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第4話「初めての嫉妬と小さな魔獣」
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魔王城での生活にも、少しずつ慣れてきた。
相変わらずゼノンの溺愛は続いているし、俺の勘違いも継続中だ。だが、身の危険がないことだけは確かだったので、俺は城の中を自由に散策するようになっていた。
その日、俺は手入れの行き届いた中庭の薔薇園を歩いていた。魔界の植物はどれも個性的で、血のように赤い薔薇や、夜になると淡い光を放つ月光花などが咲き乱れている。
ふと、茂みの奥から、くぅん、というか細い鳴き声が聞こえた。
気になって茂みをかき分けると、そこにいたのは、雪のように真っ白な毛玉のような生き物だった。子犬ほどの大きさで、長い耳とふわふわの尻尾がついている。どうやら足に怪我をしているらしく、痛ましげに鳴いていた。
「大丈夫かい?」
俺が手を差し伸べると、生き物は最初こそ警戒していたが、俺に敵意がないことを感じ取ったのか、おずおずと指先を舐めてきた。
俺は前世で動物を飼ったことはなかったが、この小さな生き物を放っておくことはできなかった。急いで自室に戻り、救急箱から薬と包帯を持ってくると、手際よく手当てをしてやる。
幸い、傷はそれほど深くないようだった。
「よし、これで大丈夫。お前、名前はなんていうんだ? ……ないのか。じゃあ、今日からお前の名前はシロだ」
俺がそう言うと、シロは嬉しそうに尻尾を振って、俺の足にすり寄ってきた。
それから、シロの世話をすることが俺の日課になった。
ゼノンに見つかると、何をされるか分からない。だから、こっそりと自室に匿い、厨房から拝借したミルクや肉を与えた。
シロは本当によく懐いてくれた。俺が部屋に戻ると、いつもドアの前で待っていて、嬉しそうに駆け寄ってくる。俺が本を読んでいると、膝の上で丸くなって眠ってしまう。
誰にも心を許せなかったこの世界で、シロは俺にとって唯一の癒やしだった。彼といる時だけは、前世のことも、勇者の使命のことも、魔王のことも忘れ、ただ純粋に笑うことができた。
その日の夕食後も、俺は自室の床でシロとじゃれ合っていた。
「こら、シロ、そこはくすぐったいって」
シロが俺の首筋をぺろぺろと舐めてきて、俺は声を上げて笑った。
その時だった。
「……楽しそうだな、ユキ」
部屋の入り口に、いつの間にかゼノンが立っていた。その表情は能面のように固く、深紅の瞳は笑っていない。
まずい、見つかった。
俺は慌ててシロを背中に隠したが、もう遅い。
ゼノンはゆっくりと部屋に入ってくると、俺の目の前で膝をついた。そして、俺の背後からひょっこりと顔を出したシロを、冷たい目で見下ろす。
「それは、何だ?」
「えっと……怪我をしてたので、保護しました。名前は、シロです」
俺がしどろもどろに答えると、ゼノンはふぅ、と長い息を吐いた。
次の瞬間、彼は信じられない言葉を口にした。
「私以外のものに、そのように笑いかけるな」
低い、静かな声。だが、その底には、どろりとした黒い感情が渦巻いているのが分かった。
嫉妬。独占欲。今まで彼が俺に向けてきた感情の中で、最も純粋で、最も危険なものだった。
「私だけを見ていろ、ユキ。お前がそのように愛らしい顔で微笑むのは、私の前だけでいい」
そう言うと、ゼノンはシロを俺から引き離そうと手を伸ばした。
「やめてください!」
俺は思わず叫び、シロを胸に強く抱きしめた。
「この子は、俺の大切な友達なんです!」
俺が本気で抵抗するとは思っていなかったのだろう。ゼノンは驚いたように目を見開き、動きを止めた。
深紅の瞳が、傷ついたように揺れる。
初めて見る彼のそんな表情に、俺の胸がちくりと痛んだ。
だが、シロを奪われるわけにはいかない。俺は必死の形相でゼノンを睨みつけた。
しばらく、重い沈黙が流れる。
やがて、根負けしたように息を吐いたのはゼノンの方だった。
「……分かった。その魔獣を飼うことを許そう」
「本当ですか!?」
「ただし、条件がある」
ゼノンは俺の顎に指を添え、顔を上げさせた。至近距離で見つめてくる赤い瞳から、目が離せない。
「その魔獣に向ける愛情の、十倍は私に注げ。私を、一番にしろ……分かったな?」
それは、まるで子供のような、独占欲に満ちた命令だった。
俺は彼の気迫に押され、こくりとうなずくことしかできなかった。
ゼノンは満足そうに微笑むと、俺の額にそっと口づけを落として、部屋から出て行った。
一人残された部屋で、俺はしばらく呆然としていた。
(今の、は……?)
ただの独占欲にしては、あまりにも切実だった。まるで、愛するものを奪われまいと必死になる恋人のような――。
いや、何を考えているんだ。
彼は魔王で、俺は勇者だ。そんなこと、あるはずがない。
俺は自分に言い聞かせ、シロを抱きしめる腕に力を込めた。
甘い言葉も、切ない瞳も、すべては罠だ。惑わされるな。
この温かい地獄から、必ず抜け出してみせる。
相変わらずゼノンの溺愛は続いているし、俺の勘違いも継続中だ。だが、身の危険がないことだけは確かだったので、俺は城の中を自由に散策するようになっていた。
その日、俺は手入れの行き届いた中庭の薔薇園を歩いていた。魔界の植物はどれも個性的で、血のように赤い薔薇や、夜になると淡い光を放つ月光花などが咲き乱れている。
ふと、茂みの奥から、くぅん、というか細い鳴き声が聞こえた。
気になって茂みをかき分けると、そこにいたのは、雪のように真っ白な毛玉のような生き物だった。子犬ほどの大きさで、長い耳とふわふわの尻尾がついている。どうやら足に怪我をしているらしく、痛ましげに鳴いていた。
「大丈夫かい?」
俺が手を差し伸べると、生き物は最初こそ警戒していたが、俺に敵意がないことを感じ取ったのか、おずおずと指先を舐めてきた。
俺は前世で動物を飼ったことはなかったが、この小さな生き物を放っておくことはできなかった。急いで自室に戻り、救急箱から薬と包帯を持ってくると、手際よく手当てをしてやる。
幸い、傷はそれほど深くないようだった。
「よし、これで大丈夫。お前、名前はなんていうんだ? ……ないのか。じゃあ、今日からお前の名前はシロだ」
俺がそう言うと、シロは嬉しそうに尻尾を振って、俺の足にすり寄ってきた。
それから、シロの世話をすることが俺の日課になった。
ゼノンに見つかると、何をされるか分からない。だから、こっそりと自室に匿い、厨房から拝借したミルクや肉を与えた。
シロは本当によく懐いてくれた。俺が部屋に戻ると、いつもドアの前で待っていて、嬉しそうに駆け寄ってくる。俺が本を読んでいると、膝の上で丸くなって眠ってしまう。
誰にも心を許せなかったこの世界で、シロは俺にとって唯一の癒やしだった。彼といる時だけは、前世のことも、勇者の使命のことも、魔王のことも忘れ、ただ純粋に笑うことができた。
その日の夕食後も、俺は自室の床でシロとじゃれ合っていた。
「こら、シロ、そこはくすぐったいって」
シロが俺の首筋をぺろぺろと舐めてきて、俺は声を上げて笑った。
その時だった。
「……楽しそうだな、ユキ」
部屋の入り口に、いつの間にかゼノンが立っていた。その表情は能面のように固く、深紅の瞳は笑っていない。
まずい、見つかった。
俺は慌ててシロを背中に隠したが、もう遅い。
ゼノンはゆっくりと部屋に入ってくると、俺の目の前で膝をついた。そして、俺の背後からひょっこりと顔を出したシロを、冷たい目で見下ろす。
「それは、何だ?」
「えっと……怪我をしてたので、保護しました。名前は、シロです」
俺がしどろもどろに答えると、ゼノンはふぅ、と長い息を吐いた。
次の瞬間、彼は信じられない言葉を口にした。
「私以外のものに、そのように笑いかけるな」
低い、静かな声。だが、その底には、どろりとした黒い感情が渦巻いているのが分かった。
嫉妬。独占欲。今まで彼が俺に向けてきた感情の中で、最も純粋で、最も危険なものだった。
「私だけを見ていろ、ユキ。お前がそのように愛らしい顔で微笑むのは、私の前だけでいい」
そう言うと、ゼノンはシロを俺から引き離そうと手を伸ばした。
「やめてください!」
俺は思わず叫び、シロを胸に強く抱きしめた。
「この子は、俺の大切な友達なんです!」
俺が本気で抵抗するとは思っていなかったのだろう。ゼノンは驚いたように目を見開き、動きを止めた。
深紅の瞳が、傷ついたように揺れる。
初めて見る彼のそんな表情に、俺の胸がちくりと痛んだ。
だが、シロを奪われるわけにはいかない。俺は必死の形相でゼノンを睨みつけた。
しばらく、重い沈黙が流れる。
やがて、根負けしたように息を吐いたのはゼノンの方だった。
「……分かった。その魔獣を飼うことを許そう」
「本当ですか!?」
「ただし、条件がある」
ゼノンは俺の顎に指を添え、顔を上げさせた。至近距離で見つめてくる赤い瞳から、目が離せない。
「その魔獣に向ける愛情の、十倍は私に注げ。私を、一番にしろ……分かったな?」
それは、まるで子供のような、独占欲に満ちた命令だった。
俺は彼の気迫に押され、こくりとうなずくことしかできなかった。
ゼノンは満足そうに微笑むと、俺の額にそっと口づけを落として、部屋から出て行った。
一人残された部屋で、俺はしばらく呆然としていた。
(今の、は……?)
ただの独占欲にしては、あまりにも切実だった。まるで、愛するものを奪われまいと必死になる恋人のような――。
いや、何を考えているんだ。
彼は魔王で、俺は勇者だ。そんなこと、あるはずがない。
俺は自分に言い聞かせ、シロを抱きしめる腕に力を込めた。
甘い言葉も、切ない瞳も、すべては罠だ。惑わされるな。
この温かい地獄から、必ず抜け出してみせる。
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