偽りベータの宮廷薬師は、氷の宰相に匂いを嗅がれ溺愛される

水凪しおん

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第8話「雨の夜の告白」

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 唇が離れた時、僕たちは二人とも肩で息をしていた。

 アレクセイの瞳は熱っぽく潤み、乱れた銀髪が額にかかっている。

 いつもの冷徹な宰相の面影はなく、ただ一人の男としての欲望がそこにあった。

 僕は自分の唇に指を触れ、呆然としていた。

 何をしてしまったんだろう。

 後悔と、それ以上の高揚感が胸を満たしていた。

 アレクセイは僕の頬を両手で包み込み、額を押し付けた。

「……すまない。制御が……利かなかった」

 彼の声は震えていた。

 謝罪の言葉。

 あの傲慢な宰相が、自分から謝るなんて。

 僕は小さく首を横に振った。

「いいえ……私も、拒みませんでしたから」

 それは事実だ。

 もし本気で嫌なら、突き飛ばすなり、大声を上げるなりできたはずだ。

 でも、僕はそうしなかった。

 むしろ、彼の熱を求めてしまった。

 アレクセイは苦しげに顔を歪めた。

「私は……怖いのだ」

 唐突な告白。

 僕は息を呑んだ。

「怖い、とは……」

「お前を壊してしまうことが」

 彼は僕の手を取り、自分の胸に当てた。

 そこにある心臓は、激しく脈打っていた。

「私の力は強すぎる。感情も、欲望も、すべてが過剰だ。もし本能のままにお前を抱けば、お前の身体も心も、粉々にしてしまうかもしれない」

 彼は僕の手を強く握りしめた。

「だから、今まで誰にも触れさせなかった。誰も近づけなかった。だが……お前だけは違う」

 彼の瞳が、真っ直ぐに僕を見つめる。

「お前のそばにいると、その過剰な力が凪いでいく。嵐が止み、静寂が訪れる。こんな感覚は初めてだ」

 運命の番。

 そんな言葉が頭をよぎる。

 オメガバースの世界において、魂レベルで惹かれ合う唯一無二の存在。

 まさか、僕たちが?

 身分も、立場も、何もかもが違うのに。

 でも、この感覚――互いの欠けた部分を埋め合わせるような安堵感は、それを裏付けているように思えた。

「ルチアーノ」

 彼は僕の名前を、まるで祈りの言葉のように呼んだ。

「私にはお前が必要だ。薬としてではなく……私の半身として」

 その言葉は、どんな甘い愛の囁きよりも、僕の胸に深く刺さった。

 涙が溢れてきた。

 ずっと隠してきた。ずっと嘘をついてきた。

 自分は誰にも必要とされない、忌み嫌われる存在だと信じてきた。

 でも、この人は、そんな僕のすべてを受け入れ、必要としてくれている。

「……アレクセイ様」

 僕は涙を拭い、精一杯の笑顔を作った。

「私も……あなたがおそばにいないと、息ができなくなりそうです」

 それは、僕なりの愛の告白だった。

 アレクセイは目を見開き、そしてゆっくりと、本当に嬉しそうに微笑んだ。

 氷の宰相が溶けた瞬間だった。

 彼は再び僕を引き寄せ、今度は優しく、慈しむようにキスをした。

 外の雨音はいつの間にか遠ざかり、部屋の中には二人だけの温かい時間が流れていた。

 しかし、運命はそう簡単に二人を祝福してはくれない。

 僕の身体に異変が起きたのは、その直後だった。

 急激な熱さが下腹部から込み上げ、視界がぐらりと揺れた。

「っ……!?」

 苦悶の声を漏らし、僕は彼の胸に倒れ込んだ。

「ルチアーノ! どうした!」

 アレクセイの叫び声が遠く聞こえる。

 身体が熱い。

 今まで抑え込んでいた発情の波が、一気に押し寄せてきたのだ。

 抑制薬が効かない。

 彼のフェロモンに晒され続けたことで、薬への耐性ができてしまったのか、あるいは運命の番としての引力が勝ったのか。

 強烈な甘い匂いが、僕の身体から溢れ出す。

 それは部屋中に充満し、アレクセイの理性を再び揺さぶる。

「これは……ヒートか」

 彼がつぶやいた。

 その声には、焦りと、隠しきれない情欲が混じっていた。

 僕は意識が薄れる中で、彼の手を強く握り返した。

 もう、逃げられない。

 そして、逃げたくなかった。

 僕たちは、この嵐の中で、互いの存在を刻み込むしかないのだと悟った。
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