偽りベータの宮廷薬師は、氷の宰相に匂いを嗅がれ溺愛される

水凪しおん

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第9話「結ばれる魂と身体」

 熱い。身体の芯から燃えるような熱さが込み上げてくる。

 視界が揺らぎ、思考がうまくまとまらない。

 これが、本物のヒートなのか。

 今まで薬で無理やり抑え込んできた反動が一気に押し寄せ、僕の理性を焼き尽くそうとしていた。

 目の前には、心配そうに僕を見つめるアレクセイの顔がある。

 そのアイスブルーの瞳には、焦りと、隠しきれない情欲の色が混じっていた。

 部屋中に充満する甘い花の香り。

 それは僕自身から発せられているものだが、今はそれが恥ずかしいとは思わなかった。

 むしろ、彼を誘っているようで、身体の奥が疼く。

「ルチアーノ……大丈夫か」

 アレクセイが震える手で僕の額に触れる。

 冷たい手が気持ちいい。

 もっと触れてほしい。

 僕は無意識に彼の手に頬を擦り寄せた。

「あ……熱いんです……アレクセイ様……」

 掠れた声で訴える。

 彼は息を呑み、苦しげに顔を歪めた。

「くっ……この匂いは……毒だ」

 彼はうめくように言うと、僕を抱きかかえてソファに横たえた。

 そして、覆いかぶさるようにして僕を見下ろす。

 彼の銀髪がカーテンのように垂れ下がり、僕たちを外界から遮断する。

 至近距離で見つめ合う瞳。

 そこには、理性のタガが外れかけた獣の光が宿っていた。

「お前を……抱きたい。今すぐにでも」

 彼の正直な言葉に、僕の心臓が早鐘を打つ。

 怖い。でも、それ以上に愛しい。

 この人が、僕の全てを受け入れてくれるなら。

 オメガという呪縛も、偽りの人生も、すべて捨ててしまってもいいと思えた。

「……お願いします。私を……あなたのものにしてください」

 僕は震える手で彼の首に腕を回し、懇願した。

 アレクセイの瞳孔が開くのが分かった。

 彼は低く唸り、僕の唇を塞いだ。

 それは今までで一番深く、情熱的な口づけだった。

 互いの息遣いが混ざり合い、熱が溶け合う。

 彼の冷たい手が、熱を持った僕の肌を這う。

 服が乱れ、素肌が露わになるたびに、甘美な痺れが全身を駆け巡る。

 雨音はもう聞こえない。

 聞こえるのは、互いの荒い呼吸と、衣擦れの音だけ。

「愛している……ルチアーノ」

 耳元で囁かれた言葉。

 それは幻聴だったかもしれない。

 でも、彼の行動そのものが、言葉以上の愛を語っていた。

 痛みよりも快楽が、不安よりも安心感が勝っていく。

 彼の存在が僕の中に満ちていく感覚。

 魂が共鳴し、二つの欠けたパズルがぴたりと嵌まるような、絶対的な充足感。

 僕は涙を流しながら、彼にしがみついた。

 これが「番」になるということなのか。

 世界が鮮やかに色づき、孤独だった心が満たされていく。

 彼もまた、僕を壊さないように、けれど決して離さないように、大切に抱きしめてくれていた。

 その夜、僕たちは何度も愛を確かめ合い、深い眠りに落ちるまで、互いの体温を感じ続けていた。

 ***

 翌朝。

 カーテンの隙間から差し込む光が、まぶたを刺激する。

 僕はゆっくりと目を開けた。

 見慣れない天井。豪奢な装飾が施された天蓋付きのベッド。

 ここは……宰相の私室だ。

 昨夜の記憶が鮮明に蘇り、顔が一気に熱くなる。

 隣を見ると、アレクセイがまだ眠っていた。

 銀色の髪が枕に広がり、シーツから覗く白い肌には、いくつかの赤い痕が残っている。

 僕がつけたものだ。

 なんてことをしてしまったんだろう。

 でも、後悔はなかった。

 彼の寝顔はとても穏やかで、いつものような苦悩の影は見当たらない。

 僕のフェロモンが、彼の過敏な神経を鎮めてくれたのだろうか。

 そっと手を伸ばし、彼の頬に触れる。

 すると、アレクセイがふいに目を開け、僕の手を捕まえた。

「……おはよう」

 寝起きの掠れた声。

 それだけで、胸がきゅんとする。

「おはようございます……アレクセイ様」

 彼は僕の手のひらにキスをし、微笑んだ。

「昨日は……激しかったな」

「っ! 言わないでください……!」

 恥ずかしさで顔を覆う僕を見て、彼は楽しそうに笑った。

 こんな無邪気な笑顔を見せるなんて、想像もしなかった。

「身体は大丈夫か? 痛みはないか?」

「ええ……少し、だるいですが」

「そうか。なら、今日は休め」

 彼は身を起こし、僕を抱き寄せた。

 その時、首筋に鋭い痛みが走った。

 鏡を見なくても分かる。

 そこには、彼が刻んだ「番の証」――噛み痕が残っているはずだ。

 もう、後戻りはできない。

 僕は正式に彼の番となり、運命を共にすることになったのだ。

「……これで、もう誰にも渡さない」

 アレクセイは満足げに僕の首筋を撫でた。

 その独占欲の強さに、少し呆れつつも、嬉しさが込み上げてくる。

 僕たちは、この世界でたった二人の共犯者であり、最愛のパートナーとなったのだから。

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