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第6話「影の蠢動」
暁の番となり、福の作り手になることを決意してから、俺の毎日は一変した。
暁は俺を彼の屋敷に迎え入れ、離れの美しい一室をあてがってくれた。食事処「木漏れ日」は、なじみの客たちに惜しまれながらも、一時的に休業することにした。
暁の屋敷での生活は、まるで夢のようだった。
彼は公務で忙しい身でありながら、時間を見つけては必ず俺の元へ顔を見せに来てくれた。そして、俺が決意した福巻き作りを、全力で支援してくれた。
「最高の食材が必要だろう。国中から取り寄せさせた。何でも好きなものを使うといい」
そう言って暁が用意してくれたのは、つややかに輝く米、豊かな磯の香りがする海苔、そして山海の珍味の数々。どれも、俺がかつて修行していた店でさえ、滅多にお目にかかれない一級品ばかりだった。
最初はあまりの環境の変化に戸惑うばかりだった俺も、暁の不器用ながらも深い愛情に包まれるうち、少しずつこの生活に慣れていった。
何より、料理に打ち込める環境が嬉しかった。誰にも気兼ねすることなく、ただ純粋に「美味しいものを作りたい」という気持ちに集中できる。それは、俺が料理人として一番望んでいたことだった。
番になったことで、俺たちの絆はより深いものになった。αとΩは、番うことで互いの感情や体調を敏感に感じ取れるようになる。暁が疲れている時は、滋養のある料理を作って彼の帰りを待った。俺が不安な気持ちになっている時は、暁は何も言わずにそばにいて、俺が落ち着くまで優しく背中を撫でてくれた。
満ち足りた、幸せな日々。
この時間が永遠に続けばいいのにと、心から願っていた。
しかし、そんな穏やかな日々に、不穏な影が差し込んでいることには、まだ気づいていなかった。
***
龍神一族の本邸。その一室で、二人の男が向き合っていた。
一人は暁。そしてもう一人は、暁の叔父であり、次期当主の座を虎視眈々と狙う男、玄(げん)だった。
「暁よ。近頃、素性の知れぬ者を屋敷に住まわせているそうだな」
玄は、蛇のようにねっとりとした視線を暁に向けながら言った。
「私の番です。叔父上には関係のないことでしょう」
暁は表情を変えずに、冷たく言い放つ。暁にとって、玄は父親の代から続く政敵だった。常に自分を陥れる機会をうかがっている、油断のならない相手だ。
「番、だと?お前ほどのαが、どこの馬の骨とも知れぬ者を番にするとは。よほどのことだな。……聞けば、その者は男だとか」
「それが何か」
「いやいや。まあ、それもよかろう。だがな、暁。その男、今年の福の作り手にするつもりだという噂は本当か?」
玄の目が、鋭く光る。暁は動じない。
「ええ。彼こそ、福の作り手にふさわしい」
「正気か!神聖な儀式を、素性の知れぬ者、それも男などに任せられるものか!」
玄は机を叩き、声を荒らげた。
「ふさわしいかどうかは、彼の作るものが決めることです。家柄や性別など、些末な問題に過ぎない」
「些末だと!伝統を軽んじる気か!」
「伝統とは、守るべきものと変えるべきものがある。俺はそう考えます」
きっぱりと言い切る暁に、玄は苦虫を噛み潰したような顔をした。だが、すぐに下品な笑みを口元に浮かべる。
「……なるほどな。まあ、よかろう。お前の好きにしてみるがいい。だが、覚えておけ。この一族と国を、私的な感情で危機に晒すようなことがあれば、その時は――」
玄はそれだけ言うと、不気味な笑いを残して部屋を出て行った。
一人残された暁は、玄が出て行った扉を厳しい目で見据える。
『何か、企んでいるな……』
玄は、このまま黙って引き下がるような男ではない。必ず何かを仕掛けてくるはずだ。
暁は窓の外に広がる庭を見つめ、伊吹の顔を思い浮かべた。
『何があっても、俺がお前を守る』
強く、心に誓う。
