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第8話「暴かれた秘密」
盗まれた米は、暁の迅速な手配によってすぐに代わりのものが用意された。しかし、事件が残した爪痕は深く、屋敷の中には不穏な空気が漂い始めていた。犯人は見つからず、使用人たちは見えない敵の存在に怯え、互いに疑心暗鬼になっているようだった。
俺はそんな中でも、気持ちを切り替えて福巻きの試作に集中しようと努めた。暁がそばにいてくれる。それだけで、不思議と心は落ち着いていた。
だが、敵の次なる一手は、俺たちが想像していたよりもずっと卑劣で、残酷なものだった。
その日、俺が厨房で仕込みをしていると、数人の侍女たちがひそひそと何かを話しているのが耳に入った。普段はにこやかに接してくれる彼女たちだったが、今日はこちらに投げかけられる視線が、やけに冷たく突き刺さる。
『何か、あったんだろうか』
胸騒ぎを覚えながらも、俺は自分の作業に集中しようとした。その時、一人の年配の侍女が、わざとらしく大きな声で言った。
「まあ、ご存じなかったのですか。暁様が屋敷に置かれているあの方は、なんとΩ(オメガ)なのだそうですよ」
その言葉に、俺は思わず動きを止めた。心臓が、氷水で冷やされたように凍りつく。
「Ωですって?あの、発情してはαをたぶらかすという……」
「なんておぞましい。そんな方が、神聖な儀式に関わろうとしていたなんて」
「穢らわしいわ。きっと暁様も、その汚れた体で誘惑されたに違いない」
次々と投げつけられる、悪意に満ちた言葉の刃。それは、俺の心を容赦なくえぐった。ああ、やはりこうなるのか。Ωだと知られれば、人は手のひらを返したように俺を蔑み、拒絶する。
『どうして、バレたんだ……?』
この屋敷で、俺の素性を知っているのは暁だけのはずだった。彼が漏らすとは到底思えない。だとしたら――。
『玄、か』
暁の叔父である、あの男の顔が脳裏に浮かぶ。米を盗んだのも、そして俺の秘密を暴露したのも、全てあの男の仕業に違いない。儀式を妨害し、暁を失脚させるために。
俺は唇を噛みしめ、俯いた。侍女たちの視線が、毒針のように背中に突き刺さる。もう、ここにはいられない。俺は包丁を置くと、逃げるように厨房を後にした。
廊下を歩けば、すれ違う使用人たちが皆、好奇と軽蔑の入り混じった目で俺を見る。誰もが距離を取り、まるで汚いものに触れるかのように避けていく。昨日まで親しく言葉を交わした相手が、今日は冷たい壁の向こう側にいる。
たった一日で、世界は色を失った。
俺は再び、独りになったのだ。
自室に駆け込むと、俺は扉の前でずるずると座り込んだ。膝を抱え、震えを止めようとするが、体は言うことを聞かない。
『お前のような穢れたΩが』
忘れたはずの、親方の罵声が耳の奥でこだまする。
そうだ、俺は穢れているんだ。普通の人たちとは違う、忌むべき存在。そんな俺が、暁のような気高い人の隣にいること自体が、間違っているのかもしれない。
彼に、迷惑をかけてしまう。
俺がそばにいる限り、彼はこれからもずっと、好奇の目に晒され、後ろ指をさされることになる。
『離れた方が、いいんだろうか……』
暁への想いと、彼を苦しめたくないという気持ちが、胸の中で引き裂かれるように痛んだ。
窓の外は、いつの間にか冷たい雨が降り始めていた。それはまるで、俺の心の中を映しているかのようだった。
俺はそんな中でも、気持ちを切り替えて福巻きの試作に集中しようと努めた。暁がそばにいてくれる。それだけで、不思議と心は落ち着いていた。
だが、敵の次なる一手は、俺たちが想像していたよりもずっと卑劣で、残酷なものだった。
その日、俺が厨房で仕込みをしていると、数人の侍女たちがひそひそと何かを話しているのが耳に入った。普段はにこやかに接してくれる彼女たちだったが、今日はこちらに投げかけられる視線が、やけに冷たく突き刺さる。
『何か、あったんだろうか』
胸騒ぎを覚えながらも、俺は自分の作業に集中しようとした。その時、一人の年配の侍女が、わざとらしく大きな声で言った。
「まあ、ご存じなかったのですか。暁様が屋敷に置かれているあの方は、なんとΩ(オメガ)なのだそうですよ」
その言葉に、俺は思わず動きを止めた。心臓が、氷水で冷やされたように凍りつく。
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「なんておぞましい。そんな方が、神聖な儀式に関わろうとしていたなんて」
「穢らわしいわ。きっと暁様も、その汚れた体で誘惑されたに違いない」
次々と投げつけられる、悪意に満ちた言葉の刃。それは、俺の心を容赦なくえぐった。ああ、やはりこうなるのか。Ωだと知られれば、人は手のひらを返したように俺を蔑み、拒絶する。
『どうして、バレたんだ……?』
この屋敷で、俺の素性を知っているのは暁だけのはずだった。彼が漏らすとは到底思えない。だとしたら――。
『玄、か』
暁の叔父である、あの男の顔が脳裏に浮かぶ。米を盗んだのも、そして俺の秘密を暴露したのも、全てあの男の仕業に違いない。儀式を妨害し、暁を失脚させるために。
俺は唇を噛みしめ、俯いた。侍女たちの視線が、毒針のように背中に突き刺さる。もう、ここにはいられない。俺は包丁を置くと、逃げるように厨房を後にした。
廊下を歩けば、すれ違う使用人たちが皆、好奇と軽蔑の入り混じった目で俺を見る。誰もが距離を取り、まるで汚いものに触れるかのように避けていく。昨日まで親しく言葉を交わした相手が、今日は冷たい壁の向こう側にいる。
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俺は再び、独りになったのだ。
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そうだ、俺は穢れているんだ。普通の人たちとは違う、忌むべき存在。そんな俺が、暁のような気高い人の隣にいること自体が、間違っているのかもしれない。
彼に、迷惑をかけてしまう。
俺がそばにいる限り、彼はこれからもずっと、好奇の目に晒され、後ろ指をさされることになる。
『離れた方が、いいんだろうか……』
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窓の外は、いつの間にか冷たい雨が降り始めていた。それはまるで、俺の心の中を映しているかのようだった。
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