8 / 16
第7話「嵐の前の試作」
しおりを挟む
玄との会合の後、暁の警戒は強まった。だが、俺の前ではそんな素振りを一切見せず、いつも通り穏やかに接してくれた。俺もまた、来たるべき儀式に向けて、福巻きの試作に全神経を集中させていた。
福巻きに込められる具材は七つ。古来より、七福神になぞらえ、七つの福を呼び込むとされている。最高の食材を前に、俺はどんな組み合わせが最も龍神への祈りを届けられるか、来る日も来る日も考え続けた。
調理場に立つ時間は、俺にとって至福の時だった。
暁が用意してくれた厨房は広くて清潔で、最新の調理器具まで揃っていた。ここでなら、俺の持てる技術の全てを出し切れる。
「今日は、海の幸を中心に試してみよう」
独り言をいいながら、俺は新鮮なエビやアナゴ、そして輝くようなイクラを丁寧に下ごしらえしていく。一つ一つの工程に、心を込めて。
夕方、公務を終えた暁が厨房に顔を出した。これは、最近の日課になっていた。
「伊吹、今日の試作品はできたか」
「はい、暁さん。ちょうど今、巻いたところです」
俺は完成したばかりの福巻きを切り分け、皿に盛り付けて暁に差し出した。彼はそれを一口食べると、ゆっくりと味わうように目を閉じる。この瞬間が、俺は一番緊張する。
「……うまい」
暁の口からその言葉が出ると、俺は心の底からほっとする。
「エビの甘みと、少し炙ったアナゴの香ばしさが見事に合わさっている。シイタケの煮つけもいいアクセントだ。だが……」
暁は少し考えるそぶりを見せ、続けた。
「何かが、少しだけ足りない気がする。味のまとまりはあるが、突き抜けるような感動が、まだ」
真剣な暁の批評に、俺は真摯に耳を傾ける。彼は決して美食家ぶるわけではない。けれど、龍神の血を引く者として、その舌は食べ物に宿る「気」や「魂」のようなものを敏感に感じ取れるらしかった。
「……わかりました。明日は、山の幸も加えて、もっと味に奥行きが出るように工夫してみます」
「ああ、楽しみにしている」
暁はそう言うと、残りの福巻きも美味しそうに平らげてくれた。
二人きりの穏やかな時間。
暁が味見役で、俺が作り手。それは、まるで食事処「木漏れ日」で過ごした日々の続きのようで、俺の心を温かいもので満たした。俺は料理人としての喜びを、日に日に取り戻していった。
そんなある日のことだった。
儀式で使うために、暁が特別に取り寄せてくれた「龍の涙」と呼ばれる最高級の米が、蔵から忽然と姿を消すという事件が起こった。
「そんな……!蔵は厳重に管理されていたはずなのに!」
報告を聞いた俺は、血の気が引くのを感じた。あの米がなければ、最高の福巻きは作れない。
「落ち着け、伊吹」
暁は俺の肩を抱き、なだめるように言った。しかし、その表情は険しい。
「おそらく、何者かが蔵から盗み出したんだろう。すぐに代わりの米は手配させる。だが……」
これは、単なる盗難事件ではない。
儀式を妨害しようとする者による、明らかな妨害工作だ。そして、そんなことを企む人物に、暁は心当たりがあった。
『玄の仕業か……!』
暁の拳が、固く握りしめられる。
嵐が、すぐそこまで近づいてきている。俺たちの穏やかで幸せな日々は、見えざる敵の策略によって、終わりを告げようとしていた。
福巻きに込められる具材は七つ。古来より、七福神になぞらえ、七つの福を呼び込むとされている。最高の食材を前に、俺はどんな組み合わせが最も龍神への祈りを届けられるか、来る日も来る日も考え続けた。
調理場に立つ時間は、俺にとって至福の時だった。
暁が用意してくれた厨房は広くて清潔で、最新の調理器具まで揃っていた。ここでなら、俺の持てる技術の全てを出し切れる。
「今日は、海の幸を中心に試してみよう」
独り言をいいながら、俺は新鮮なエビやアナゴ、そして輝くようなイクラを丁寧に下ごしらえしていく。一つ一つの工程に、心を込めて。
夕方、公務を終えた暁が厨房に顔を出した。これは、最近の日課になっていた。
「伊吹、今日の試作品はできたか」
「はい、暁さん。ちょうど今、巻いたところです」
俺は完成したばかりの福巻きを切り分け、皿に盛り付けて暁に差し出した。彼はそれを一口食べると、ゆっくりと味わうように目を閉じる。この瞬間が、俺は一番緊張する。
「……うまい」
暁の口からその言葉が出ると、俺は心の底からほっとする。
「エビの甘みと、少し炙ったアナゴの香ばしさが見事に合わさっている。シイタケの煮つけもいいアクセントだ。だが……」
暁は少し考えるそぶりを見せ、続けた。
「何かが、少しだけ足りない気がする。味のまとまりはあるが、突き抜けるような感動が、まだ」
真剣な暁の批評に、俺は真摯に耳を傾ける。彼は決して美食家ぶるわけではない。けれど、龍神の血を引く者として、その舌は食べ物に宿る「気」や「魂」のようなものを敏感に感じ取れるらしかった。
「……わかりました。明日は、山の幸も加えて、もっと味に奥行きが出るように工夫してみます」
「ああ、楽しみにしている」
暁はそう言うと、残りの福巻きも美味しそうに平らげてくれた。
二人きりの穏やかな時間。
暁が味見役で、俺が作り手。それは、まるで食事処「木漏れ日」で過ごした日々の続きのようで、俺の心を温かいもので満たした。俺は料理人としての喜びを、日に日に取り戻していった。
そんなある日のことだった。
儀式で使うために、暁が特別に取り寄せてくれた「龍の涙」と呼ばれる最高級の米が、蔵から忽然と姿を消すという事件が起こった。
「そんな……!蔵は厳重に管理されていたはずなのに!」
報告を聞いた俺は、血の気が引くのを感じた。あの米がなければ、最高の福巻きは作れない。
「落ち着け、伊吹」
暁は俺の肩を抱き、なだめるように言った。しかし、その表情は険しい。
「おそらく、何者かが蔵から盗み出したんだろう。すぐに代わりの米は手配させる。だが……」
