7 / 23
6.シャッガイ領域
しおりを挟む
「君が見ている景色は、それが確かなら非常に稀有なモノだ」
普段通りに学校から帰って来たある日。家を訪れていたスーツ姿の男はそう言った。
「君の人生は君のものだ。君には選択する権利がある」
男はそう嘯いていたが、怪しいものだ。その男に着いていかなかったら、拉致でもされたんじゃないかと今も疑っている。
男は、私の眼が特殊であるとの情報を聞き付けたHERMの職員だった。
男に言われるまでもなく、気付いていた。
私が頭痛を伴い、紅い空を見上げて暫くしてから、怪獣が現れること。怪獣の出現する方角は、あの真紅の雲のあった場所と必ず一致する、ということに。
シャッガイ領域。HERMは私の眼が観測するあの空を、そう呼んでいた。
「怪獣は出現前に前触れを見せる。だが、その前触れを普通の人間は知覚できない。現代の科学では、機械を通してさえ認識することは不可能だ」
HERMで私が伝えられたのは、そうした現実。
HERMに協力することにした理由の一つは、そうすることで莫大な報奨金を貰えると知ったからだ。
お世辞にも裕福とは言えない家庭で私を満足に育ててくれた我が家に少しでも恩返しがしたかった。
それに、この眼が怪獣のナニカを見ていることに気付いてからは生きた心地がしなかった。
私があの流血した空を見てすぐに怪獣は現れる。
だが、それを知っているのは私だけ。
私があの空を見たから、怪獣は現れるのか。そんな倒錯した考えを持って、真夜中に叫び散らしたのは一度や二度ではない。
そんな現実に耐えられなかった。私の眼が役に立つのなら、是非とも活用したかった。
HERMに着いて行くと言った私のことを、母は複雑そうな表情で見送った。
「君の眼が何故そうなのか、確かなことはわからない。君は怪獣に捕食され、にも関わらず奇跡的に一命を取り留めた。捕食され同化されかかった君の身体の一部は、半分怪獣みたいなものなのかもしれない」
私の眼は怪獣と繋がっている。だから怪獣にしか知覚できないモノを見ている。
そう説明したのはHERMに協力していた偏屈博士だった。他には誰もそんな物言いはしなかったけれど、その説明は当時、私にとって最も得心がいくモノだった。
HERMにいる人間は、皆私のことを腫物を触るかのように扱っていたのが、まだ十代だった私にもありありと読み取れたからだ。
きっと皆、心の何処かでそう感じていた筈だ。
私達は真っ当な人間ではなくなったと。
それを感じてしまえば、尚更HERMの外に戻る気は起きなかった。
そう。私達。
HERMが私の眼の価値をわかったのは、前例がいたからだ。私と同じように紅い空を見て、怪獣の出現を予見できる巫女が。
それが先輩だった。
先輩は、私の二個歳上だったが、それでも当時17歳。だというのに彼女はその歳で、既に人生に諦観したような冷たい眼をしていた。
HERMに連れて来られ、同じ才能を持つ私にも動じず、彼女はただ、その憂いを帯びた眼差しで私を見た。
それもその筈だった。
HERMに来てから初めて知らされた。私達が見ることの出来たのは、怪獣の出現する前触れだけではなかった。
「貴方はわたしのバックアップ。だから気負うことない。こんなことをするのは、わたしだけで充分」
私がHERMに連れて来られてから起きた最初の怪獣災害時、先輩はそう言ってグローブを、ミリタリージャケットを、ヘルメットを、特製ゴーグルを装着した。
私がHERMに来たのは15の時だったけれど、先輩はもう何年も前から、HERMに協力していたそうだ。
12歳の時から、戦場を知っていた。
「怪獣を予見するだけではない。君達が持つのは、怪獣を殺せる眼だ」
私は半分怪獣みたいなモノなんだと説明してくれた博士は、同じような調子でそう言っていた。
怪獣の出現する領域。私にはそこから、細い糸のようなモノが垂れているのが見える。その糸を手繰っていく。
その先にいるのは怪獣だ。
