オメガだと隠して地味なベータとして生きてきた俺が、なぜか学園最強で傲慢な次期公爵様と『運命の番』になって、強制的にペアを組まされる羽目に

水凪しおん

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第1話「運命の悪戯」

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 アウレリア魔法学園の広大な第三演習場は、生徒たちの熱気と飛び交う魔法のきらめきに満ちていた。色とりどりの防護魔法の障壁が明滅し、元素魔法がぶつかり合う乾いた音が響き渡る。その喧噪の中心から少し離れた場所で、ユキは息を殺していた。

 銀色の髪を無造作に束ね、切れ長の瞳には静かな闘志が宿る。一見するとどこにでもいる平凡な生徒だ。しかし彼がひとたび呪文を紡げば、指先から放たれる魔法は驚くべき精度で的の中心を射抜く。その類まれな才能は周囲の誰もが認めるところだった。

 だが、ユキには決して明かせない秘密があった。
 彼はオメガだったのだ。

 この世界においてオメガは希少であると同時にか弱く、アルファに庇護されるべき存在とされている。魔法の才能に恵まれていても、その性が知られた途端、誰もが侮りと同情の目を向ける。対等なライバルではなく守られるべき対象として扱われる。それがユキには耐えられなかった。

 自分の力で誰にも見下されることなく、一人の魔法使いとして認められたい。その一心で彼は強力な抑制剤で本来の性を偽り、ベータとしてこの学園の門をくぐった。

「次、カイ・フォン・エーレンベルク、前へ」

 教官の厳かな声が響くと、演習場の空気が一変した。生徒たちの間にさざ波のような囁きが広がり、羨望と畏怖の視線が一人の青年に集中する。

 漆黒の髪に、射るように鋭い深紅の瞳。すっと伸びた背筋はそれだけで王者の風格を漂わせていた。彼こそこの学園の頂点に君臨するエリートであり、圧倒的な力を持つアルファ、カイだった。

 カイは悠然と歩み出ると詠唱もほとんどせず巨大な火球を生成し、はるか遠くの標的に向けて放った。爆音と共に標的は塵と化し、その圧倒的な威力に周囲から感嘆の声が漏れる。

「……すごいな」

 隣にいた親友のリオが呆れたように呟いた。リオはユキの秘密を知る唯一の存在だ。

「ああ。さすが次期公爵様だ」

 ユキは素直に認めた。カイの魔法は力強く、そして美しい。だがその瞳に宿る傲慢さだけはどうしても好きになれなかった。彼は自分以外のすべてを見下している。特にオメガに対しては。

 実技演習はペアを組んでの模擬戦形式へと移行した。くじ引きの結果、ユキの相手として選ばれたのは運命の悪戯か、カイとその取り巻きだった。

「おい、見たか? カイ様の相手、あの地味なやつだぜ」

「一瞬で終わるな」

 ひそひそと聞こえる嘲笑に、ユキは唇をきつく結んだ。舐められるのは慣れている。だからこそここで一矢報いてやりたかった。

「手加減は無用だ。全力でかかってこい」

 カイはユキのことなど視界にすら入っていないかのように、尊大な態度で言い放った。その言葉がユキの心の導火線に火をつけた。

 模擬戦開始の合図と共に、カイのパートナーが牽制の風魔法を放つ。ユキは冷静にそれを見切り最小限の動きで回避すると、すかさず地面に魔法陣を描き蔦を召喚して相手の足を絡め取った。精密なコントロールと戦況を瞬時に判断する的確さ。それがユキの真骨頂だった。

「ほう、少しはやるらしい」

 カイが初めてユキをまっすぐに見据えた。その深紅の瞳がまるで獲物を品定めするかのようにユキを射抜く。ぞくりと背筋に悪寒が走った。アルファの持つ抗いがたい威圧感だ。

「だが小細工はその程度か?」

 カイが右手を軽く振り上げると、彼の足元から灼熱の炎が渦を巻いて立ち上る。それは先ほどの火球とは比べ物にならない、演習場の温度を明らかに上昇させるほどの凄まじい魔力だった。

「下がっていろ!」

 カイは自分のパートナーにそう命じると、一人でユキに向かってきた。その瞳はもはやユキしか見ていない。

『まずい…! レベルが違いすぎる!』

 ユキは咄嗟に幾重にも防護障壁を展開するが、カイの放つ炎の槍はそれを紙のように貫いていく。

「その程度の小細工しかできんのか。まるでオメガの戦い方だな」

 カイの口から紡がれた嘲笑に、ユキの頭の中で何かが切れた。その一言はユキがこれまで必死に抗ってきた、理不尽な世界の象徴そのものだった。

「……撤回しろ」

「何?」

「オメガだからって、見下すな!」

 ユキはこれまで隠してきた魔力を解放した。抑制剤を飲んでいるとはいえ、彼の根源にある魔力量は並のアルファを凌駕する。銀色の髪が逆立ち、その瞳が強い光を放った。ユキは自身の得意とする水の魔法を極限まで凝縮させ、氷の龍を生成した。

 灼熱の炎と絶対零度の氷。赤と青の奔流が演習場の中央で激突した。

「無駄なことを!」

 カイがさらに魔力を高め、炎の勢いを増す。ユキの氷龍が少しずつ押し返されていく。歯を食いしばり全身全霊で魔力を注ぎ込むユキ。もう自分がオメガだとかベータだとか、そんなことはどうでもよかった。ただ目の前の傲慢な男の鼻を明かしてやりたい。その一心だった。

 二人の魔力が拮抗し臨界点に達した、その瞬間だった。
 ――パリン。
 まるでガラスが砕けるような澄んだ音が、ユキとカイの頭の中にだけ響いた。

 次の瞬間、二人の体からまばゆい黄金の光がほとばしった。それはあまりに強く神々しい光で、演習場の誰もが思わず目を細めるほどだった。

「な…なんだ!?」

 光の中心でユキとカイは互いに目を見開いて硬直していた。光はそれぞれの首筋の一点から放たれている。まるでそこに熱い烙印を押されたかのように、じんじんと焼けるような痛みが走った。

 やがて光がゆっくりと収まってゆく。生徒たちが恐る恐る目を開けると、信じられない光景が広がっていた。

 ユキとカイ、それぞれの左の首筋。そこに複雑な文様が絡み合った黄金の印がくっきりと浮かび上がっていたのだ。二つの印はまるで対になるかのように互いに共鳴し、淡い光を明滅させている。

「うそだろ……あれは……」

「伝説の……『運命の印』……?」

 演習場は先ほどまでの比ではないほど騒然とした空気に包まれた。それは数百年に一度現れるか否かという伝説上の存在であり、アルファとオメガの間にのみ結ばれる最も強く決して覆すことのできない魂の繋がり――『運命の番』の証だった。

 最悪の出会いを果たした二人は、互いの首筋に浮かぶ印を見つめ、そして相手の顔を睨みつけた。反発しあう心とは裏腹に、体の奥底から突き上げてくる奇妙な共鳴と熱い疼きに戸惑いを隠せない。

 こうして互いを認め合わない二つの魂は、運命という名の黄金の鎖によって強引に結びつけられてしまった。
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