劣等生の俺を、未来から来た学院一の優等生が「婚約者だ」と宣言し溺愛してくる

水凪しおん

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第1話「優等生は突然、婚約者を名乗る」

 魔術学院の中庭は、今日も生徒たちの活気で満ち溢れている。だが、その一角だけは冷ややかな嘲笑と憐憫の空気に支配されていた。

「またやったぞ、アキトのやつ」

「あれでよく学院にいられるよな」

 僕、アキトは、またやってしまった。
 実技の授業で的を狙っただけの初級魔法が暴発し、中庭の噴水を派手に吹き飛ばしてしまったのだ。制服はずぶ濡れで、周囲のひそひそ話が胸に突き刺さる。僕の魔力は量が規格外に多いだけで、全く言うことを聞かない。蛇口が壊れた水道のようにただ溢れ出すだけで、少しも役に立たない。だから僕は「劣等生」。それが、この学院での僕のすべてだった。

 俯いて固く拳を握りしめていると、不意に周囲のざわめきが静まり、代わりに緊張を含んだ吐息が聞こえ始めた。誰かが近づいてくる気配。どうせまた、教師の叱責だろう。そう思って顔を上げずにいると、僕の目の前に染み一つない純白の革靴がぴたりと止まった。

 ゆっくりと視線を上げていく。磨き上げられた靴、すらりと伸びた脚、非の打ちどころのない優美な立ち姿。そして、月光を思わせる銀色の髪と、夜空の星を閉じ込めたような深い青の瞳。
 カイだ。カイ・エストリア。
 魔術理論、実技、そのすべてにおいて他の追随を許さない、学院一の優等生。その上、貴族の生まれで、彫刻のように整った顔立ちは、男女問わず学院中の憧れの的だった。

 そんな彼が、なぜ僕の前に?
 カイと僕は住む世界が違う。今まで一度だって、まともに言葉を交わしたことすらなかった。
 混乱する僕の思考を置き去りに、彼は涼やかでよく通る声で、信じられない言葉を紡いだ。

「今日から俺は、お前の婚約者だ」

 時が止まった。
 噴水の水音も、生徒たちの息遣いも、風に揺れる木の葉の音も、何もかもが遠くに聞こえる。
 婚約者? 今、この人は、なんて言った?
 僕が呆然と彼を見つめていると、静寂を破ったのは周囲の生徒たちの絶叫に近いどよめきだった。

「は……?」

 僕の口から、かろうじてそんな間抜けな音が漏れた。

「聞き間違いか? もう一度言おう。俺は、今日この瞬間から、お前の婚約者になった」

 カイは完璧な笑みを浮かべて、僕に手を差し伸べた。その白い手袋に包まれた指先が、僕の濡れた前髪にそっと触れる。その仕草があまりにも自然で、まるでずっと昔からそうしてきたかのようだった。

「な、何言ってるんだ、あんた……! からかってるなら、やめてくれ!」

 僕は思わずその手を払い除けた。周囲の視線が痛い。憧れのカイ様に触れられて、それを拒絶するなんて。そんな非難めいた空気が肌を刺す。
 しかしカイは、僕の拒絶に全く動じた様子を見せず、静かに僕を見下ろしていた。その青い瞳の奥に、ほんの一瞬、悲しみのような色がよぎったのを僕は見逃さなかった。

「冗談などではない。これは決定事項だ」

「決定事項って……誰が決めたんだよ!」

「俺が」

 あまりに堂々とした答えに、僕は言葉を失う。どうして。なぜ僕なんだ。頭の中が疑問符で埋め尽くされる。

「立てるか、アキト」

 彼はごく自然に僕の名前を呼び、有無を言わさず腕を掴んで立たせた。彼の力は思ったよりずっと強く、僕はなすすべもなく引きずられるようにしてその場を後にするしかなかった。背後で生徒たちが何かを叫んでいるのが聞こえたが、もうどうでもよかった。

 カイは僕を連れて、まっすぐに寮へ向かう。僕たちの学院は全寮制で、僕の部屋は一人用の簡素なものだ。彼はまるで自分の家のように迷いなく僕の部屋の扉を開けると、中に入り、そして言い放った。

「婚約者として、今日から君のすべてを管理する」

「はあ!?」

「まずはそのずぶ濡れの体をどうにかしろ。風邪をひく。着替えはどこだ」

 彼はそう言うと、勝手に僕のクローゼットを開け、手際よく着替えとタオルを取り出して僕に押し付けた。

「僕は、あんたの婚約者になった覚えなんてない!」

「今はなくても、すぐそうなる。いいから早く着替えろ。それとも、手伝ってやろうか?」

 カイが真顔でシャツのボタンに手をかけようとするのを見て、僕は悲鳴に近い声を上げて後ずさった。

「わ、分かった! 自分でやるから、あっち向いててくれ!」

 背後でカイが小さく息をつく気配がした。僕は急いで着替えを済ませる。その間も、彼は部屋の中を落ち着きなく歩き回り、本棚を眺めたり、机の上の教科書を手に取ったりしていた。

 僕が着替え終わるのを見計らって、彼は振り返った。

「いいか、アキト。君の魔力暴走の原因は、基礎的な制御訓練の不足と、不規則な生活による精神の乱れだ。今日から俺が君の生活リズムをすべて管理する。食事、睡眠、そして魔術の基礎訓練。すべて俺の指示通りに行ってもらう」

「な、なんであんたにそんなこと……」

「婚約者だからだ」

 またその言葉だ。まるでそれが、この世界の絶対的な真理であるかのように彼は言う。

「まず、夕食だ。君はいつも食堂の残り物か、栄養バランスの悪い携帯食ばかりだろう。今夜から俺が作る」

「作るって、どこで……」

 カイはにこりと笑うと、どこから取り出したのか大きな荷物袋を床に置いた。中からは、調理器具や見たこともない食材が次々と現れる。

「ここに住むことにしたからな。よろしく、アキト」

「はあああああ!?」

 僕の絶叫は、寮の廊下に虚しく響き渡った。
 こうして、学院一の優等生であり僕の自称婚約者であるカイとの、奇妙で不本意な共同生活、いや、徹底的な管理生活が幕を開けたのだった。
 僕はまだ知らなかった。この強引で謎だらけの男が、僕とこの世界の運命を握っていることなど。
 ただ、彼の深い青色の瞳が僕だけを真っ直ぐに見つめていた。その視線に込められた切実な何かに気づかないふりをして、僕は戸惑いながらも彼の差し出す温かいスープを口に運んだ。

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