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婚約者編

まだ何もしていない

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 後日、婚約者と社会見学に行きたいと言う体でアトラスたちは城下町まで来ていた。お互い、向こうから誘われていると言う事になっている。こうする事で嫌そうにしていても不審がられないし、親としても喜ばしいだろう。婚約破棄するためだと知ったら、どう思われるだろうか。
 もちろん二人きりと言う訳にはいかず、アトラスはアルケイデス、シェダルは侍女を一人供として連れて来ていた。

「シェダルお嬢様付きの侍女、アンディーです。お見知り置きを」
「……」

 アルケイデスと顔を見合わせる。侍女と言う事は彼女も貴族の娘。護衛どころか足手まといにしかならない。

「お前、護衛と言う概念がないのか?」
「失礼ながら殿下、私は殿方が怖いのです。私の家でも信用できるのは、このアンディーただ一人ですわ」

 男が怖い? あれだけ大立ち回りを演じていて何が…と思うが、身の回りの事は確かに同性の方が融通が利くのかもしれない。

「それで、今日はどこに行くんだ?」
「まずは冒険者ギルドですね」

 冒険者ギルド。冒険者とはわざわざ宣言してなるものではないが、依頼を受け、クエストをクリアすれば報酬が貰えると言ったシステムは、言わば傭兵のための役所だろう。国の機関ではなく独立した組織ではあるが。
 王族がここに登録する事も、場合によってはある。適性能力の鑑定、低レベルクエストによる訓練。逆に依頼を出したりもできるのだ。

 ギルドに向かう馬車の中、アトラスはシェダルの侍女にずっと睨まれていた。と言っても面と向かってではなく、視線を感じて目を向ければ逸らされているのだが。

「何だ、おれに何か言いたい事でも」
「……いいえ、何も」

 嫌な感じだ。シェダルはそっと袖を引いてフォローしてくる。

「アンディーには殿下がこの婚約に乗り気でない事などを、話していますから」

 アルケイデスの手前なのでこの言い方になるが、要はすべて知っているのだろう。彼女等の様子にアルケイデスは目を丸くしている。

「シェダル嬢に話されたのですか、殿下」
「ああ…」
「アンディー、今は殿下も私も何もしていないわ。私たちが問題行動を起こしたら殿下が止めて下さる。そのためにこうしているのよ」
「存じております」

 シェダルが穏やかに窘めたので、アンディーは渋々と言った感じに頭を下げた。主人を大切に思っているので、王子と言えども蔑ろにした事を怒っているのだろう。言ってみれば、アトラスとアルケイデスの関係のようなものだ。しかし剣の腕で黙らせたシェダルとは違い、アンディーとどう打ち解けたものか皆目見当がつかなかった。


「着きましたよ。ここが冒険者ギルドです」

 町外れにある煉瓦造りの建物の中に、勝手知ったるとばかりに入っていくシェダル。

「お、おい! お前ここに来た事があるのか」
「…初めてですよ」

 僅かな間に、何かを隠しているのは分かったが、ここで嘘を吐く理由が分からない。とりあえず後に続くと、エントランスに置かれた複数のテーブルで、育ちの良くなさそうな男たちが席に着き、カードゲームに興じていた。少ないが女もいて、そこそこ見目は良かったが、こんなガラの悪そうな男共が誰も声をかけないのが不思議だった。

「あら、お嬢ちゃん。こんな所に何の御用?」

 受付嬢が、明らかに浮いている自分たちに気付く。と、アトラスを見て声を上げかけるが。

「しっ! 今日は社会見学と言う事で、お忍びで来ています。人数分の登録と…今日は鑑定と依頼に来ました」
「しょ、承知致しました」

 シェダルが事情を説明すると、受付嬢がコクコク頷く。顔が割れている以上、あまり忍べていない気もするが、とりあえず騒がれるのは防げた。
 受付嬢に呼ばれたギルドマスターはヘコヘコしながらも、鑑定結果と依頼用紙を差し出す。これはあくまで現時点で適性のある職業やスキルが書かれているらしいが、アトラスは剣士レベル三、アルケイデスは剣士レベル八だった。
 ちらりとシェダルの鑑定結果を横目で流し見ると、そこに書かれていた数値に仰天する。

「盗賊レベル五十八…ッ!?」

 思わず叫びかけたアトラスの口を、咄嗟にシェダルとアンディーが塞いだ。

「静かにして頂けますか? 目立ちたくないので」
「本当にこの人はどこでも足引っ張るんだから、もう…」

 そう詰られるが、どこの世界に盗賊スキルのレベルが五十超えた王子妃候補がいるんだ、と言いたい。あとアンディーが何やら聞き捨てならない事を言った。
 もがもが、と暴れると、口に少女の柔らかな手の感触が伝わり、思わず固まる。あれだけの剣捌きを見せたにしてはあり得ないほど、シェダルの手には剣ダコも何もない。やがて解放されると、鼻まで塞がれてもいないのに妙な息苦しさを覚えた。

「…ぷはっ、お前いつの間に盗賊の技術なんぞ身に付けたんだ」
「罠の解除の仕方や、ピッキングに縄術…あと幽閉された時の脱走方法などの研究ですね。冒険者のパーティーでは盗賊は重宝されますし」
「冒険者と言うか、最早盗賊団だろ…」

 もう婚約破棄された後の事を考えているシェダルに、アトラスは苦い顔をする。

(まさかそっちの訓練ばかりやって、王妃教育はどうせ無駄になるからとおざなりになってないだろうな?)

 婚約破棄が上手くいかなければ、シェダルは嫌でも王太子妃、そして王妃になるのだ。計画はさておき、やるべき事をサボろうとすれば嫌味を言いまくろうと心に決めた。
 ちなみにアンディーは隠密のスキルレベル四だった。

「東方にニンジャと言う職業があるんですけど、アンディーも訓練すればなれるかも」
「ニンジャ!? いいですね、かっこいい!」

(だからおれの前で嬉々として、国外逃亡した後の事で喜ぶなよ……)

 一国の王子として複雑な気分になっていると、アルがこっそり耳打ちしてきた。

「殿下、シェダル嬢とは一体何者なのですか」
「知らん。おれが聞きたい」

 グラキオス公爵自慢の娘らしいが、別に盗賊スキルを持ったアグレッシブさを買われてそう呼ばれている訳でもないだろう。ただの親バカだと思われるが、ならばシェダルのあのスキルはいつ磨かれてきたのか。少なくともアトラスと出会う前からでないと計算が合わない。

 得体の知れないものを感じていると、そこへギルドマスターが揉み手をしてカウンターから出てきた。

「アトラス殿下、本日の依頼についてお聞きしたいのですが、奥の部屋でよろしいでしょうか」

 冒険者ギルドへの登録はシェダルが決めた事だが、この中で一番高い地位なのはアトラスなので、マスターが代表と見なして話しかけるのも無理はない。
 とりあえず頷き、一同は用意された個室のソファに腰掛けた。

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