これは、単なる盗難事件ではない。
儀式を妨害しようとする者による、明らかな妨害工作だ。そして、そんなことを企む人物に、暁は心当たりがあった。
『玄の仕業か……!』
暁の拳が、固く握りしめられる。
嵐が、すぐそこまで近づいてきている。俺たちの穏やかで幸せな日々は、見えざる敵の策略によって、終わりを告げようとしていた。
14
あなたにおすすめの小説
隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました
水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。
その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。
整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。
オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。
だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。
死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。
それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。
「見つけた。俺の対になる存在を」
正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……?
孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。
星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!
新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました
水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。
新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。
それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。
「お前は俺の運命の番だ」
彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。
不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした
水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。
強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。
「お前は、俺だけのものだ」
これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。
オメガだと隠して地味なベータとして生きてきた俺が、なぜか学園最強で傲慢な次期公爵様と『運命の番』になって、強制的にペアを組まされる羽目に
水凪しおん
BL
この世界では、性は三つに分かたれる。支配者たるアルファ、それに庇護されるオメガ、そして大多数を占めるベータ。
誇り高き魔法使いユキは、オメガという性を隠し、ベータとして魔法学園の門をくぐった。誰にも見下されず、己の力だけで認められるために。
しかし彼の平穏は、一人の男との最悪の出会いによって打ち砕かれる。
学園の頂点に君臨する、傲慢不遜なアルファ――カイ・フォン・エーレンベルク。
反発しあう二人が模擬戦で激突したその瞬間、伝説の証『運命の印』が彼らの首筋に発現する。
それは、決して抗うことのできない魂の繋がり、『運命の番』の証だった。
「お前は俺の所有物だ」
傲慢に告げるカイと、それに激しく反発するユキ。
強制的にペアを組まされた学園対抗トーナメント『双星杯』を舞台に、二人の歯車は軋みを上げながらも回り出す。
孤独を隠す最強のアルファと、運命に抗う気高きオメガ。
これは、反発しあう二つの魂がやがて唯一無二のパートナーとなり、世界の理をも変える絆を結ぶまでの、愛と戦いの物語。
冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。
水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。
国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。
彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。
世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。
しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。
孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。
これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。
帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。
偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる