魔王は討伐されました

天使の輪っか

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勇者トール

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魔王が死んだ。
これでようやく世界は平和になったのだ。

でも、なぜか心は晴れない。
魔王を倒したその日から、僕は勇者ではなくただのトールになってしまったから。

まだ五歳の時、両親が魔王に殺された。
それから十五年、ただ魔王を倒すことだけを考えた。

いつか絶対復讐してやる。

その一心で剣を振るった。
そうしているうちに仲間が増え、僕達はいつの間にか魔王に匹敵する力を持った。

やっと、魔王を倒せる......!

そして僕達は、魔王のいる城へと向かった。
襲い掛かる魔物を蹴散らし、魔王城にいた魔族も全て倒した。

とうとう、魔王がいる場所へと辿り着いた。

「開けるぞ」

煌びやかな装飾が施されたドアを開ける。
そこには、魔王が偉そうな顔をしながら足を組んで座っていた。

その姿を見た途端、憎悪が湧き出した。

早く、こいつを殺さなければ。

それからはあまり覚えていない。ただ今までの気持ちを剣に込めて振るった。

魔王はとても強かった。そして気高かった。
攻撃を喰らっても表情ひとつ変えず、その姿はまさに魔王だった。

しかし、どれだけ強くても限界は訪れる。
魔王は少しよろめいた。

チャンスだ。そう思って魔王に魔法をかける。
動きが止まったその瞬間、心臓に剣を突き刺した。

すると魔王は「ありがとう」と言って笑った。
その言葉は、僕の心を揺れ動かすのには十分だった。

倒れていく魔王の体を抱きしめる。
そして、「お疲れ様でした」と声を掛けた。

なぜそうしたのかは今でも分からない。ただ、その時はなぜかそうしなければいけないと感じたのだ。

それから、僕達は魔王から世界を救った勇者として崇められた。

憎かった魔王を倒して、晴れやかな気分になっているはずなのに、抱いたのは全く別の感情だった。

虚しい。

これからどうして生きていけば良いんだろう。

魔王を倒すというたったひとつの目標がなくなった今、僕に残されたものは何一つも無かった。
しかし、死ぬ勇気もない。

廃人のように過ごすだけの日々がただ続いていた。

今日もベッドの上でダラダラしているだけだ。

なにか、なにかしなければ。

ほとんど残っていない気力を使って立ち上がる。そして、部屋着のまま外へ飛び出した。



しばらくふらふら彷徨っていると、ある店を見つけた。

小さくて古い本屋だった。

僕はなぜかそこに酷く目を惹かれた。
まるで吸い寄せられているかのように本屋の中へ入る。

そして気づいた。僕が目を惹かれたのはこの本屋ではなく、一冊の本だったということに。

その古びた本を手に取り、ページをめくる。

なんだ......これ。

その本は、幼い頃に両親を魔王に殺された青年が、魔王を倒すために仲間達と成長していく話だった。そして、主人公の名はトール。

僕の話だった。

名前だけでは自分の話かどうかは分からないだろう。けれど、主人公が言った台詞も、行動も何もかもが僕そのままだった。だから確信した。これは、僕の話なのだと。

僕を元にした本なのか? でも、それならもっと新しいはずだ。......もしかして、逆?
僕を元にしたのではなく、本を元に僕が動かされていたのだとしたら。

「ありがとう」

不意に、魔王の言葉が頭に響いた。

そして確信した。確信してしまった。
僕だけじゃない、この世界全てが操られていたのだということに。
そしてきっと魔王は、そのことを自覚していたんだろう。

だから、この世界から解放してくれた僕に感謝した。

この本は主人公が魔王を倒した瞬間で終わっている。

生まれた時から全て操られていた人がその呪縛から解放されたら、どうなるかは分かりきっていることだろう。

僕の生きる意味なんて始めから無かったんだ。

僕は思わずその場に座り込む。

誰か教えてくれ。僕はこれから、どう生きていけば良いんだろう。






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