秘密

双葉

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「墓場まで持っていく話」という言葉を聞いた事があるだろう
他人が聞けば、たいした内容はではないにも関わらないのに本人だけが怯えている事が大半だ
私もその一人と言いたいが、私は自分を少数に当てはめている

それは長女の「かんな」の事だ
私には長女・次女・長男と三人の子供がいるが、長女かんなは血が繋がっていない
特別養子縁組をした訳でもない
そんな事をしなくても長女かんなは戸籍上私の実子なのだ
いや、正確には私達夫婦の実子として登録されている
この事を知られると疑問に思う者も現れるかも知れない
我が家の重大な秘密
それは、実子として登録した「かんな」と現在我が家で育っている「かんな」は別人なのだ
だが私達にとってどちらも偽者ではなく本物の娘のかんななのは間違いない

あれは10年ほど前
まだ"小児突然死"という言葉が知られていなかった頃
核家族が進んでいる中、妻と生後1か月のかんなを残し出張に出かけた
数ヶ月に一回の出張で、妻も朝もう慣れている筈と思い込んでいた
今考えれば初めての慣れない育児やそれによる精神的不安
言い訳をすれば結婚して四年の子で、『もっと仕事を頑張らねば』と育児に対して『ちょっとした手間が増えただけ』と軽い気持ちでだった
だから、いつものように出かけていつもの様に帰った
いつものように妻が出迎えてくれ、きき慣れたような泣き声の中晩ご飯を食べる
いつもと同じでいつもと変わらないはずが、違和感を感じる
何かと思って気にしてみても、気付く事が出来ない
そんな違和感を感じつつも過ごしていると、いつの間にか違和感は消えていった
そして一歳検診に向かう手前で、に母子手帳をなくしてしまったと妻から相談された
検診だけでもと受けなければと受診用葉書を持ち検診場所に向かい交渉をし一歳検診は無事に済ます事が出来た
妻の様子がおかしかったが「育児疲れかしら」と苦笑いをされた
これからの事も考えて早めに再発行の手続きをするように妻に言って仕事に向かい、連絡も無いままいつもより少しだけ遅い帰宅
育児で疲れているだろう妻を起こしてはとそっと家に入ると妻が血を流して倒れていた
私は「き、救急車」と慌てて電話に向かい受話器を取ると妻が何とか這って寄って来る
私は受話器を投げ捨てて妻を支えに近づいた
「何があったんだ」
「警察はだめ、病院もだめ」

妻は手首から血を流しながら私の腕を掴み止めてくる
止めた手に封筒が握られているのに気づいた
「これは?」
封筒には「遺書」とかかれてある
頭では救急車を呼ぶべきだと分かっているのに、封筒を開けて読みだしてしまった
そこには一年前に気づきかけていた違和感を知らせるような内容だった

手紙には妻自死未遂までの事が書かれていた
一年ほど前のあの出張中、夜中に妻が起き出すとかんなは冷たくなっていた
出張中で私がおらず死亡理由も分からず妻はパニックになった
パニックになりながらも冷たくなったかんなを抱えて病院に走っている途中で赤ちゃんの泣き声が微かに聞こえてきたそうだ
妻はかんなが生き返ったと喜び足を止めると泣く素振りも見せず冷たく動かないまま
それでも泣き声は聞こえてくる
冷静だったと言い難かった妻は病院に行くでもなく泣き声の元を探った
そしてごみ袋の中から聞こえてくるのに気づいて袋を開けると生後間もないであろう赤ちゃんを見つけたそうだ
泣く赤ちゃんと冷たくなったかんな、なぜか妻は両方をかんなだと思ってしまったらしい
瞬間的な現実逃避だったのだろ
妻はその時、寝ているかんなと代わりに泣くかんなとなった
二人を家に連れ帰ると泣くかんなにミルクを飲ませおしめを替えて寝かせて
そして妻は冷たくなったかんなを抱いて一晩寝たそうだ
そしてその翌日に冷静になった妻は、冷静になっていなかったらしい
読んでいて意味がわからなかったが、その時は『自分は冷静だ』と思い込んでいたらしい
産まれる前から私に相談も出来ずにいた不安からか、自己防衛からか泣いているかんなをかんなとして、冷たくなったかんなをタオルに巻いて花壇に埋めてしまったと書かれてある
その二日後に私が帰ってきて、かんなを見て妻に色々聞いたらしいが思い出せない
その事も書かれていた
抱こうとする私からかんなを取り上げたり、泣く前にミルクを飲ませたりと、疑問や不満を持っていた事にも気づいていたがバレるのが怖かったと
いつ気づかれるか毎日が不安で生きた心地がしなかった、昨日の一歳検診の時も私だけでなく検診医にバレるのではないかと今にも倒れそうだったと
そして今日行く前に母子手帳の話をされた上に帰りが遅いとなり、どう解釈されたかはわからないが妻としては『やはり気づかれた。もう私には頼る人は居ない』と最後の細いボロボロの糸が切れてしまったらしい
そして告白・懺悔してのための遺書を書いて命を断つつもりだったようだ
手紙には全ての罪は自分にあり一緒に持っていくので、誰も罪に問わずかんなへの影響も最小限にして欲しいと書かれてあった
これを読んだ時、私は妻に対しての罪悪感からか救急車を呼ばず、ただ流れている血を夢中で抑えた
そして一か八かの賭けと消毒液をかけてキッチンペーパーで拭い接着剤を傷口に塗って乾かした
今から思うと衛生上危険であった
破傷風や炎症、壊死等々色々考えられるがあの時は妻とかんなを助けなければという責任感にかられた
その責任感で警察も病院も敵になった
この事がバレれば妻は壊れてしまう
壊れないように守らねばと
妻が落ち着いてくると小さい庭に行き、庭にある畳1枚あるかないかの花壇を掘り起こした
あの時の私は変に冷静で、植えてある花をまた植えないとと丁寧に掘り起こした
全部掘ってもタオルが見えてこない
妻の妄想かと思いながらも深く掘り起こした
花壇として使うのは下15cmほど
私は40cmほど掘ったところで妻のいうかんなが包まれたタオルを見つけた
私は中を確認した
まだはっきりと顔もわかる
私は新しいタオルで包み直すと同じ場所に埋めた
それから家の中に入り酒を飲み咽び泣いた
あの日は酒の量も普段の何倍も飲んでしまったと思う
次の日二日酔で目を覚ますとかんなの泣き声が響いている
私は急いで読みながらミルクを作り飲ませるが、泣き止まない
そこに妻が疲れた顔できて抱きながらミルクを飲ませておしめも交換して寝かせた

「本当は最後に離乳食作って食べさせたかったんですけれど、、、」
と辛そうに言う
「私これから自首してきます」
その時私は、妻がなにを悪い事をしたのかわからなかった
妻の話では既にかんなは助からなかった
助けたくても誰にも出来なかったのだ
誰が責められるだろう
その上で、ただ袋に入れられて失いかけていた命を守っただけではないか
誰にも知られてはならないが賞賛されても良い話ではないだろうか
賞賛されるべき妻がなぜ罪に問われなければならない
「待て、この事は私達しか知らない。誰も知らないんだ。そこに寝ているかんなは、私達の子だ。血が繋がっていないと誰が気付く」
妻は目を見開きながら私を見た
「でも、かんながかわいそうで」
「かんなは僕たちが墓に入れてあげよう。今は無理でもきちんと骨になったら、私の実家にある墓に納骨に行こう。なに田舎なんだから、夜にすればバレやしない。何より、暫くは両方のかんなと一緒に居られるんだ」
「でも、、、」
「大丈夫、私に任せておけば大丈夫。今あそこに寝ているかんなを頑張って育てよう。そしてかんなが寂しくない様に兄弟も」
あれから10年かんなには妹と弟が出来た
いま思い返せば、あの時わたしは壊れたのかもしれない
そして、きっと今も壊れているのだろう
その証拠に花壇には一年中花が咲いている
今年は二人のかんなを田舎に連れて帰れそうだ
わたしと妻と一人のかんなしか知らない秘密だ
この先もこの秘密を誰にも話すことは無いだろう
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