元ヤンオメガは平穏に生きたい!〜中華風異世界に転生したら、過保護な最強生徒会長に溺愛されて番にされました〜

水凪しおん

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第6話「噛み合う歯車と背中を預ける温度」

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 一件落着かと思われたその直後、図書院の空気が唐突にビリビリと震え始めた。

 飛燕の肌が粟立ち、本能的な危機感が背筋を駆け上がる。

 入り口の方へ逃げ出そうとしていた貴族生徒の一人が、急に足を止めて振り返っていたのだ。

 その男の顔は屈辱と怒りでどす黒く染まり、両手からは不吉な赤黒い気のオーラが立ち昇っていた。

 「ふざけるな……たかが生徒会長風情が、由緒正しき我が一族に説教を垂れる気か」

 プライドを粉々にされた男は完全に理性を失い、気や霊力と呼ばれる帝国特有の力を暴走させていた。

 周囲の本棚がガタガタと音を立てて揺れ、古い紙の束が風圧で舞い上がる。

 男が標的に定めたのは、無防備に背を向けていた平民の生徒たちではなく、他でもない蒼龍だった。

 「死ねえっ」

 男が絶叫とともに両手を突き出すと、凝縮された赤黒い気の塊が、轟音を立てて蒼龍へ向かって放たれた。

 「会長」

 側近たちが慌てて前に出ようとするが、気の塊の速度には到底間に合わない。

 蒼龍自身もその場から一歩も動かず、ただ冷ややかな目で迫り来る攻撃を見据えているだけだった。

 その瞬間、飛燕の身体は思考を置き去りにして動いていた。

 床を蹴るつま先に全神経を集中させ、前世で培った瞬発力と今世の気合いの力を融合させる。

 視界が極端に狭まり、周囲の音が遠のく奇妙な感覚の中、飛燕は風を切り裂くような速度で蒼龍の前に飛び出した。

 「おらあっ」

 腹の底から絞り出した叫び声とともに、飛燕は右拳を大きく振りかぶり、迫り来る気の塊の中心に向かって真っすぐに打ち込んだ。

 図書院に激しい破裂音が響き渡る。

 飛燕の拳から放たれた無色透明の強烈な気合いが、赤黒い気の塊を正面から粉砕し、四方八方へ霧散させた。

 衝撃波が広がり、周囲の埃が勢いよく吹き飛ばされる。

 「なっ……馬鹿な、俺の渾身の気が……オメガの細腕なんかに……」

 貴族の男が信じられないものを見るような目で悲鳴を上げた。

 飛燕はその隙を逃さず、床を滑るようにして男の懐に飛び込んだ。

 「寝てろ、大馬鹿野郎」

 短い宣告とともに、飛燕のコンパクトに振り抜かれた左フックが、男の顎の先端を正確に打ち抜いた。

 脳が揺らされ、男の目は白目を剥き、そのまま糸の切れた操り人形のように床へ崩れ落ちた。

 完全な静寂が、再び図書院を包み込む。

 舞い上がっていた紙片が、雪のようにゆっくりと床へ舞い落ちていく。

 飛燕は荒くなった呼吸を整えながら、殴った左手の関節を軽く振った。

 またやってしまった。生徒会役員という立場でありながら、派手な立ち回りをしてしまった。

 おそるおそる背後を振り返ると、蒼龍は驚く様子もなく、静かな瞳で飛燕を見つめていた。

 「……すみません、会長。出しゃばりました」

 飛燕が気まずそうに頭を掻くと、蒼龍はゆっくりと歩み寄り、飛燕の目の前で立ち止まった。

 「いや。お前の見事な迎撃に、俺は感服している」

 蒼龍の低い声には、先ほどまでの冷酷さは微塵もなく、ただ深い信頼だけが滲んでいた。

 「俺がお前を役員に選んだのは間違いではなかった。お前は俺の背中を預けるに足る存在だ」

 真っすぐに向けられたその言葉に、飛燕の胸の奥がドクンと大きく跳ねた。

 前世でも今世でも、ここまで誰かに手放しで実力を認められ、必要とされたことなど一度もなかった。

 鼻の奥がツンと熱くなり、照れ隠しに視線をそらしてしまう。

 「そ、そんな大げさな……。俺はただ、あいつがムカついただけっすよ」

 飛燕がわざと乱暴な口調でごまかそうとすると、蒼龍はふっと柔らかな笑みをこぼした。

 そして、先ほどまで気合いを放っていた飛燕の右手を、両手でそっと包み込むように握りしめた。

 上質な革手袋越しに伝わってくるその温度に、飛燕の肩がびくっと跳ねる。

 「会長……」

 「手首に負担はかかっていないか。骨にヒビが入っているかもしれない。すぐに医務室へ行くぞ」

 「えっ、いや、全然痛くないですよ。ピンピンしてますって」

 「強がるな。オメガの骨格はアルファに比べて繊細なのだ。万が一のことがあればどうする」

 先ほどまでの絶対的支配者の威厳はどこへやら、蒼龍の表情は完全に過保護な保護者のそれに変わっていた。

 冬の夜気と古い書物が混ざり合ったようなアルファの香りが濃くなり、飛燕の頭の中をぐらぐらと揺さぶる。

 「だから、平気だって言ってんだろ……っ」

 飛燕は顔を真っ赤にして抗議しながらも、蒼龍に握られた手を強く振り払うことがどうしてもできなかった。

 冷徹な仮面の下に隠された、不器用で温かい気遣い。

 それを知ってしまった今、彼から与えられる甘やかしが、以前ほど嫌なものには感じられなくなっていたのだ。

 飛燕は諦めたように小さくため息をつき、蒼龍に手を引かれるまま、図書院を後にした。

 二人の歩幅はまったく違うはずなのに、不思議と靴音のリズムが心地よく噛み合って響いていた。
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