11 / 16
第10話「過去との対峙、雪解けの故郷」
しおりを挟む
「先日、君のご実家に連絡させてもらった」
蓮さんの言葉に、僕は心臓が凍りつくような思いがした。
実家。
厳格な父、無関心な母、僕をどこか見下していた兄。
オメガとして生まれた僕を「家の恥だ」とまで言った、あの家族。
「な、んで……」
「君が倒れたことを、知らせておくべきだと思った。それに……君が前に進むためには、いつか、向き合わなければならないと思ったからだ」
彼の真剣な眼差しに、僕は反論の言葉を失った。
確かに、その通りだ。
僕は、家を飛び出して以来、一度も実家に連絡していない。
両親がどうしているのか、何も知らない。
このまま、一生逃げ続けるわけにはいかない。
「君のお父さんが、体調を崩して倒れられたそうだ」
「え……!」
「幸い、命に別状はないらしい。だが、今回の件で、少し考え方が変わったようだ。『息子に会って、話がしたい』と、そう言っていた」
父が、僕に会いたいと?
あの、頑固で、僕のことなど何とも思っていなかったはずの父が?
信じられなかった。
「湊。私と、一緒に帰ってくれないか」
蓮さんは、僕の手を強く握りしめた。
「君のパートナーとして、君のご家族に挨拶がしたい。そして、君がどれだけ素晴らしい人間か、私が彼らに証明する」
その言葉は、僕の固く閉ざした心を、こじ開けるには十分すぎるほどの力を持っていた。
一人では、帰る勇気はなかった。
でも、蓮さんが一緒にいてくれるなら。
この人となら、僕は過去と向き合えるかもしれない。
「……はい。帰ります、一緒に」
僕は、震える声でそう答えた。
***
数日後。
僕と蓮さんは、新幹線に乗って、僕の故郷へと向かっていた。
窓の外を流れていく景色が、少しずつ見慣れた田舎の風景に変わっていく。
その風景を見るたびに、僕の胸は苦しくなった。
良い思い出なんて、ほとんどない場所。
「大丈夫か」
隣に座る蓮さんが、心配そうに僕の顔を覗き込む。
僕は、力なく笑って見せた。
「大丈夫です。……少し、緊張しているだけで」
「無理はするな。辛くなったら、すぐに言うんだ」
「はい」
彼の優しさが、ささくれだった僕の心を慰めてくれる。
駅に着くと、兄が車で迎えに来てくれていた。
兄と会うのも、数年ぶりだ。
昔よりも少し痩せて、顔には疲労の色が浮かんでいた。
「……湊か。久しぶりだな」
兄の態度は、昔のような刺々しさがなく、どこかぎこちなかった。
そして、僕の隣に立つ蓮さんの姿を見て、明らかに戸惑っている。
「こちら、俺のパートナーの、橘蓮さん」
僕が紹介すると、蓮さんは丁寧にお辞儀をした。
「初めまして。橘と申します。湊さんには、公私にわたってお世話になっております」
その完璧な物腰と、隠しきれないオーラに、兄は完全に気圧されていた。
車の中では、気まずい沈黙が流れた。
実家に着くと、母が玄関先で待っていた。
母も、僕の顔を見るなり、泣きそうな、申し訳なさそうな、複雑な表情を浮かべた。
そして、客間で待っていたのは、病床から体を起こした父だった。
昔は、山のように大きく見えた父の背中が、今は小さく、弱々しく見えた。
「……湊か」
かすれた声で、父が僕を呼ぶ。
「ただいま、父さん」
それが、僕に言える精一杯の言葉だった。
父は、僕の隣に立つ蓮さんに視線を移した。
蓮さんは、臆することなく、まっすぐに父を見つめ返すと、深々と頭を下げた。
「橘蓮と申します。本日は、息子さんである湊さんとの、将来を前提としたお付き合いのご挨拶に伺いました」
その堂々とした口上に、父も母も、兄も、息をのんだ。
父は、しばらく黙って蓮さんを睨みつけるように見ていたが、やがて、重い口を開いた。
「……お前さんのような立派な方が、なぜ、うちの湊のような……オメガの男を」
その言葉には、昔のような侮蔑の色はなかった。
ただ、純粋な疑問と、戸惑いが込められているように聞こえた。
「私が、彼を愛しているからです」
蓮さんは、きっぱりと言い切った。
「彼の性別など、関係ありません。私は、水瀬湊という人間の、その誠実さ、優しさ、そして何より、その魂の強さに惹かれました。彼こそが、私の生涯の伴侶です。これ以上の人間は、どこを探してもおりません」
彼の言葉は、嘘偽りのない、真実の響きを持っていた。
僕の家族は、その言葉に、ただ圧倒されていた。
