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第2話「黒髪の男と温かいスープ」
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知らない木の天井が、最初に目に入った。
身体を起こそうとして、全身を走る鈍い痛みに顔をしかめる。額には濡れた布が当てられており、追放される時に着ていたボロボロの服は、清潔なシャツに着替えさせられていた。
『ここは……?』
見渡すと、そこは質素だが手入れの行き届いた、山小屋のような部屋だった。木の壁には狩猟道具や干し草が掛けられ、小さな窓からは柔らかな光が差し込んでいる。暖炉の火がぱちぱちと音を立てていて、部屋全体がほんのりと暖かい。
昨日の出来事が、夢ではなかったことを思い出す。
森で魔物に襲われ、謎の男に助けられた。
「目が覚めたか」
不意に声をかけられ、びくりと肩が揺れる。
入口に立っていたのは、昨夜の男だった。明るい場所で見ると、整いすぎなくらいの顔立ちをしているのが分かる。腰まで届きそうな艶のある黒髪を、無造さにごろりと後ろで一つに束ねている。切れ長の黒い瞳は、感情が読めず、どこか冷たい印象を与えた。
「……あんたが、助けてくれたのか」
かすれた声で尋ねると、男はこくりと頷くだけで、それ以上は何も言わない。手にした木の器を、ベッドサイドの小さなテーブルにことりと置いた。湯気とともに、食欲をそそる良い香りが鼻をくすぐる。
「食えるなら食え。薬草を入れたスープだ」
ぶっきらぼうな口調でそれだけ言うと、男は暖炉のそばにある椅子に腰を下ろし、手にしたナイフで木片を削り始めた。俺に興味などない、というような態度だ。
正直、警戒心しかなかった。この男が何者なのか、なぜ俺を助けたのか、全く分からない。けれど、空腹には抗えなかった。
ゆっくりと身体を起こし、器を手に取る。中には、細かく刻まれた野菜と干し肉が入った、とろみのあるスープが入っていた。木のスプーンですくって、恐る恐る口に運ぶ。
『……美味い』
優しい塩味と、薬草の独特な風味が身体にじんわりと染み渡っていく。追放されてから、まともなものを何も口にしていなかった。温かい食事が、こんなにも心を満たすものだなんて知らなかった。
夢中でスープを飲み干し終えると、身体の芯から力が湧いてくるのを感じた。
「……ごちそうさま。助けてくれて、ありがとう」
器を置き、改めて頭を下げる。
男は木を削る手を止め、ちらりとこちらに視線を向けた。
「礼を言われる筋合いはない。気まぐれだ」
そう言って、また手元に視線を落としてしまう。
会話を続ける気はないらしい。気まずい沈黙が流れた。
俺はこの後、どうすればいいんだろうか。
このままここに居座るわけにはいかない。かといって、この危険な森で一人で生きていける自信もない。
「俺は、リヒトだ」
沈黙に耐えかねて、自分から名乗ってみる。
「リヒト・アーデルハイト。……元、騎士団の」
罪人だと知れば、この男も俺を追い出すかもしれない。そう思うと、声が少し震えた。
男はナイフを置くと、静かに立ち上がった。
そして、まっすぐに俺の目を見て言った。
「カイ。ここでは、そう名乗っている」
カイ。それがこの男の名前らしい。
彼は俺の自己紹介の後半部分、元騎士だということには、何も触れなかった。興味がないのか、それとも知っていて助けたのか。
カイは再び俺のベッドのそばに来ると、空になった器を手に取った。
「傷が癒えるまで、ここにいろ。出ていけと言っても、今のお前じゃ野垂れ死ぬだけだ」
それは、気遣いというより、事実を淡々と告げているだけのように聞こえた。
けれど、その言葉に、強張っていた心が少しだけ、本当に少しだけ、ほぐれた気がした。
身体を起こそうとして、全身を走る鈍い痛みに顔をしかめる。額には濡れた布が当てられており、追放される時に着ていたボロボロの服は、清潔なシャツに着替えさせられていた。
『ここは……?』
見渡すと、そこは質素だが手入れの行き届いた、山小屋のような部屋だった。木の壁には狩猟道具や干し草が掛けられ、小さな窓からは柔らかな光が差し込んでいる。暖炉の火がぱちぱちと音を立てていて、部屋全体がほんのりと暖かい。
昨日の出来事が、夢ではなかったことを思い出す。
森で魔物に襲われ、謎の男に助けられた。
「目が覚めたか」
不意に声をかけられ、びくりと肩が揺れる。
入口に立っていたのは、昨夜の男だった。明るい場所で見ると、整いすぎなくらいの顔立ちをしているのが分かる。腰まで届きそうな艶のある黒髪を、無造さにごろりと後ろで一つに束ねている。切れ長の黒い瞳は、感情が読めず、どこか冷たい印象を与えた。
「……あんたが、助けてくれたのか」
かすれた声で尋ねると、男はこくりと頷くだけで、それ以上は何も言わない。手にした木の器を、ベッドサイドの小さなテーブルにことりと置いた。湯気とともに、食欲をそそる良い香りが鼻をくすぐる。
「食えるなら食え。薬草を入れたスープだ」
ぶっきらぼうな口調でそれだけ言うと、男は暖炉のそばにある椅子に腰を下ろし、手にしたナイフで木片を削り始めた。俺に興味などない、というような態度だ。
正直、警戒心しかなかった。この男が何者なのか、なぜ俺を助けたのか、全く分からない。けれど、空腹には抗えなかった。
ゆっくりと身体を起こし、器を手に取る。中には、細かく刻まれた野菜と干し肉が入った、とろみのあるスープが入っていた。木のスプーンですくって、恐る恐る口に運ぶ。
『……美味い』
優しい塩味と、薬草の独特な風味が身体にじんわりと染み渡っていく。追放されてから、まともなものを何も口にしていなかった。温かい食事が、こんなにも心を満たすものだなんて知らなかった。
夢中でスープを飲み干し終えると、身体の芯から力が湧いてくるのを感じた。
「……ごちそうさま。助けてくれて、ありがとう」
器を置き、改めて頭を下げる。
男は木を削る手を止め、ちらりとこちらに視線を向けた。
「礼を言われる筋合いはない。気まぐれだ」
そう言って、また手元に視線を落としてしまう。
会話を続ける気はないらしい。気まずい沈黙が流れた。
俺はこの後、どうすればいいんだろうか。
このままここに居座るわけにはいかない。かといって、この危険な森で一人で生きていける自信もない。
「俺は、リヒトだ」
沈黙に耐えかねて、自分から名乗ってみる。
「リヒト・アーデルハイト。……元、騎士団の」
罪人だと知れば、この男も俺を追い出すかもしれない。そう思うと、声が少し震えた。
男はナイフを置くと、静かに立ち上がった。
そして、まっすぐに俺の目を見て言った。
「カイ。ここでは、そう名乗っている」
カイ。それがこの男の名前らしい。
彼は俺の自己紹介の後半部分、元騎士だということには、何も触れなかった。興味がないのか、それとも知っていて助けたのか。
カイは再び俺のベッドのそばに来ると、空になった器を手に取った。
「傷が癒えるまで、ここにいろ。出ていけと言っても、今のお前じゃ野垂れ死ぬだけだ」
それは、気遣いというより、事実を淡々と告げているだけのように聞こえた。
けれど、その言葉に、強張っていた心が少しだけ、本当に少しだけ、ほぐれた気がした。
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