シャッガイ領域に怪獣が出現するのは、あの渦巻く真紅の下でしか怪獣は存在出来ないからだ。
怪獣は操り人形のように空から糸で吊るされて動く。
当然、その糸が見えるのは、私達だけ。
「貴方はゆっくり見学していたら良い」
先輩はHERM基地に残る私にそう言って、シャッガイ領域の下へと赴いた。
HERMが設立されたのは、私が十歳の頃。
先輩がHERMに協力を始めたのも同じ頃。
順番が違った。怪獣を討伐するHERMに、先輩が協力していたんじゃない。
先輩がいたから、HERMが設立された。
「未だ人類は怪獣を倒す手段を持たない。君達以外は」
誰も直接は言ってくれなかったことを、博士は私にも分かりやすく教えてくれた。それは後になって考えたら、私にとってはとても心強いことだったが。
先輩は、強化アーマーに身を包みながら、次々と大斧を振るって怪獣を斬りつけていた。
先輩が大斧を振るう度、空から怪獣を吊るす糸が、次々外れていく。
空から吊るされた何十本と言う糸が完全になくなった怪獣はその場にドサリ、と倒れて動かなくなった。
先輩の周りには戦車や装甲車、それに伴う歩兵が先輩の戦うところに向けて砲口を向けているが、彼らは攻撃を始めることはない。
まさか、と思った。
そんなことがあってたまるか。
HERMは怪獣を倒す為の組織ではない。
当時、HERM設立と共に発表された、怪獣を倒すことのできる兵器という触書きも全て嘘だ。
真実は違う。
怪獣を殺すことの出来るのは先輩だけ。
先輩がいなくては、人類は怪獣を殺すどころか、傷をつけることだってできない。
あの糸の切り方がわかるのは、先輩だけだったから。
人類の命運は、これまでたった一人の少女に委ねられていた。
HERMの役割は、先輩が怪獣を殺す手助けをするだけ。万が一にも先輩が倒れないように、サポートをするだけ。
先輩はただ一人、あの真紅の空の下、怪獣を殺せる少女として、ただひたすら孤独に戦っていたのだった。
普段通りに学校から帰って来たある日。家を訪れていたスーツ姿の男はそう言った。
「君の人生は君のものだ。君には選択する権利がある」
男はそう嘯いていたが、怪しいものだ。その男に着いていかなかったら、拉致でもされたんじゃないかと今も疑っている。
男は、私の眼が特殊であるとの情報を聞き付けたHERMの職員だった。
男に言われるまでもなく、気付いていた。
私が頭痛を伴い、紅い空を見上げて暫くしてから、怪獣が現れること。怪獣の出現する方角は、あの真紅の雲のあった場所と必ず一致する、ということに。
シャッガイ領域。HERMは私の眼が観測するあの空を、そう呼んでいた。
「怪獣は出現前に前触れを見せる。だが、その前触れを普通の人間は知覚できない。現代の科学では、機械を通してさえ認識することは不可能だ」
HERMで私が伝えられたのは、そうした現実。
HERMに協力することにした理由の一つは、そうすることで莫大な報奨金を貰えると知ったからだ。
お世辞にも裕福とは言えない家庭で私を満足に育ててくれた我が家に少しでも恩返しがしたかった。
それに、この眼が怪獣のナニカを見ていることに気付いてからは生きた心地がしなかった。
私があの流血した空を見てすぐに怪獣は現れる。
だが、それを知っているのは私だけ。
私があの空を見たから、怪獣は現れるのか。そんな倒錯した考えを持って、真夜中に叫び散らしたのは一度や二度ではない。
そんな現実に耐えられなかった。私の眼が役に立つのなら、是非とも活用したかった。
HERMに着いて行くと言った私のことを、母は複雑そうな表情で見送った。
「君の眼が何故そうなのか、確かなことはわからない。君は怪獣に捕食され、にも関わらず奇跡的に一命を取り留めた。捕食され同化されかかった君の身体の一部は、半分怪獣みたいなものなのかもしれない」
私の眼は怪獣と繋がっている。だから怪獣にしか知覚できないモノを見ている。
