Vodzigaの日は遠く過ぎ去り。

宮塚恵一

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6.シャッガイ領域

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「君が見ている景色は、それが確かなら非常に稀有なモノだ」

 普段通りに学校から帰って来たある日。家を訪れていたスーツ姿の男はそう言った。

「君の人生は君のものだ。君には選択する権利がある」

 男はそう嘯いていたが、怪しいものだ。その男に着いていかなかったら、拉致でもされたんじゃないかと今も疑っている。

 男は、私の眼が特殊であるとの情報を聞き付けたHERMヘルマの職員だった。

 男に言われるまでもなく、気付いていた。

 私が頭痛を伴い、紅い空を見上げて暫くしてから、怪獣が現れること。怪獣の出現する方角は、あの真紅の雲のあった場所と必ず一致する、ということに。

 シャッガイ領域。HERMヘルマは私の眼が観測するあの空を、そう呼んでいた。

「怪獣は出現前に前触れを見せる。だが、その前触れを普通の人間は知覚できない。現代の科学では、機械を通してさえ認識することは不可能だ」

 HERMヘルマで私が伝えられたのは、そうした現実。
 HERMヘルマに協力することにした理由の一つは、そうすることで莫大な報奨金を貰えると知ったからだ。
 お世辞にも裕福とは言えない家庭で私を満足に育ててくれた我が家に少しでも恩返しがしたかった。

 それに、この眼が怪獣のナニカを見ていることに気付いてからは生きた心地がしなかった。
 私があの流血した空を見てすぐに怪獣は現れる。
 だが、それを知っているのは私だけ。

 私があの空を見たから、怪獣は現れるのか。そんな倒錯した考えを持って、真夜中に叫び散らしたのは一度や二度ではない。

 そんな現実に耐えられなかった。私の眼が役に立つのなら、是非とも活用したかった。

 HERMヘルマに着いて行くと言った私のことを、母は複雑そうな表情で見送った。

「君の眼が何故そうなのか、確かなことはわからない。君は怪獣に捕食され、にも関わらず奇跡的に一命を取り留めた。捕食され同化されかかった君の身体の一部は、半分怪獣みたいなものなのかもしれない」

 私の眼は怪獣と繋がっている。だから怪獣にしか知覚できないモノを見ている。

 そう説明したのはHERMヘルマに協力していた偏屈博士だった。他には誰もそんな物言いはしなかったけれど、その説明は当時、私にとって最も得心がいくモノだった。

 HERMヘルマにいる人間は、皆私のことを腫物を触るかのように扱っていたのが、まだ十代だった私にもありありと読み取れたからだ。

 きっと皆、心の何処かでそう感じていた筈だ。
 は真っ当な人間ではなくなったと。

 それを感じてしまえば、尚更HERMヘルマの外に戻る気は起きなかった。

 そう。私達。

 HERMヘルマが私の眼の価値をわかったのは、前例がいたからだ。私と同じように紅い空を見て、怪獣の出現を予見できる巫女が。

 それが先輩だった。

 先輩は、私の二個歳上だったが、それでも当時17歳。だというのに彼女はその歳で、既に人生に諦観したような冷たい眼をしていた。

 HERMヘルマに連れて来られ、同じを持つ私にも動じず、彼女はただ、その憂いを帯びた眼差しで私を見た。

 それもその筈だった。

 HERMヘルマに来てから初めて知らされた。私達が見ることの出来たのは、怪獣の出現する前触れだけではなかった。

「貴方はわたしのバックアップ。だから気負うことない。こんなことをするのは、わたしだけで充分」

 私がHERMヘルマに連れて来られてから起きた最初の怪獣災害時、先輩はそう言ってグローブを、ミリタリージャケットを、ヘルメットを、特製ゴーグルを装着した。

 私がHERMヘルマに来たのは15の時だったけれど、先輩はもう何年も前から、HERMヘルマに協力していたそうだ。

 12歳の時から、戦場を知っていた。

「怪獣を予見するだけではない。君達が持つのは、怪獣を眼だ」

 私は半分怪獣みたいなモノなんだと説明してくれた博士は、同じような調子でそう言っていた。

 怪獣の出現する領域。私にはそこから、細い糸のようなモノが垂れているのが見える。その糸を手繰っていく。
 その先にいるのは怪獣だ。

 シャッガイ領域に怪獣が出現するのは、あの渦巻く真紅の下でしか怪獣は存在出来ないからだ。
 怪獣は操り人形マリオネットのように空から糸で吊るされて動く。

 当然、その糸が見えるのは、私達だけ。

「貴方はゆっくり見学していたら良い」

 先輩はHERMヘルマ基地に残る私にそう言って、シャッガイ領域の下へと赴いた。
 
 HERMヘルマが設立されたのは、私が十歳の頃。
 先輩がHERMヘルマに協力を始めたのも同じ頃。

 順番が違った。怪獣を討伐するHERMヘルマに、先輩が協力していたんじゃない。

 先輩がいたから、HERMヘルマが設立された。

「未だ人類は怪獣を倒す手段を持たない。君達以外は」

 誰も直接は言ってくれなかったことを、博士は私にも分かりやすく教えてくれた。それは後になって考えたら、私にとってはとても心強いことだったが。

 先輩は、強化アーマーに身を包みながら、次々と大斧を振るって怪獣を斬りつけていた。
 先輩が大斧を振るう度、空から怪獣を吊るす糸が、次々外れていく。
 空から吊るされた何十本と言う糸が完全になくなった怪獣はその場にドサリ、と倒れて動かなくなった。
 先輩の周りには戦車や装甲車、それに伴う歩兵が先輩の戦うところに向けて砲口を向けているが、彼らは攻撃を始めることはない。

 まさか、と思った。
 そんなことがあってたまるか。

 HERMヘルマは怪獣を倒す為の組織ではない。
 当時、HERMヘルマ設立と共に発表された、怪獣を倒すことのできる兵器という触書きも全てハリボテだ。

 真実は違う。

 怪獣を殺すことの出来るのは先輩だけ。
 先輩がいなくては、人類は怪獣を殺すどころか、傷をつけることだってできない。

 あの糸の切り方がわかるのは、先輩だけだったから。

 人類の命運は、これまでたった一人の少女に委ねられていた。

 HERMヘルマの役割は、先輩が怪獣を殺す手助けをするだけ。万が一にも先輩が倒れないように、サポートをするだけ。

 先輩はただ一人、あの真紅の空の下、怪獣を殺せる少女として、ただひたすら孤独に戦っていたのだった。
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