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第4話「予期せぬ熱」
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暁に助けられたあの夜を境に、俺たちの間の空気は少しだけ変わった。
相変わらず彼は毎日店に来て定食を食べ、俺も黙々とそれを作る。会話らしい会話はほとんどない。けれど、以前のような張り詰めた緊張感は消え、穏やかで心地よい沈黙が二人を包んでいた。
俺がΩであることに、暁は一切触れてこなかった。その気遣いが、何よりもありがたかった。彼の前では、俺はただの「伊吹」でいられる。料理人として、一人の人間として、まっすぐに俺を見てくれる。その事実が、凍りついていた心をじんわりと温めていった。
福の作り手の件は、まだ保留のままだった。暁は何も言わないが、俺はまだ答えを出せずにいる。夢への憧れと、過去のトラウマからくる恐怖。二つの感情が、心の中でせめぎ合っていた。
そんなある日の昼下がり。店の仕込みをしていた俺を、突然、経験したことのないような体の異変が襲った。
『……なんだ、これ』
体の芯から、燃え上がるような熱が込み上げてくる。ぐらりと視界が揺れ、立っているのがやっとだった。全身の力が抜け、額には玉のような汗が浮かぶ。
『まさか、ヒート……?』
ありえない。毎朝、欠かさず抑制剤をのんでいるはずだ。今まで一度だって、こんなことはなかったのに。だというのに、体は正直だった。脳が蕩けるような甘い感覚と、誰かを求める本能的な渇望が、荒れ狂う嵐のように俺の理性を飲み込もうとしていた。
「う、ぁ……っ」
カウンターにもたれかかり、荒い息を繰り返す。甘ったるいΩのフェロモンが、自分でもわかるくらいに店中に満ちていく。まずい。誰かが来たら、大変なことになる。
『早く、家に帰って……薬を……』
震える足で店の戸口へ向かおうとした、その時。
からん、と無情にも鈴の音が鳴った。顔を上げると、そこには息をのんだ暁が立っていた。いつもよりずっと早い時間の来店だった。
「伊吹……?どうした、顔色が――」
言いかけた暁の言葉が、途中で止まる。彼の黒い瞳が、驚きと、そして別の熱を帯びた色に見開かれた。俺が放つ強烈なフェロモンに、彼も気づいたのだ。
「あ、かつき、さん……来ちゃ、だめだ……!」
「……ヒート、なのか」
掠れた声で、暁が問う。俺はこくこくと頷くことしかできない。暁の表情が、苦悩に歪んだ。彼はαだ。発情したΩのフェロンモンは、αにとって抗いがたい媚薬のようなもの。理性を保っているのが不思議なくらいだ。
「逃げ、て……俺から、離れて……!」
懇願する俺に、しかし暁は一歩、また一歩と近づいてくる。彼の瞳には、抗いがたい渇望の色が浮かんでいた。
「……無理だ」
低い声が、俺の耳を震わせる。
「こんなお前を置いて、行けるはずがない」
暁は俺の目の前まで来ると、その大きな手で、熱に浮かされた俺の頬をそっと包み込んだ。ひやりとした手のひらが心地よくて、俺は思わずその手に頬をすり寄せてしまう。
「あ……」
「伊吹」
暁が、俺の名前を呼ぶ。その声は熱っぽく、それでいて切実な響きを帯びていた。
「……嫌なら、抵抗しろ」
そう言って、暁は俺の体を強く抱きしめた。彼のたくましい胸に顔を埋める形になり、澄んだ森の香りが、より一層濃く俺の体を包み込む。彼の香りもまた、ヒートに浮かされた俺の体に甘く作用した。
『だめだ、抗えない……』
本能が、このαに抱かれたいと叫んでいる。俺の全てをこの人に委ねてしまいたいと、心が求めている。
俺が抵抗しないのを見て取ると、暁は俺の体を軽々と横抱きにした。驚いて彼の首にしがみつくと、暁は力強い足取りで店の奥にある居住スペースへと向かう。
「俺はお前がいい」