そう説明したのはHERMに協力していた偏屈博士だった。他には誰もそんな物言いはしなかったけれど、その説明は当時、私にとって最も得心がいくモノだった。
HERMにいる人間は、皆私のことを腫物を触るかのように扱っていたのが、まだ十代だった私にもありありと読み取れたからだ。
きっと皆、心の何処かでそう感じていた筈だ。
私達は真っ当な人間ではなくなったと。
それを感じてしまえば、尚更HERMの外に戻る気は起きなかった。
そう。私達。
HERMが私の眼の価値をわかったのは、前例がいたからだ。私と同じように紅い空を見て、怪獣の出現を予見できる巫女が。
それが先輩だった。
先輩は、私の二個歳上だったが、それでも当時17歳。だというのに彼女はその歳で、既に人生に諦観したような冷たい眼をしていた。
HERMに連れて来られ、同じ才能を持つ私にも動じず、彼女はただ、その憂いを帯びた眼差しで私を見た。
それもその筈だった。
HERMに来てから初めて知らされた。私達が見ることの出来たのは、怪獣の出現する前触れだけではなかった。
「貴方はわたしのバックアップ。だから気負うことない。こんなことをするのは、わたしだけで充分」
私がHERMに連れて来られてから起きた最初の怪獣災害時、先輩はそう言ってグローブを、ミリタリージャケットを、ヘルメットを、特製ゴーグルを装着した。
私がHERMに来たのは15の時だったけれど、先輩はもう何年も前から、HERMに協力していたそうだ。
12歳の時から、戦場を知っていた。
「怪獣を予見するだけではない。君達が持つのは、怪獣を殺せる眼だ」
私は半分怪獣みたいなモノなんだと説明してくれた博士は、同じような調子でそう言っていた。
怪獣の出現する領域。私にはそこから、細い糸のようなモノが垂れているのが見える。その糸を手繰っていく。
その先にいるのは怪獣だ。
シャッガイ領域に怪獣が出現するのは、あの渦巻く真紅の下でしか怪獣は存在出来ないからだ。
怪獣は操り人形のように空から糸で吊るされて動く。
当然、その糸が見えるのは、私達だけ。
「貴方はゆっくり見学していたら良い」
先輩はHERM基地に残る私にそう言って、シャッガイ領域の下へと赴いた。
HERMが設立されたのは、私が十歳の頃。
先輩がHERMに協力を始めたのも同じ頃。
順番が違った。怪獣を討伐するHERMに、先輩が協力していたんじゃない。
先輩がいたから、HERMが設立された。
「未だ人類は怪獣を倒す手段を持たない。君達以外は」
誰も直接は言ってくれなかったことを、博士は私にも分かりやすく教えてくれた。それは後になって考えたら、私にとってはとても心強いことだったが。
先輩は、強化アーマーに身を包みながら、次々と大斧を振るって怪獣を斬りつけていた。
先輩が大斧を振るう度、空から怪獣を吊るす糸が、次々外れていく。
空から吊るされた何十本と言う糸が完全になくなった怪獣はその場にドサリ、と倒れて動かなくなった。
先輩の周りには戦車や装甲車、それに伴う歩兵が先輩の戦うところに向けて砲口を向けているが、彼らは攻撃を始めることはない。
まさか、と思った。
そんなことがあってたまるか。
HERMは怪獣を倒す為の組織ではない。
当時、HERM設立と共に発表された、怪獣を倒すことのできる兵器という触書きも全て嘘だ。
真実は違う。
怪獣を殺すことの出来るのは先輩だけ。
先輩がいなくては、人類は怪獣を殺すどころか、傷をつけることだってできない。
あの糸の切り方がわかるのは、先輩だけだったから。
人類の命運は、これまでたった一人の少女に委ねられていた。
HERMの役割は、先輩が怪獣を殺す手助けをするだけ。万が一にも先輩が倒れないように、サポートをするだけ。
先輩はただ一人、あの真紅の空の下、怪獣を殺せる少女として、ただひたすら孤独に戦っていたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる