氷のエリート官僚アルファは、体温高めなカピバラオメガの抱き枕を手放せない〜不器用な溺愛とぽかぽか共依存〜

水凪しおん

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第11話「目覚めの孤独と失われた熱」

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 ヴィオの意識が深い暗闇からゆっくりと浮上してきたのは、それから丸二日が経過した日の昼下がりだった。
 まぶたの裏に差し込む淡い光に促されるように、ヴィオは重い目を開けた。視界はしばらくぼやけていたが、やがて見慣れた自分の寝室の天井が結像した。頭の奥には鈍い痛みが残り、全身の筋肉は鉛を詰め込まれたように重く怠い。
 ヴィオは自分がなぜベッドに寝かされているのかを思い出すために、記憶の糸を慎重にたぐり寄せた。
 特務機関の討伐任務。反体制派の残党を追い詰めた際、彼らが起爆させたのは単なる爆発物ではなく、蛇獣人にとって致命的な氷結毒を広範囲に散布する特殊な罠だった。部下を庇い、その冷気を全身に浴びたヴィオは、想像を絶する寒さと痛みに襲われ、その後の記憶が完全に途切れている。

『俺は……生きているのか。あの毒を致死量浴びて、なぜ』

 ヴィオはゆっくりと首を動かし、周囲を見渡した。ベッドの脇には医療用の器具が置かれ、空気には微かな薬品の匂いが漂っている。しかし、ヴィオが何よりも違和感を覚えたのは、その薬品の匂いではなかった。
 あの不器用で、無神経なほどに温かい、甘い干し草の匂いが、どこにもしないのだ。
 ヴィオはベッドから上半身を起こそうとしたが、力が入らずに再びシーツに背中を沈めた。そのわずかな動きで、彼は自分が着せられている寝巻きの冷たさと、部屋全体の寒々しい空気に気づいた。暖炉には火が入っているはずなのに、ヴィオの肌は鳥肌が立つほどに冷え切っている。

「……ルカ」

 ひび割れた声で、ヴィオは無意識にその名を呼んだ。
 普段なら、自分が少しでも不機嫌な声を出せば、すぐにどうしましたかとのんきな顔で覗き込んでくるはずの温かい亜麻色の毛玉。しかし、いくら待っても返事はない。部屋は不気味なほどの静寂に包まれていた。
 ヴィオの胸の奥に、得体の知れない不安が黒い染みのように広がり始めた。
 自分が生きてこのベッドにいるということは、あの夜、ルカがここにいたはずだ。ヴィオの記憶の最底辺には、氷のように冷え切った自分の身体を、必死に抱きしめ、涙をこぼしながら熱を与え続けてくれた温かい感触が、夢のようにおぼろげに残っていた。

『あいつは……俺を温めるために……』

 ヴィオは奥歯を強く噛み締めた。カピバラ獣人の体温が高いとはいえ、氷結毒に侵された自分の身体に長時間触れ続けることがどれほど危険か、少し考えればわかることだ。あのお人好しで無防備なオメガは、自分の命を削ってまで、この冷酷なアルファを救おうとしたのだ。
 ヴィオは強引に身体を起こし、ベッドから足を通した。足元がおぼつかなく、床に崩れ落ちそうになるのを必死にこらえながら、彼は寝室の扉に向かって叫んだ。

「誰かいるか! 入れ」

 その怒声に驚き、廊下に待機していた部下が慌てて部屋に飛び込んできた。ヴィオが起き上がっているのを見て、部下は安堵と驚きの表情を浮かべる。

「隊長! お目覚めになられたのですね。よかった……本当に、一時はどうなることかと」

「そんな報告はどうでもいい。ルカはどこだ」

 ヴィオの声は低く、凍てつくようなアルファの威圧感が部下を打ち据えた。部下は言葉に詰まり、視線を泳がせた。

「あの……ルカ殿は、現在別の部屋で治療を受けておられます。隊長を三日三晩温め続けた結果、極度の疲労と急激な体温低下を引き起こし……まだ、意識が戻っておりません」

 部下の言葉を聞いた瞬間、ヴィオの頭の中が真っ白になった。
 自分の命が助かった代償として、あの温かい太陽のような存在が失われようとしている。その事実が、ヴィオの心をかつてないほどの恐怖と後悔で苛んだ。

「案内しろ。今すぐだ」

 ヴィオは制止しようとする部下を鋭い眼光で黙らせ、壁を伝いながら歩き出した。身体の節々が軋み、冷や汗が流れるが、そんなことはどうでもよかった。今すぐあの甘い匂いを確かめなければ、自分が本当に生きていることすら実感できない。ヴィオにとって、ルカはすでに単なる抱き枕などではなく、自分の命そのものと同じ価値を持つ存在になっていた。
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