僕も、胸が熱くなった。
こんなにも真っ直ぐに、僕のことを肯定してくれる人がいる。
その事実が、僕に勇気を与えてくれた。
「父さん、母さん、兄さん」
僕は、家族の顔を一人一人見つめた。
「今まで、心配かけてごめんなさい。僕は、オメガであることからずっと逃げてきた。この家のことも、自分のことも、嫌いだった。でも、今は違う。蓮さんに出会って、僕は、僕自身を初めて受け入れることができた。オメガである僕を、誇りに思えるようになった」
僕の言葉に、父の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……そうか。お前は、立派になったんだな」
父は、震える手で、僕の手を握った。
「すまなかった、湊。わしは、父親失格だ。お前のことを、何一つ理解しようとしてやれなかった」
父からの、初めての謝罪の言葉だった。
その一言で、僕の心の中に長年つかっていた氷が、ガラガラと音を立てて溶けていくのがわかった。
その日、僕たちは、初めて本当の意味で「家族」として、語り合った。
父の病気のこと、家の将来のこと、そして、僕と蓮さんの未来のこと。
雪深い故郷の景色が、その日は、なぜかとても温かく見えた。
蓮さんの言葉に、僕は心臓が凍りつくような思いがした。
実家。
厳格な父、無関心な母、僕をどこか見下していた兄。
オメガとして生まれた僕を「家の恥だ」とまで言った、あの家族。
「な、んで……」
「君が倒れたことを、知らせておくべきだと思った。それに……君が前に進むためには、いつか、向き合わなければならないと思ったからだ」
彼の真剣な眼差しに、僕は反論の言葉を失った。
確かに、その通りだ。
僕は、家を飛び出して以来、一度も実家に連絡していない。
両親がどうしているのか、何も知らない。
このまま、一生逃げ続けるわけにはいかない。
「君のお父さんが、体調を崩して倒れられたそうだ」
「え……!」
「幸い、命に別状はないらしい。だが、今回の件で、少し考え方が変わったようだ。『息子に会って、話がしたい』と、そう言っていた」
父が、僕に会いたいと?
あの、頑固で、僕のことなど何とも思っていなかったはずの父が?
信じられなかった。
「湊。私と、一緒に帰ってくれないか」
蓮さんは、僕の手を強く握りしめた。
「君のパートナーとして、君のご家族に挨拶がしたい。そして、君がどれだけ素晴らしい人間か、私が彼らに証明する」
その言葉は、僕の固く閉ざした心を、こじ開けるには十分すぎるほどの力を持っていた。
一人では、帰る勇気はなかった。
でも、蓮さんが一緒にいてくれるなら。
この人となら、僕は過去と向き合えるかもしれない。
「……はい。帰ります、一緒に」
僕は、震える声でそう答えた。
***
数日後。
僕と蓮さんは、新幹線に乗って、僕の故郷へと向かっていた。
窓の外を流れていく景色が、少しずつ見慣れた田舎の風景に変わっていく。
その風景を見るたびに、僕の胸は苦しくなった。
良い思い出なんて、ほとんどない場所。
「大丈夫か」
隣に座る蓮さんが、心配そうに僕の顔を覗き込む。
僕は、力なく笑って見せた。
「大丈夫です。……少し、緊張しているだけで」
「無理はするな。辛くなったら、すぐに言うんだ」
「はい」
彼の優しさが、ささくれだった僕の心を慰めてくれる。
駅に着くと、兄が車で迎えに来てくれていた。
兄と会うのも、数年ぶりだ。
昔よりも少し痩せて、顔には疲労の色が浮かんでいた。
「……湊か。久しぶりだな」
兄の態度は、昔のような刺々しさがなく、どこかぎこちなかった。
そして、僕の隣に立つ蓮さんの姿を見て、明らかに戸惑っている。
「こちら、俺のパートナーの、橘蓮さん」
僕が紹介すると、蓮さんは丁寧にお辞儀をした。
「初めまして。橘と申します。湊さんには、公私にわたってお世話になっております」
その完璧な物腰と、隠しきれないオーラに、兄は完全に気圧されていた。
車の中では、気まずい沈黙が流れた。
実家に着くと、母が玄関先で待っていた。
母も、僕の顔を見るなり、泣きそうな、申し訳なさそうな、複雑な表情を浮かべた。
そして、客間で待っていたのは、病床から体を起こした父だった。
昔は、山のように大きく見えた父の背中が、今は小さく、弱々しく見えた。
「……湊か」
かすれた声で、父が僕を呼ぶ。
「ただいま、父さん」
それが、僕に言える精一杯の言葉だった。
父は、僕の隣に立つ蓮さんに視線を移した。
蓮さんは、臆することなく、まっすぐに父を見つめ返すと、深々と頭を下げた。
「橘蓮と申します。本日は、息子さんである湊さんとの、将来を前提としたお付き合いのご挨拶に伺いました」
その堂々とした口上に、父も母も、兄も、息をのんだ。
父は、しばらく黙って蓮さんを睨みつけるように見ていたが、やがて、重い口を開いた。
「……お前さんのような立派な方が、なぜ、うちの湊のような……オメガの男を」
その言葉には、昔のような侮蔑の色はなかった。
ただ、純粋な疑問と、戸惑いが込められているように聞こえた。
「私が、彼を愛しているからです」
蓮さんは、きっぱりと言い切った。
「彼の性別など、関係ありません。私は、水瀬湊という人間の、その誠実さ、優しさ、そして何より、その魂の強さに惹かれました。彼こそが、私の生涯の伴侶です。これ以上の人間は、どこを探してもおりません」
彼の言葉は、嘘偽りのない、真実の響きを持っていた。
僕の家族は、その言葉に、ただ圧倒されていた。
僕も、胸が熱くなった。
こんなにも真っ直ぐに、僕のことを肯定してくれる人がいる。
その事実が、僕に勇気を与えてくれた。
「父さん、母さん、兄さん」
僕は、家族の顔を一人一人見つめた。
「今まで、心配かけてごめんなさい。僕は、オメガであることからずっと逃げてきた。この家のことも、自分のことも、嫌いだった。でも、今は違う。蓮さんに出会って、僕は、僕自身を初めて受け入れることができた。オメガである僕を、誇りに思えるようになった」
僕の言葉に、父の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……そうか。お前は、立派になったんだな」
父は、震える手で、僕の手を握った。
「すまなかった、湊。わしは、父親失格だ。お前のことを、何一つ理解しようとしてやれなかった」
父からの、初めての謝罪の言葉だった。
その一言で、僕の心の中に長年つかっていた氷が、ガラガラと音を立てて溶けていくのがわかった。
その日、僕たちは、初めて本当の意味で「家族」として、語り合った。
父の病気のこと、家の将来のこと、そして、僕と蓮さんの未来のこと。
雪深い故郷の景色が、その日は、なぜかとても温かく見えた。
152
あなたにおすすめの小説
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果
SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。
そこで雪政がひらめいたのは
「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」
アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈
ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ!
※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【完結】逃亡オメガ、三年後に無事捕獲される。
N2O
BL
幼馴染の年上αと年下Ωがすれ違いを、不器用ながら正していく話。
味を占めて『上・中・下』の三話構成、第二弾!三万字以内!(あくまで予定、タイトルと文量変わったらごめんなさい)
※無事予定通り終わりました!(追記:2025.8.3)
表紙絵
⇨うつやすみ 様(X:@N6eR2)
『下』挿絵
⇨暇テラス 様(X:Bj_k_gm0z)
※オメガバース設定をお借りしています。独自部分もあるかも。
※素人作品、ふんわり設定許してください。
幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。
幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。
大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。
幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる