劣等生の俺を、未来から来た学院一の優等生が「婚約者だ」と宣言し溺愛してくる

水凪しおん

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第2話「不本意なパートナーと初めての試験」

 カイとの奇妙な共同生活が始まって一週間が過ぎた。僕の生活は、文字通り激変した。
 朝は日の出と共に叩き起こされ、栄養バランスの完璧な朝食を食べさせられる。授業の合間にはカイお手製のハーブティーを渡され、放課後は彼の監督のもと魔力制御の基礎訓練を延々と繰り返す。夜は彼が作った美味しい夕食を食べ、分厚い魔術理論書を読み聞かせられながら、気づけば眠りに落ちている。

 正直、息が詰まりそうだった。
 けれど、認めたくはないが僕の体調は明らかに良くなっていた。何より、あれだけ頻繁に起きていた小規模な魔力暴走が、この一週間一度も起きていない。カイの管理は腹が立つほどに的確だった。

 そんなある日、掲示板に「特別実技試験」の告知が張り出された。試験内容は二人一組のペアを組み、学院裏の森に放たれた魔術生物を無力化し捕獲するというもの。ペアは自由に組んでいいとのことだった。
 僕はそれを見て憂鬱な気分になった。どうせ、僕なんかとペアを組みたい生徒なんていないだろう。きっとまた、余った者同士で無理やり組まされるのが関の山だ。

 そう思ってため息をついていると、背後からすっと影が差した。もちろん、カイだ。彼は僕の肩に腕を回し、親しげに掲示板を覗き込んだ。

「ちょうどいい。アキト、俺と組むぞ」

 その声は断定だった。周囲にいた生徒たちが、ぎょっとしたようにこちらを見る。カイの隣にいる僕への視線は、嫉妬と侮蔑と好奇心が入り混じっていた。

「なっ……! なんで僕と……あんたなら、もっと優秀なパートナーがいくらでもいるだろ!」

「言ったはずだ。俺は君の婚約者で、君のすべてを管理する。試験もその一環だ」

 カイは僕の反論など意にも介さず、当たり前のようにペア申請用紙に僕たちの名前を書き込んでしまった。

「カイ様、本気ですか!? あんな劣等生と組んだら、足を引っ張られるだけですよ!」

 カイに想いを寄せる女子生徒の一人が、悲鳴のような声を上げた。他の生徒たちも口々に「ミスマッチだ」「カイが可哀想だ」と噂し合っている。その言葉の一つ一つが、僕の心を抉る。ほら、やっぱりそうだ。僕はカイの迷惑にしかならない。

 しかし、カイはそんな周囲の声を一蹴するように、冷たい視線を投げかけた。

「俺のパートナーの能力を疑うのか? 君たちに、俺の選択を侮辱する権利はない」

 その静かで有無を言わせぬ迫力に、誰もが口をつぐんだ。彼は再び僕に向き直ると、ふっと表情を和らげる。

「行くぞ、アキト。試験の作戦を立てよう」

 有無を言わさず僕の腕を取って彼は歩き出す。僕は周囲からの突き刺さるような視線に耐えながら、なされるがままに彼についていくしかなかった。心の中では反発したい気持ちと、彼が自分を選んでくれたことに対するほんの少しの安堵が渦巻いていた。

 試験当日。僕とカイは、鬱蒼とした森の中に立っていた。今回のターゲットは「グリフォンテイル」という、鳥の体と獣の尾を持つ素早い魔術生物だ。興奮すると尻尾から麻痺効果のある毒針を飛ばしてくる厄介な相手だった。

「いいか、アキト。君は魔力制御に集中しろ。攻撃は俺がやる」

「で、でも、それじゃあペアの意味がないじゃないか!」

「意味ならある。君の膨大な魔力は、それだけで周囲の魔術生物を威嚇する効果がある。君は俺の隣で、ただ魔力を練り上げる練習だけしていればいい。いいな?」

 それは、僕を戦力として全く見ていないということだ。悔しかった。カイの隣に立つ以上、少しでも役に立ちたい。そんな焦りが僕の心を蝕んでいく。

 森の奥へ進むと、ガサガサと茂みが揺れ、グリフォンテイルが姿を現した。それは一匹ではなかった。三匹の群れだ。状況は想定より悪い。

「アキト、俺の後ろに」

 カイが冷静に指示を出し、杖を構える。しかし僕の焦りは頂点に達していた。今度こそ、僕だって!

「僕にも、やらせてくれ!」

 僕はカイの制止を振り切り、グリフォンテイルに向かって魔法を放った。目標を拘束するだけの、簡単なはずの魔法。だが、僕の心に渦巻く焦りが魔力の流れを歪ませた。放たれた光はグリフォンテイルを捕らえるどころか、すぐそばの巨木に命中し、凄まじい爆音と共に木っ端微塵に吹き飛ばしてしまった。

「グルルルァァァァ!」

 爆音に驚き怒り狂ったグリフォンテイルたちが、一斉に僕たちに向かってきた。鋭い爪を立て、尻尾の毒針を雨あられと放ってくる。

「しまった……!」

「アキト!」

 カイが僕を突き飛ばし、防御障壁を展開する。しかし三匹の猛攻は凄まじく、障壁に次々とひびが入っていく。このままでは二人ともやられてしまう。僕のせいで。僕がまた、しくじったから。絶望が心を黒く塗りつぶしていく。

 その時だった。カイが僕の手を強く握りしめたのは。

「アキト、俺を見ろ!」

 彼の真剣な声に、僕ははっと顔を上げた。カイの深い青の瞳が、僕を真っ直ぐに捉えている。

「君の力を、俺に貸せ。何も考えなくていい。ただ、俺を信じて、魔力を流せ」

 信じる? この僕を?
 でも、彼の瞳は少しの疑いも宿していなかった。僕はまるで何かに導かれるように、こくりとうなずいた。カイの手の温かさが、僕の心の氷を少しだけ溶かしていく。

 僕がうなずいたのを見ると、カイは僕の手を握ったまま、もう片方の手で杖を構えた。

「いくぞ」

 僕の体の中から、いつものように制御不能な魔力の奔流が溢れ出す。だが、それはカイの手を経由した途端、まるで熟練の職人が扱う粘土のようにみるみるうちに形を成していく。

「凍てつけ、銀のいばら!」

 カイが唱えると、僕たちの足元から僕の魔力で編まれた巨大な氷のいばらが無数に出現した。それはまるで生き物のようにしなり、三匹のグリフォンテイルを瞬く間に絡め捕り、その動きを完全に封じてしまった。

 目の前の光景が信じられなかった。あれは、僕の魔力だ。いつもは暴発して何かを壊すことしかできなかった僕の力が、こんなにも美しく、正確に、何かを守るために使われている。
 呆然と立ち尽くす僕の手を、カイはまだ強く握ってくれていた。

「……すごい……」

 僕の口から感嘆のため息が漏れた。自分の力が、初めて誇らしいと思えた。

「すごいのは、君の魔力だ、アキト。俺はただ、その流れを少しだけ手伝ったに過ぎない」

 カイはそう言って、優しく微笑んだ。その笑顔はいつも僕をからかう時の意地悪なものでも、他の生徒に向ける完璧な優等生のそれとも違う、とても穏やかで温かいものだった。

 僕は初めてカイに対して、複雑な感情を抱いた。悔しさも不本意な気持ちも確かにある。でもそれ以上に、僕の可能性を信じてその手を取ってくれた彼への、言葉にできない感謝と、今まで感じたことのない強い引力が、僕の胸の中で確かに芽生え始めていた。

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