「わたくし惚れ薬を飲みましたので」

白羽鳥(扇つくも)

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短編

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「これから末永くよろしくお願いしますね、オンヌ様」

 熱い眼差しでしなだれかかる俺の嫁……という事になったチャーミン=グリンダ伯爵令嬢に、どうしてこうなったと思わず頭を抱えたくなった。

 俺の名はオンヌ=ガーラック。ドラゴン騎士団に所属する二十七歳の男だ。生まれは平民だが入団してから十二年、叩き上げで功績を残してきた。ここの訓練は地獄なもんで、元々器量が悪いのに加えて傷やいかつさが増した俺はすっかり女から嫌われる容貌になってしまった。
 どの程度かって? 初めて同僚に連れて行かれた娼館で、金払った相手に泣いて謝られるレベルだよ畜生。今や「王国一の醜男」なんて不名誉なあだ名まで付けられるし、まあ仕事が恋人だからモテなくとも気にしないが!

 片や、チャーミン様は俺の上司にあたる騎士団長の御息女である。初めて会った時はまだ幼く、こんな俺にも懐いてくれる様は大変愛らしくて癒されたものだが、時の流れは残酷なもの……見た目の美しさとは裏腹に、我儘で嫉妬深い傲慢姫に育ってしまった。
 もっとも、彼女には増長するのも仕方ない特別なギフトが備わっていた。それが、王国の守護神の加護である。何故王家でも神殿でもなく、伯爵家に加護が授けられるのか? 数あるこの国の謎だが、守護神様は気まぐれだからとしか答えようがない。実際、加護が発現したのも五代目ぶりという話なのだから、恐らく百年もしないうちにこの力は消えるのではないかという危惧はある。

 ともあれ、王家に嫁すには身分的にやや低いチャーミン様が王太子との婚約に至ったのは、その血を王家に取り込む事以外に、加護が宿る魔法薬を唯一調合できるからという事情があったのだ。

 王太子スピネリウス殿下は生まれつき病弱で、成人するまで生きられないと言われていた。だがチャーミン様が煎じた魔法薬を飲むようになってからはぐんぐん回復し、剣の稽古にもついていけるほどにまでなった。その出来事もまた、彼女の自負となっているのだろう。王家は自分に恩があるのだ、と。

 チャーミン様は事あるごとに、如何に自分が殿下と並ぶに相応しいかを自慢し、その他の者は蔑んだ。俺など何度ゴミクズの化け物呼ばわりされたか……本当に、殿下と婚約してから変わってしまわれた。
 神に愛され、王家に愛され、将来の夫に愛される――それはこの世の勝者とも言えるが、たとえ神が味方だろうと人の心だけは支配できないものだ。

 スピネリウス殿下は、チャーミン様を疎んじていた。確かに命の恩人ではある。だが四六時中付き纏われ、一挙手一投足全ての行動を監視するほどの溺愛ぶりはさすがにうんざりするだろう。薬の方は飲み始めて十年、そのうち三年は隣国へ留学したが、もう飲まなくても問題ないと判断されている。そうなると、残ったのは強大な力を持て余した、性格に難のある婚約者だけ。

 ……敢えて口には出さないが、この頃からチャーミン様を破滅させる機会を窺っていたのではないかと邪推してしまう。

 殿下は御学友として、隣国の神官長の娘で侯爵令嬢であるプリッカ=グリンカ様を伴い帰国された。隣国ではこちらの国教と守護神を共有し、特に神官長の家系は信仰深く、神力も強いのだとか。殿下が薬の服用を止められたのも、グリンカ侯爵令嬢の癒しの力あってのものだった。
 だからその功績を称え、我が国で『聖女』の称号を授けたいのだと。

 それを聞いた時のチャーミン様は、誰が見ても分かるほどの凄まじい嫉妬で怒り狂っていた。それはそうだろう。あくまで友人という体だが、殿下がグリンカ侯爵令嬢へ向ける眼差しは、チャーミン様への冷ややかなものとは違い熱が込められていた。しかも彼女はチャーミン様に劣るとは言え同じ守護神の力が使え、身分も申し分なく、穏やかで優しくしとやかな貴族令嬢なのだ。
 メイドの話では部屋はぐちゃぐちゃに荒らされ、下手に近付こうものなら怪我は避けられなかったと。だがある計画を閃いてからは、不気味なくらい穏やかな笑みを浮かべていた――そう、あまりにもおぞましい計画を。


 認定式のパーティー会場でチャーミン様はメイドに、グリンカ侯爵令嬢のドリンクに自作の薬を盛るよう命じた。眠気が来たら休憩室に誘導し、王国一の醜男と二人きりにして純潔を奪わせるのだと。
 王国一の醜男……つまり俺だが、確かに指定された時間に休憩室に向かうよう言われていたけれど、殿下の御学友を穢すなど、たとえ命令でも聞けるわけがない。まあさすがにそこは理解していたのか、真の目的は隠されていたが。
 ただ、良心の呵責に耐えかねたメイドが打ち明けた事で激怒した殿下は、逆にチャーミン様を嵌めてやると、預かった薬瓶の中身を全て混ぜたドリンクを、チャーミン様に手ずから渡した。殿下からの積極的な関わりが珍しかったせいか、有頂天になったチャーミン様は浮かれるあまり、欠片も疑う事なくドリンクを飲み干し……とろんと瞼が下りそうになったあたりで休憩室に放り込まれたのである。

 これは後からメイドから聞かされた事により知ったのであって、指定通りのこのこと休憩室に向かっていた俺は、直後にどんな目に遭うのか知る由もなかった。部屋にはソファに横になっていたチャーミン様ただ一人、真っ赤な顔で目を潤ませて荒い息を吐く彼女に、熱でも出たのかと近付いたところ手を掴まれ……押し倒されるはめになるなど。

 誓って俺から何かしたわけじゃない。その気になれば小娘一人など相手にもならないが、仮にも上司の娘で殿下の婚約者なのだ、触れる事そのものが暴力になりそうで、ろくに抵抗もできなかった。
 護衛を伴い部屋に踏み込んだ殿下が見たのは、半裸に剥かれた俺に馬乗りになり、激しいキスをしているチャーミン様の姿だった。

 あっという間に婚約は破棄され、チャーミン様は一旦投獄された。殿下の御学友に危害を加えようとした罪で、貴族籍を剥奪の上追放されてもおかしくなかったが、下手に処罰などしては守護神の怒りを買う恐れもある。

「では、奴の望み通りこやつと結婚させるのが良いだろう。あの傲慢女が私ではなく王国一の醜男と夫婦になるなど、薬の効果が切れた時が見ものだ」

 今までの恨みからか、そう言い渡した殿下は口元を歪ませて嘲笑った。チャーミン様の望みとは、一時的に入った獄中でそう喚いていたらしい。「オンヌ様と結ばれないのなら、いっそ殺して!」と……恐ろしいほどの効きっぷりだ。たまたま同じ部屋に居ただけの俺に惚れて襲い掛かるなど、グリンカ侯爵令嬢が薬を飲んでいたらどうなっていたか。

 その後、王太子殿下と無事聖女認定された侯爵令嬢との新たな婚約は電光石火の速さで結ばれ、同時期に俺はチャーミン様との結婚が決まってしまった……一応被害者である俺の意向を一切無視して。

「バカ娘を押し付けてしまい、本当にすまない。せめて出来る限り不自由のない生活を約束する」

 唯一、俺の人権を慮ってくれた団長はげっそりした様子で謝罪してくれたが、この人自身は何も悪くないのが不憫で文句も言えなかった。俺の醜さは最早人間のものではなく、自業自得で破滅した悪女を嘲笑するための罰ゲーム扱いなのだろう。同僚からも、団長の愛娘は顔だけは良いんだから、好き放題できるのは役得じゃないかなど、どちらにも失礼な暴言を吐かれたし。

 俺たちは与えられた男爵領にある小さな教会でひっそり式を挙げた後、団長が用意してくれた屋敷で新婚生活をスタートさせた。チャーミン様はゴミ呼ばわりがなかったかのように全身で愛を伝えてくる。朝も昼も夜も俺の後を嬉しそうについてくる様子は、十年以上前の彼女を彷彿とさせた。

 だが決して忘れてはいけない。チャーミン様の今の振る舞いは惚れ薬を飲んだからこそで、本当に愛しているのは殿下なのだと。薬の効果が切れた瞬間、彼女は発狂して俺を殺すだろう……その時は素直に殺されてやろうと心に決めつつ、俺は求められるままに妻を抱きしめた。


 何だかんだで一年が経ち、スピネリウス殿下とグリンカ侯爵令嬢プリッカ様の婚礼式典当日。今なお惚れ薬の効果が持続しているのか、エスコートした腕にうっとりと絡みつく妻は相変わらずで、美女と野獣だのバカップルだのありがたくない揶揄をされつつも何事もなく過ごした。

 事態が急変したのは、その翌朝の事だった。

 初夜を迎えた殿下が吐血し倒れたと、王宮は蜂の巣をつついたような騒ぎになり、国中から優秀な医者が集められた。そして殿下の容態を診断したところ――生まれつきの難病だという結果が出た。どうやら病気そのものが完治したのではなく、神力によって症状が抑えられていたらしい。

 チャーミン様やプリッカ様を通じた、守護神の力。

 プリッカ様は確かに啓蒙な信徒であり、日常的に神力が備わりやすい環境だったのだろう。だがそれでも、神の愛し子は桁違いに特別な存在なのだ。身分や性格の善し悪しに関係なく、ただ神の気まぐれがそこにはあった。
 病状を食い止めるのも限界だったプリッカ様に助力を乞われ、俺は妻と共に城へ参上した。殿下が服用されていた薬の配合に何が要るのかは、チャーミン様しか知らない。たとえ自分を陥れようとして自滅した恋敵であっても、頭を下げて縋るしかないと判断されたようだった。

「調合レシピを作ってお渡しする事は可能ですが」

 かつて愛した元婚約者が死にかけているというのに、妻の反応は淡白なものだった。

「魔法薬はプリッカ様御自身に作っていただかないと意味がないですよ」
「それは、どういう……」
「材料は既存の薬草なので揃えるのは難しくありません。ただ煎じる際に必須なのが守護神の加護、そして対象者への愛です」

 愛!?
 妻の言葉にその場がどよめく。かつてチャーミン様は、その能力を見込まれて殿下と婚約したのだから、加護が必要なのは分かるのだが……

「その……私ではガーラック男爵夫人ほど神の力を引き出せるかは自信がありません。今回もあなたに作っていただくわけにはいかないのでしょうか?」
「誠に残念なのですが、わたくし惚れ薬を飲みましたので。今愛しているのは、夫のオンヌ様ただ一人です」

 その答えは、殿下は助けられないという明確な拒絶だった。通常であれば不敬だと処罰されそうではあるが、妻の中に殿下への愛情がなければどのみち効果はないとの事だ。
 プリッカ様がわっと泣き出し、家臣たちの間に何とも言えない空気が漂う。そこにある感情は、何故か俺には後悔のように思えた。プリッカ様を嵌めようとして作った惚れ薬を飲んだのは、チャーミン様の自業自得ではあるのだが……
 腑に落ちないと感じつつも、これ以上力になれないので俺たちはその場から退室し、領地へと戻った。

 道中の馬車に揺られながら、妻はうっそりと笑う。

「王太子妃殿下の信心深さは神も認めるところですから、殿下の御体も二、三年は持つでしょう。その間にどうにか頑張って、お世継ぎを残さなくてはなりませんね」

 そんな他人事のように不謹慎な物言いを窘めようとして、だが妻は惚れ薬を飲んだからこうなっているのだと思い直し――ふと気になった事を聞いてみる。

「あれで諦めたとも思えないが、もし……解毒薬を飲んででも再び殿下を愛せと命じられたら、どうする?」

 我ながら意地の悪い質問だという自覚はある。巻き込まれた腹立たしさはあったものの、十年前の無邪気に懐いてくれた思い出と、ここ一年の甘い新婚生活に、どうやら情が湧いてしまっていたようだ。
 俺からの問いに、妻は意味が分からないとばかりにきょとんとした。

「解毒が必要な異常などないのですから、飲んだところで変わりませんよ」
「何? ……だが、現に惚れ薬を飲んだと分かっているじゃないか。お前が本当に好きなのは……」
「ええ。そう仕向けた人たちは、ちゃんと分かってらっしゃいますよ。真実の愛が誰なのかを」

 そう言って腹にそっと手を添える仕種に、もしかして自分はずっと思い違いをしていたのではないかと気付いた。そして自惚れでなければ、帰還後に愛する妻から何を報告されるのかも。

 殿下は傲慢な婚約者チャーミン様を破滅させるため、彼女の計画を逆手に取って惚れ薬を飲ませたはずだった。けれどその後の成り行きも含めて、最初からチャーミン様の手の平の上だったのかもしれない。


【終】
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