希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん

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番外編「陽だまりのレシピ」

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 リアムと正式に番(つがい)となり、アークライト公爵家の主の一人となってから、俺の日常は以前とは少し違ったものになった。
 もちろん彼の食事を作るのは相変わらず俺の大切な役目だ。でもそれ以外にも公爵家の運営に関わる細々とした仕事や、来客への対応など学ぶべきことは山積みだった。

 正直、性に合わないことばかりで時々、村でのんびり薬草を摘んでいた頃が恋しくなることもある。

 そんな俺の気晴らしは、やっぱり料理だった。
 新しいレシピを考え、厨房であれこれ試している時間が一番心が落ち着く。

 ある休日の午後、俺は厨房で新しい焼き菓子の試作に取り組んでいた。
 フィデリアの村でよく採れる木苺を使った、甘酸っぱいタルトだ。

「うーん、もう少し生地にサクサク感が欲しいな……」

 俺が腕を組んで唸っていると、ひょいと背後から手が伸びてきてタルト生地の欠片をつまんでいった。

「あ、こら! リアム、つまみ食いしないの」

 振り返ると案の定、騎士団の制服を脱いだラフなシャツ姿のリアムが、もぐもぐと口を動かしていた。

「……うまい」

「まだ試作段階なんだってば。ちゃんと出来上がってから食べてよ」

 俺が頬を膨らませて言うと、彼は悪びれもせずに俺の肩にこてんと頭を乗せてきた。最近二人きりの時の彼は、こうやって甘えてくることが増えた。
『帝国の氷盾』と同一人物だとは、到底思えない。

「カイリの作るものは、何でもうまい」

「お世辞を言っても何も出ないからね」

「本心だ」

 彼は俺の腰に後ろから腕を回してきて、ぎゅっと抱きしめてきた。
 こうなると、もう作業の続きはできない。

「ねえ、リアム。重いんだけど」

「……充電中だ」

「はいはい」

 俺は苦笑しながら、彼の白銀の髪を優しく撫でた。
 騎士団総長としての彼は常に気を張り詰めている。俺といる時くらいは、こうやって羽を伸ばしてほしい。

 しばらくそうしていると、彼がぽつりと言った。

「俺にも、何か手伝えることはないか」

「え?」

「見てるだけでは、つまらん」

 まさかあのリアムが料理を手伝いたい、なんて言い出すとは。
 正直、彼が包丁なんて握ったら食材がいくつあっても足りなくなりそうだ。

 でも彼の、キラキラした(ように見えた)期待に満ちた目で見つめられると断れない。

「……じゃあ、そこの木苺洗ってくれるかな。ヘタを取って」

「分かった」

 彼は嬉々として、木苺の入った籠を受け取った。
 そして一つ一つ丁寧に、洗い始めた。
 その手つきは剣を扱う時とは、比べ物にならないくらいぎこちない。
 いくつか木苺を潰してしまっているけど、まあご愛嬌だ。

 一生懸命に小さな木苺と格闘している彼の大きな背中を見ていると、なんだか無性に愛おしくなってくる。

「……できたぞ」

 しばらくして彼は、少し得意げな顔で洗い終わった木苺のボウルを差し出してきた。

「わあ、ありがとう。すごく助かったよ」

 俺が心からの笑顔でそう言うと、彼は満足そうに目を細めた。

 その後、俺たちは二人でタルトを完成させた。
 彼が手伝ってくれた(?)木苺を、たっぷりと飾り付けて。

 オーブンから取り出した焼きたてのタルトは、甘酸っぱくて幸せな香りがした。

「すごいな。こんなものが作れるなんて」

 リアムは目を丸くして、感心している。

「ふふん。俺を誰だと思ってるの」

 俺は少しだけ胸を張った。

 その日の午後は、中庭のテラスで二人きりのお茶会になった。
 俺が淹れたハーブティーと、焼きたての木苺のタルト。

「……今まで食べた、どんな菓子よりうまい」

 タルトを頬張りながら、リアムが心の底からそう言った。

「大げさだよ」

「本当だ。……カイリの味がする」

「俺の味って、どんな味さ」

 俺が笑いながら尋ねると、彼は真剣な顔で少し考えてから答えた。

「……陽だまりのような、味だ」

 陽だまり。
 その言葉に、俺は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 俺が作る料理は、この人を温めてあげられているだろうか。
 孤独だった彼の心を、少しでも癒してあげられているだろうか。

「……これからも、たくさん作ってあげる」

「ああ。楽しみにしてる」

 彼はそう言うと、俺の唇にそっと自分の唇を重ねた。
 木苺の、甘酸っぱい味がした。

 これが、俺たちの陽だまりのレシピ。
 これからも二人で、たくさんの幸せな味を作っていこう。
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