偽りの罪で追放された俺の【緑の手】は伝説級の力だった。不毛の地で運命の番に溺愛され、世界一の穀倉地帯を作って幸せになります

水凪しおん

文字の大きさ
4 / 15

第3話「熊の腕の中の温もり」

しおりを挟む
 カイに力を貸してほしいと言われた日から、僕の生活は一変した。
 朝、カイが淹れてくれる少し苦い薬草茶で目を覚ますと、彼と一緒に畑へ向かう。最初は遠巻きに見ていた領民たちも、僕の力で畑が日に日に豊かになっていく様を目の当たりにして、少しずつ心を開いてくれるようになった。

「エリアス様、こっちの芋にも力を!」

「見てください、こんなに大きなトマトができました!」

 子供たちは僕の後ろをカルガモの雛のようについて歩き、女性たちは採れたての野菜を使った温かい料理を差し入れてくれる。無骨な男たちも、僕に会うとにかっと笑って、大きな手で僕の頭をわしわしと撫でていくようになった。

「皆さん、やめてください。くすぐったいです」

 口ではそう言いながらも、僕の頬が緩んでいるのを自覚していた。王宮では決して得られなかった、素朴で温かい人々の繋がり。それは、僕が心の奥底でずっと求めていたものなのかもしれない。
 僕の【緑の手】は、この痩せた土地でこそ、真価を発揮するようだった。ただ作物を大きくするだけでなく、味も栄養価も格段に向上させた。初めて食べた真っ赤なトマトの、太陽を凝縮したような甘酸っぱさ。ほくほくと湯気の立つジャガイモの、どこまでも優しい味わい。領民たちの食卓は豊かになり、人々の顔には活気が戻ってきた。

「本当に、あんたはすごいな」

 ある日の夕暮れ。畑仕事を終え、二人で並んで館へ戻る途中、カイがぽつりと言った。彼の横顔が、夕日に染まって赤く見えた。

「すごくなんかないです。僕にできるのは、このくらいのことだけですから」

「このくらい、か。俺たちにとっては、天からの恵みだ」

 カイはそう言うと、ごつごつとした大きな手で、僕の頭を優しく撫でた。領民たちがするのとは違う、どこかぎこちなくて、でも、とても大切なものに触れるかのような手つき。その温かさに、心臓がきゅっと音を立てた。
『どうしてだろう。この人に触れられると、胸が苦しくなる』
 彼が僕に向ける眼差しは、日に日に熱を帯びていくように感じられた。無骨なアルファである彼は、貴族のように甘い言葉を囁いたりはしない。けれど、僕が少しでも重いものを持とうとするとさっと横から取り上げてくれたり、僕が寒そうにしていると自分の上着を黙って肩にかけてくれたりした。
 その不器用な優しさが、僕の心を少しずつ、確実に溶かしていく。
 ある夜、僕はひどい悪夢にうなされた。
 追放された日の記憶だ。アランの冷たい瞳、リオルの嘲笑、貴族たちの侮蔑の視線。
『役立たず』
『地味な能力』
『お前など、いらない』
 罵声が頭の中でこだまする。息が苦しくなって、僕は喘ぎながら目を覚ました。冷や汗で寝間着がじっとりと濡れている。心臓が早鐘のように鳴り響き、暗闇が恐ろしくてたまらなかった。
『怖い。一人は、嫌だ』
 気づけば、僕は部屋を飛び出していた。震える足で向かったのは、カイの部屋だった。こんな夜更けに、領主の部屋を訪ねるなど正気の沙汰ではない。けれど、僕にはもう、どうすることもできなかった。
 ドアを叩く勇気もなく、ただその前でうずくまっていると、内側から静かにドアが開いた。

「……エリアス?」

 眠そうな目をこすりながら出てきたカイは、僕の姿を見て目を見開いた。

「どうした。顔色が悪いぞ」

「……すみません。起こしてしまって……」

「そんなことはどうでもいい。何かあったのか」

 彼の声は、心配の色を隠そうともしていなかった。その優しさに触れた途端、僕の中で張り詰めていた糸がぷつりと切れた。堪えきれなくなった涙が、頬を伝って次々と零れ落ちる。

