、リアム様が唐突に切り出した話に耳を疑った。

「ああ。三日後、皇帝陛下が主催される夜会がある。君にも出席してもらう」

「なっ……! 無理です、絶対に無理です! 俺みたいな田舎者が、そんな華やかな場所に行けるわけがありません!」

 俺は勢いよく首を横に振った。
 夜会。それは貴族たちが集う煌びやかな社交の場だ。着飾った貴婦人たち、威厳のある紳士たち。そんな場所に俺が行くなんて想像もできない。それに、そこはαとΩが己の価値を誇示し、品定めをする場所でもある。

「君は俺の側近だろう。主人が出席する場に、供をしないわけにはいかない」

「でも、俺は……」

「案ずるな。君のことは辺境から見出した有能なβ(ベータ)の薬師として紹介する。誰も君がΩだとは気づきはしない」

 彼の言葉は、有無を言わせない響きを持っていた。決定事項なのだ。
 どうして俺をそんな場所に連れて行きたがるのだろう。俺の力を他の貴族たちに見せつけたいのか。それとも単なる嫌がらせか。

 夜会までの三日間は、あっという間だった。
 リアム様が用意した仕立屋がやってきて俺の体の寸法を測り、見たこともないような豪華な礼服が仕立て上げられた。深緑色の上質なベルベット生地。銀糸で繊細な刺繍が施されている。

 鏡の前に立つと、そこには見慣れない自分がいた。いつもの麻のシャツとは違う窮屈な服。落ち着かなくて何度も襟元を直した。

「……似合っている」

 背後から低い声がした。振り返ると、リアム様が腕を組んで立っていた。彼もまた黒を基調とした、騎士団の正装に身を包んでいる。普段の彼も美しいが、正装した姿は神々しささえ感じさせた。

「……ありがとうございます」

 褒められているのに、心は少しも弾まない。これから向かう場所を思うと憂鬱で仕方がない。

 王宮へ向かう馬車の中、俺は緊張で固くなっていた。リアム様はそんな俺の様子に気づいたのか、静かに口を開いた。

「俺のそばから、離れるな」

「……はい」

「何かあればすぐに俺を呼べ。いいな?」

 それは、まるで幼い子供に言い聞かせるような口調だった。その声にほんの少しだけ不安が和らぐ。

 夜会の会場である大広間は、まさに豪華絢爛という言葉がふさわしい場所だった。高い天井からは巨大なシャンデリアが吊り下がり、その光が着飾った人々の宝石やドレスに反射してきらきらと輝いている。

 俺は完全に気圧されていた。リアム様の言う通り、彼の半歩後ろに隠れるようにして存在感を消すことに努める。

「おお、リアム総長。今宵も麗しいな」

「これは、辺境伯。ごきげんよう」

 次から次へと貴族たちがリアム様に挨拶にやってくる。彼はいつもの氷のような無表情で、完璧にそれらをこなしていた。

 そのうち、彼らの視線がリアム様の後ろにいる俺へと向けられる。

「総長、そちらの方は?」

「カイリだ。私が辺境で見出した薬師だ。腕は確かだよ」

 リアム様がそう紹介すると、貴族たちは興味深そうに俺を値踏みするような目で見た。βだと聞くとすぐに興味を失ったように、またリアム様との会話に戻っていく。

『よかった……。βだと思われている』

 俺はほっと胸を撫で下ろした。
 だが油断はできなかった。この会場には数え切れないほどのαがいる。彼らのフェロモンが混じり合った空気に当てられそうだ。抑制薬を多めに飲んできて正解だった。

 しばらくして、リアム様が皇帝陛下への挨拶のため俺のそばを離れた。
「ここで待っていろ」と言い残して。

 一人になった途端、心細さが押し寄せる。壁の花に徹しようと、俺は広間の隅にある柱の影に隠れた。そこからきらびやかな世界をぼんやりと眺める。

 すると不意に、目の前に影が差した。

「君、先ほどリアム総長の隣にいた方だね?」

 声をかけてきたのは金髪の、人の良さそうな笑みを浮かべた若い貴族だった。彼もαのようだ。

「は、はい」

「私はマーカス・ランバート。リアムとは騎士学校の同期でね。君は薬師なのだろう? 私の領地でも薬草がよく採れるんだ。今度ぜひ話を聞かせてほしいな」

 彼はとても気さくに話しかけてくれた。貴族の中にもこんなに優しい人がいるんだなと、俺は少しだけ警戒を解いた。

「ええ、俺でよければ」

 俺がそう答えて微笑むと、マーカスと名乗った青年は嬉しそうに笑った。

「そうか、よかった! 君は笑うとかわいらしいな」

 そう言って彼が俺の手にそっと触れようとした、その瞬間だった。

「――その手に、触れるな」

 地を這うような低い声。
 声のした方を振り返ると、そこには能面のような無表情を浮かべたリアム様が立っていた。しかし、その瞳の奥には燃え盛る青い炎が見えた。

 彼から放たれる威圧的なフェロモンが、びりびりと空気を震わせる。それは俺が今まで感じた中で、最も強く冷たいオーラだった。

 マーカスはその覇気に気圧され、顔を青くして後ずさった。

「り、リアム……。すまない、私はただ挨拶を……」

「失せろ」

 リアム様の短い言葉に、マーカスは震え上がり逃げるようにその場を去っていった。

 広間の人々が、何事かとこちらを窺っている。
 リアム様はそんな周囲の視線など気にも留めず、俺の腕を強く掴んだ。

「行くぞ」

「え、あ、どこへ……?」

「言ったはずだ。俺のそばから離れるなと」

 彼の声は怒りを抑え込んでいるせいで、低く震えていた。
 俺は彼の強い力で引きずられるようにして、広間を後にした。

 バルコニーへ出ると、ひんやりとした夜風が頬を撫でた。
 リアム様は俺の腕を掴んだまま、何も言わない。その横顔は悔しさと怒りで歪んでいるように見えた。

「……どうして、あんなことを」

 俺が尋ねると、彼はギリッと歯を食いしばった。

「……あいつが、お前に気があるように見えた」

「え?」

「お前は気づいていなかったのか。あの男の目が、お前をどういうふうに見ていたか」

 俺には分からなかった。マーカスさんはただ親切に話しかけてくれただけだと思っていた。

「……あんなふうに、他の奴にお前が触られるのは我慢ならん」

 吐き捨てるように、彼は言った。
 その言葉に、俺は心臓が大きく跳ねるのを感じた。

 これは、嫉妬?
 この、氷の騎士と呼ばれる人が、俺に?

 彼の瞳に映る独占欲に満ちた青い炎を見ていると、怖いはずなのになぜか体の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

オメガだと隠して地味なベータとして生きてきた俺が、なぜか学園最強で傲慢な次期公爵様と『運命の番』になって、強制的にペアを組まされる羽目に

水凪しおん
BL
この世界では、性は三つに分かたれる。支配者たるアルファ、それに庇護されるオメガ、そして大多数を占めるベータ。 誇り高き魔法使いユキは、オメガという性を隠し、ベータとして魔法学園の門をくぐった。誰にも見下されず、己の力だけで認められるために。 しかし彼の平穏は、一人の男との最悪の出会いによって打ち砕かれる。 学園の頂点に君臨する、傲慢不遜なアルファ――カイ・フォン・エーレンベルク。 反発しあう二人が模擬戦で激突したその瞬間、伝説の証『運命の印』が彼らの首筋に発現する。 それは、決して抗うことのできない魂の繋がり、『運命の番』の証だった。 「お前は俺の所有物だ」 傲慢に告げるカイと、それに激しく反発するユキ。 強制的にペアを組まされた学園対抗トーナメント『双星杯』を舞台に、二人の歯車は軋みを上げながらも回り出す。 孤独を隠す最強のアルファと、運命に抗う気高きオメガ。 これは、反発しあう二つの魂がやがて唯一無二のパートナーとなり、世界の理をも変える絆を結ぶまでの、愛と戦いの物語。

虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした

水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。 強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。 「お前は、俺だけのものだ」 これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。

氷鉄の騎士団長に拾われたスラムのオメガは、無自覚な溺愛に溶かされる

水凪しおん
BL
スラム街で泥とハーブの匂いにまみれ、オメガであることを隠して生きてきた少年ノア。 ある雨の日、発情の熱と寒さに震える彼を拾い上げたのは、王国最強と謳われる「氷鉄の騎士」ヴァレリウスだった。 「お前からは、雨に濡れた花のような匂いがする」 冷徹と恐れられる騎士団長は、ノアを汚いものとして扱うどころか、その匂いに安らぎを見出し、不器用ながらも全力で愛を注いでくる。 温かい食事、ふかふかのベッド、そして何よりも甘く強烈なアルファの庇護。 これは、孤独な二人が運命の番として惹かれ合い、心と体を溶かし合っていく、極上の溺愛救済BL。 ※本作は性的な描写(キスや愛撫、発情期の描写など)を含みます。15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。

冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。

水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。 国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。 彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。 世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。 しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。 孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。 これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。 帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。 偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。

『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる

レイ
BL
「出来損ない」と捨てられた場所は、私の居場所ではありませんでした。 ラングリス王国の第三王子・フィオーレは、王族の証である『聖種の紋様』が現れなかったことで「偽物の番」と罵られ、雪降る国境へと追放される。 死を覚悟した彼の前に現れたのは、隣国アイゼン帝国の「冷徹皇帝」ヴォルフラムだった。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...