伊吹と共に迎えるはずの輝かしい儀式の裏で、どす黒い陰謀が、静かに蠢き始めていた。
暁は俺を彼の屋敷に迎え入れ、離れの美しい一室をあてがってくれた。食事処「木漏れ日」は、なじみの客たちに惜しまれながらも、一時的に休業することにした。
暁の屋敷での生活は、まるで夢のようだった。
彼は公務で忙しい身でありながら、時間を見つけては必ず俺の元へ顔を見せに来てくれた。そして、俺が決意した福巻き作りを、全力で支援してくれた。
「最高の食材が必要だろう。国中から取り寄せさせた。何でも好きなものを使うといい」
そう言って暁が用意してくれたのは、つややかに輝く米、豊かな磯の香りがする海苔、そして山海の珍味の数々。どれも、俺がかつて修行していた店でさえ、滅多にお目にかかれない一級品ばかりだった。
最初はあまりの環境の変化に戸惑うばかりだった俺も、暁の不器用ながらも深い愛情に包まれるうち、少しずつこの生活に慣れていった。
何より、料理に打ち込める環境が嬉しかった。誰にも気兼ねすることなく、ただ純粋に「美味しいものを作りたい」という気持ちに集中できる。それは、俺が料理人として一番望んでいたことだった。
番になったことで、俺たちの絆はより深いものになった。αとΩは、番うことで互いの感情や体調を敏感に感じ取れるようになる。暁が疲れている時は、滋養のある料理を作って彼の帰りを待った。俺が不安な気持ちになっている時は、暁は何も言わずにそばにいて、俺が落ち着くまで優しく背中を撫でてくれた。
満ち足りた、幸せな日々。
この時間が永遠に続けばいいのにと、心から願っていた。
しかし、そんな穏やかな日々に、不穏な影が差し込んでいることには、まだ気づいていなかった。
***
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「暁よ。近頃、素性の知れぬ者を屋敷に住まわせているそうだな」
玄は、蛇のようにねっとりとした視線を暁に向けながら言った。
「私の番です。叔父上には関係のないことでしょう」
暁は表情を変えずに、冷たく言い放つ。暁にとって、玄は父親の代から続く政敵だった。常に自分を陥れる機会をうかがっている、油断のならない相手だ。
「番、だと?お前ほどのαが、どこの馬の骨とも知れぬ者を番にするとは。よほどのことだな。……聞けば、その者は男だとか」
「それが何か」
「いやいや。まあ、それもよかろう。だがな、暁。その男、今年の福の作り手にするつもりだという噂は本当か?」
玄の目が、鋭く光る。暁は動じない。
「ええ。彼こそ、福の作り手にふさわしい」
「正気か!神聖な儀式を、素性の知れぬ者、それも男などに任せられるものか!」
玄は机を叩き、声を荒らげた。
「ふさわしいかどうかは、彼の作るものが決めることです。家柄や性別など、些末な問題に過ぎない」
「些末だと!伝統を軽んじる気か!」
「伝統とは、守るべきものと変えるべきものがある。俺はそう考えます」
きっぱりと言い切る暁に、玄は苦虫を噛み潰したような顔をした。だが、すぐに下品な笑みを口元に浮かべる。
「……なるほどな。まあ、よかろう。お前の好きにしてみるがいい。だが、覚えておけ。この一族と国を、私的な感情で危機に晒すようなことがあれば、その時は――」
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『何か、企んでいるな……』
玄は、このまま黙って引き下がるような男ではない。必ず何かを仕掛けてくるはずだ。
暁は窓の外に広がる庭を見つめ、伊吹の顔を思い浮かべた。
『何があっても、俺がお前を守る』
強く、心に誓う。
伊吹と共に迎えるはずの輝かしい儀式の裏で、どす黒い陰謀が、静かに蠢き始めていた。
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