捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん

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第4話「玉座への侵略」

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 魔王ザルドリスの不眠が解消されてから数日、城内の空気は劇的に変化していた。
 まず、魔王様のイライラが減ったことで、部下の魔物たちのストレスが激減したのだ。
 以前は廊下ですれ違うだけで震え上がっていたゴブリンたちが、今では鼻歌交じりに掃除をしている。
 そして、その変化の中心にいるのが私、リノであるという噂が、まことしやかに囁かれ始めていた。
「リノ様、ここのカーテンの色はどうしますか?」
「リノ様、新しい羽毛が手に入りました!」
 いつの間にか、私は「魔王城のインテリアコーディネーター」のような地位を確立しつつあった。
 ギルをはじめとする城のメイド(スケルトンやゴーストたち)が、私の指示を仰ぎに来るのだ。
 彼らは人間である私を差別することなく、むしろ「魔王様を寝かしつけた英雄」として扱ってくれる。
 それがこそばゆくもあり、嬉しくもあった。
 さて、本日のターゲットは「玉座」である。
 魔王様が一日の大半を過ごす場所でありながら、最も環境が劣悪な場所。
 石造りの硬い椅子に、背筋を伸ばして座り続けるなんて拷問に近い。
 私はギルの手引きで、魔王様が席を外している隙を狙って謁見の間へと侵入した。
「……広いなあ」
 改めて見ると、このホールは無駄に広い。
 音が反響しすぎて落ち着かないし、寒々しい。
 まずは玉座だ。
 私は持参した特製クッション「魔王様専用・腰痛撃退君一号」を取り出した。
 これは、最高級の魔獣の毛皮の中に、弾力のある特殊なスライムの干物を詰めたハイブリッドな逸品だ。
 見た目は威厳を損なわないよう、黒の革張り風に仕上げてある。
 これを玉座の座面と背もたれに設置する。
 さらに、肘掛け部分にも薄手のパッドを巻き付け、冷たさを軽減。
 足元には、先日作ったラグの余りで小さな足置き場をセットした。
「完璧だ……」
 自画自賛していると、背後から気配を感じた。
「……そこで何をしている」
 魔王ザルドリスだ。
 予定より戻るのが早い!
 私は飛び上がらんばかりに驚き、慌てて玉座の陰に隠れようとした――が、隠れられるはずもない。
「も、申し訳ありません! 勝手に玉座を……!」
 処刑される。そう思った。
 玉座は権威の象徴だ。それに手を加えるなど、不敬罪で首をはねられても文句は言えない。
 ザルドリスはスタスタと玉座に近づいてきた。
 そして、変貌した玉座を見下ろす。
「……これは」
「あ、あの、腰への負担を減らすために、その……見た目はあまり変えないように気をつけたんですが……」
 私がしどろもどろに言い訳をしていると、ザルドリスは無言で玉座に座った。
 ドサッ。
 重厚な音がするはずが、プスッという柔らかな音がした。
 ザルドリスの背中が、クッションに吸い込まれる。
 肘掛けに置いた腕が、冷たい石ではなく、滑らかなパッドに触れる。
 足置き場が、絶妙な高さで足を支える。
「………………」
 沈黙。
 魔王様は、天を仰いで固まっていた。
 怒っているのだろうか。
 恐る恐る顔を覗き込むと、彼は虚空を見つめたままつぶやいた。
「……立てない」
「え?」
「体が……玉座と一体化したようだ。立つ気力が、微塵も湧いてこない」
 それは、最大の賛辞だった。
「こ、腰の具合はいかがですか?」
「……無い」
「はい?」
「腰が、存在しないかのように軽い。……リノ」
 名前を呼ばれ、背筋が伸びる。
「は、はい!」
「貴様は、私を堕落させる気か」
 魔王様の瞳が、私を射抜く。
 しかし、その瞳には以前のような殺気はなく、どこか甘い光が宿っていた。
「この城を、こんなに骨抜きにして……責任は取れるのだろうな」
 ドキリとした。
 責任を取る、という言葉の響きに、妙な艶かしさを感じてしまったのだ。
 ザルドリスは、手招きをした。
「こっちへ来い」
 私は震える足で近づく。
 すると、彼は私の手を掴み、強引に引き寄せた。
「うわっ!」
 バランスを崩した私は、魔王様の膝の上に倒れ込んでしまった。
 正確には、私が作ったクッションと魔王様の間だ。
 近い。
 魔王様の顔が、目の前にある。
 そして、彼から漂う匂い――雨上がりの森のような、深く静かなアルファの香りに包まれた。
「……いい匂いだ」
 ザルドリスが、私の首筋に鼻を近づけてつぶやく。
「陽だまりと、焼きたてのパンのような……貴様の匂いだ」
 心臓が破裂しそうだった。
 これは、まずい。
 本能が警鐘を鳴らすと同時に、甘い痺れが体を駆け巡る。
「ま、魔王様……?」
「……動くな。少し、充電させろ」
 そう言うと、彼は私を抱き枕のように抱きしめ、肩に顔を埋めてしまった。
 玉座の上で。
 魔王と生贄が。
 密着して。
 誰かに見られたらどうしよう。
 パニックになる私をよそに、ザルドリスの呼吸はすぐに深くなり、規則正しいリズムを刻み始めた。
 また寝てる!
 この人は、どれだけ睡眠に飢えているんだ。
 私は溜息をつきつつも、彼の背中に手を回し、ポンポンと優しく叩いた。
 硬く強張っていた彼の背中の筋肉が、私の手の下で少しずつ解れていくのが分かる。
 怖いと思っていた魔王様が、今は大きな子供のように思えた。
「……仕方ないですね」
 私は覚悟を決めた。
 この人が完全に癒やされるまで、もう少しだけ付き合ってあげよう。
 私の作った「巣」の一部として、彼を受け入れることにしたのだ。
 謁見の間の扉の隙間から、ギルたちがニヤニヤしながらこちらを覗いていることには、気づかないふりをした。
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