耳元で、暁がささやいた。
「他の誰でもない。お前でなければ、駄目だ」
その言葉が、最後の理性の扉をこじ開ける。俺はもう、この抗いがたい運命の渦に、身を任せることしかできなかった。
相変わらず彼は毎日店に来て定食を食べ、俺も黙々とそれを作る。会話らしい会話はほとんどない。けれど、以前のような張り詰めた緊張感は消え、穏やかで心地よい沈黙が二人を包んでいた。
俺がΩであることに、暁は一切触れてこなかった。その気遣いが、何よりもありがたかった。彼の前では、俺はただの「伊吹」でいられる。料理人として、一人の人間として、まっすぐに俺を見てくれる。その事実が、凍りついていた心をじんわりと温めていった。
福の作り手の件は、まだ保留のままだった。暁は何も言わないが、俺はまだ答えを出せずにいる。夢への憧れと、過去のトラウマからくる恐怖。二つの感情が、心の中でせめぎ合っていた。
そんなある日の昼下がり。店の仕込みをしていた俺を、突然、経験したことのないような体の異変が襲った。
『……なんだ、これ』
体の芯から、燃え上がるような熱が込み上げてくる。ぐらりと視界が揺れ、立っているのがやっとだった。全身の力が抜け、額には玉のような汗が浮かぶ。
『まさか、ヒート……?』
ありえない。毎朝、欠かさず抑制剤をのんでいるはずだ。今まで一度だって、こんなことはなかったのに。だというのに、体は正直だった。脳が蕩けるような甘い感覚と、誰かを求める本能的な渇望が、荒れ狂う嵐のように俺の理性を飲み込もうとしていた。
「う、ぁ……っ」
カウンターにもたれかかり、荒い息を繰り返す。甘ったるいΩのフェロモンが、自分でもわかるくらいに店中に満ちていく。まずい。誰かが来たら、大変なことになる。
『早く、家に帰って……薬を……』
震える足で店の戸口へ向かおうとした、その時。
からん、と無情にも鈴の音が鳴った。顔を上げると、そこには息をのんだ暁が立っていた。いつもよりずっと早い時間の来店だった。
「伊吹……?どうした、顔色が――」
言いかけた暁の言葉が、途中で止まる。彼の黒い瞳が、驚きと、そして別の熱を帯びた色に見開かれた。俺が放つ強烈なフェロモンに、彼も気づいたのだ。
「あ、かつき、さん……来ちゃ、だめだ……!」
「……ヒート、なのか」
掠れた声で、暁が問う。俺はこくこくと頷くことしかできない。暁の表情が、苦悩に歪んだ。彼はαだ。発情したΩのフェロンモンは、αにとって抗いがたい媚薬のようなもの。理性を保っているのが不思議なくらいだ。
「逃げ、て……俺から、離れて……!」
懇願する俺に、しかし暁は一歩、また一歩と近づいてくる。彼の瞳には、抗いがたい渇望の色が浮かんでいた。
「……無理だ」
低い声が、俺の耳を震わせる。
「こんなお前を置いて、行けるはずがない」
暁は俺の目の前まで来ると、その大きな手で、熱に浮かされた俺の頬をそっと包み込んだ。ひやりとした手のひらが心地よくて、俺は思わずその手に頬をすり寄せてしまう。
「あ……」
「伊吹」
暁が、俺の名前を呼ぶ。その声は熱っぽく、それでいて切実な響きを帯びていた。
「……嫌なら、抵抗しろ」
そう言って、暁は俺の体を強く抱きしめた。彼のたくましい胸に顔を埋める形になり、澄んだ森の香りが、より一層濃く俺の体を包み込む。彼の香りもまた、ヒートに浮かされた俺の体に甘く作用した。
『だめだ、抗えない……』
本能が、このαに抱かれたいと叫んでいる。俺の全てをこの人に委ねてしまいたいと、心が求めている。
俺が抵抗しないのを見て取ると、暁は俺の体を軽々と横抱きにした。驚いて彼の首にしがみつくと、暁は力強い足取りで店の奥にある居住スペースへと向かう。
「俺はお前がいい」
耳元で、暁がささやいた。
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