「う……あ……っ」

 言葉にならない嗚咽が、喉から漏れた。怖い、と。寂しい、と。子供のように泣きじゃくる僕を、カイは何も言わずに、その太い腕で抱きしめてくれた。
 熊のように大きな彼の体は、驚くほど温かかった。たくましい胸板に顔をうずめると、彼の心臓がとくん、とくん、と力強く、そして穏やかに脈打っているのが伝わってくる。そのリズムが、僕のパニックになった心を不思議と落ち着かせてくれた。

「……怖い夢を、見たんです」

 しゃくりあげながら、僕はぽつりぽつりと話し始めた。王都でのこと、追放された日のこと。今まで誰にも話せなかった、心の奥底にしまい込んでいた痛みを、全て吐き出した。
 カイは、ただ黙って僕の話を聞いていた。時折、僕の背中をあやすように、大きな手で優しく撫でてくれる。その温もりが、僕のささくれだった心をじんわりと癒していく。

「……もう、大丈夫だ」

 僕が泣き止むのを待って、カイが静かに言った。

「あんたは、もう一人じゃない。ここがあんたの居場所だ。俺がいる。みんながいる」

 顔を上げると、月明かりに照らされた彼の金色の瞳が、真っ直ぐに僕を見つめていた。その瞳には、疑いようのない深い愛情が宿っていた。

「あいつらのことなんざ、忘れろ。あいつらは、あんたの価値が分からなかっただけだ。あんたは、ダイヤモンドの原石だったんだ。泥に汚れて、誰も気づかなかっただけでな」

「カイ……」

「俺が見つけただろ。だから、もう何も心配するな」

 力強い、けれど決して乱暴ではない腕が、僕をさらに強く抱きしめる。彼の匂い――森と、土と、太陽の匂いが、僕を優しく包み込んだ。それは、僕が今まで嗅いだどんな香水よりも、心を安らかにしてくれる香りだった。
 アルファのフェロモン。
 けれど、それは威圧的なものではなく、オメガである僕を守り、慈しむような、穏やかで力強い香り。
 この腕の中にいると、世界中のどんな脅威からも守られているような気がした。王宮でのきらびやかだが虚ろな日々よりも、この無骨で温かい腕の中の方が、ずっとずっと安心できる。
『ああ、僕はずっと、こんな温もりが欲しかったんだ』
 涙で濡れた頬を、カイの無骨な指がそっと拭う。その不器用な手つきが、たまらなく愛おしい。

「今夜は、俺の部屋で寝ろ。一人じゃ、また怖い夢を見るかもしれん」

 カイはそう言うと、僕を軽々と横抱きにした。驚いて彼の首にしがみつくと、彼は少しだけ笑ったような気がした。
 彼のベッドは、僕の部屋のものよりずっと大きくて、少し硬かった。同じ毛布にくるまると、すぐ隣に彼の体温を感じる。心臓が、また少しだけ速く脈打った。けれど、それは恐怖からくるものではなく、温かい、甘いときめきだった。

「おやすみ、エリアス」

 耳元で囁かれた低い声に、僕はこくりとうなずく。
 その夜、僕は久しぶりに、何の悪夢も見ることなく、朝まで深く眠ることができた。熊のように大きなアルファの、温かい腕の中で。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

最強賢者のスローライフ 〜転生先は獣人だらけの辺境村でした〜

なの
BL
社畜として働き詰め、過労死した結城智也。次に目覚めたのは、獣人だらけの辺境村だった。 藁葺き屋根、素朴な食事、狼獣人のイケメンに介抱されて、気づけば賢者としてのチート能力まで付与済み!? 「静かに暮らしたいだけなんですけど!?」 ……そんな願いも虚しく、井戸掘り、畑改良、魔法インフラ整備に巻き込まれていく。 スローライフ(のはず)なのに、なぜか労働が止まらない。 それでも、優しい獣人たちとの日々に、心が少しずつほどけていく……。 チート×獣耳×ほの甘BL。 転生先、意外と住み心地いいかもしれない。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

もふもふ守護獣と運命の出会い—ある日、青年は異世界で大きな毛玉と恋に落ちた—

なの
BL
事故に巻き込まれ、雪深い森で倒れていた青年・ユナ。 命の危険に晒されていた彼を救ったのは、白銀の毛並みを持つ美しい人狼・ゼルだった。 ゼルは誰よりも優しくて、そして――独占欲がとにかく強い。 気がつけばユナは、もふもふの里へ連れていかれる。 そこでは人狼だけでなく、獣人や精霊、もふもふとした種族たちが仲良く暮らしており、ユナは珍しい「人間」として大歓迎される。 しかし、ゼルだけは露骨にユナを奪われまいとし、 「触るな」「見るな」「近づくな」と嫉妬を隠そうとしない。 もふもふに抱きしめられる日々。 嫉妬と優しさに包まれながら、ユナは少しずつ居場所を取り戻していく――。

過労死転生、辺境で農業スローライフのはずが、不愛想な元騎士団長を餌付けして溺愛されてます

水凪しおん
BL
「もう、あくせく働くのは絶対に嫌だ!」 ブラック企業で過労死した俺、ユキナリが神様から授かったのは、どんな作物も育てられ、どんな道具にもなるチートスキル【万能農具】。念願のスローライフを送るため、辺境の荒れ地でのんびり農業を始めたはずが……出会ってしまったのは、心を閉ざした無愛想な元騎士団長・レオンハルト。俺の作るあったか料理に胃袋を掴まれ、凍てついた心が徐々に溶けていく彼。もふもふの番犬(黒狼)も加わって、穏やかな日々は加速していく。――収穫祭の夜、酔った勢いのキスをきっかけに、彼の独占欲に火をつけてしまった!? 「お前は、俺だけのものだ」 不器用で、でもどこまでも優しい彼の激しい愛情に、身も心も蕩かされていく。 辺境の地でのんびり農業をしていただけなのに、いつの間にか不愛想な元騎士団長の胃袋と心を射止めて、国まで動かすことになっちゃいました!? 甘々で時々ほろ苦い、異世界農業スローライフBL、ここに開幕!

冤罪で追放された悪役令息、北の辺境で幸せを掴む~恐ろしいと噂の銀狼将軍に嫁いだら、極上の溺愛とモフモフなスローライフが始まりました~

水凪しおん
BL
「君は、俺の宝だ」 無実の罪を着せられ、婚約破棄の末に極寒の辺境へ追放された公爵令息ジュリアン。 彼を待ち受けていたのは、「北の食人狼」と恐れられる将軍グリーグとの政略結婚だった。 死を覚悟したジュリアンだったが、出会った将軍は、噂とは真逆の不器用で心優しいアルファで……? 前世の記憶を持つジュリアンは、現代知識と魔法でボロボロの要塞を快適リフォーム! 手作りスープで将軍の胃袋を掴み、特産品開発で街を救い、気づけば冷徹将軍から規格外の溺愛を受けることに。 一方、ジュリアンを捨てた王都では、破滅の足音が近づいていて――。 冤罪追放から始まる、銀狼将軍との幸せいっぱいな溺愛スローライフ、ここに開幕! 【オメガバース/ハッピーエンド/ざまぁあり/子育て/スパダリ】

追放された悪役令嬢、規格外魔力でもふもふ聖獣を手懐け隣国の王子に溺愛される

黒崎隼人
ファンタジー
「ようやく、この息苦しい生活から解放される!」 無実の罪で婚約破棄され、国外追放を言い渡された公爵令嬢エレオノーラ。しかし彼女は、悲しむどころか心の中で歓喜の声をあげていた。完璧な淑女の仮面の下に隠していたのは、国一番と謳われた祖母譲りの規格外な魔力。追放先の「魔の森」で力を解放した彼女の周りには、伝説の聖獣グリフォンをはじめ、可愛いもふもふ達が次々と集まってきて……!? 自由気ままなスローライフを満喫する元悪役令嬢と、彼女のありのままの姿に惹かれた「氷の王子」。二人の出会いが、やがて二つの国の運命を大きく動かすことになる。 窮屈な世界から解き放たれた少女が、本当の自分と最高の幸せを見つける、溺愛と逆転の異世界ファンタジー、ここに開幕!

処理中です...