46 / 112
呪われた伯爵編
婚約者でよかった
しおりを挟む
膠着状態が続くと思われたが、先に目を逸らしたのは殿下の方だった。
「その騎士気取りも、いつまで持つかな。まあ、傷物だろうと罪人だろうと、伯爵家にとっては貴重な『女』だ。丁重に持て成したいのなら好きにしろ」
そう言ってさっさと席を立つ殿下の後ろを、金魚の糞の如くついて行く義弟。ちらりとアステル様を見遣り、「醜いって損だよな。義姉上なんかのために必死になって」と呟いた時は足を踏んでやろうかと思った。やらないけど。
他のクラス委員たちもチラチラ見ながら退席する中、とうとう会議室は二人きりになってしまった。
「アステル様!」
「待った、ここでは僕らは他人なんだ。できるだけ距離は置いた方がいい」
駆け寄ろうとするあたしを、アステル様は制する。そうだ、いくら大丈夫だと思っても、誰が見聞きしているか分からないのだ。本当に二人きりになれるのは、図書室に造られた魔法の空間の中だけ。
だけど今、どうしても言いたくて、耳に顔を寄せ小声で囁く。
「あたしのせいで、目立つような事になってごめんなさい」
「遅かれ早かれこうなっていた事だ。それに、やられっぱなしは癪だろう? どうせならうんと幸せな姿を見せ付けてやろう」
ぱっと顔を上げてアステル様を見ると、またパカッとウィンクをされた。その音、どうにかならないのかしら。
「もうそのマスクには、魔法はかかっていないのですよね」
「伯爵領に戻った時にでも、また作ってもらえばいいさ。そうだ、リジー用にドレスも仕立てないとな」
あ、あたしのドレス?? 一応、両親が用意してくれる事になってるけど。もちろん、公爵家にいた頃に着せられていたようなのは期待していない。過度な贅沢は控えるべきだ。
そう告げると、アステル様は周囲に誰もいない事を確認し、小声で返した。
「婚約者なんだから、贈らせて欲しい。寸法だけ測っておいてもらえれば、伯爵家で用意させるから」
さっきから気になっていたけど、あの厳しい環境にそんなに職人が住んでいるのだろうか?
「それなら、まあ……町へ下りた時にでも、型紙を作ってもらってお渡しします」
「うん、楽しみにしていて」
何だかその声が弾んでいたので、あたしも遠慮なくその厚意を受け取る事にした。最後に教室を出る際、あたしは手を伸ばしてアステル様の指をそっと握る。驚いて息を飲む気配がした。
「リジー?」
「さっきは、ありがとうございました。殿下にああ言っていただけて……」
「君が気にする事じゃないさ、あれは自分のためだもの」
「ええ、でも……今となっては殿下に感謝しているんです。あなたの婚約者になれて、よかった」
それだけ言うと、アステル様の脇をすり抜け、やや小走りでその場を後にした。お礼のつもりが余計な事まで口走ったおかげで、急に照れ臭くなったのだ。
「その騎士気取りも、いつまで持つかな。まあ、傷物だろうと罪人だろうと、伯爵家にとっては貴重な『女』だ。丁重に持て成したいのなら好きにしろ」
そう言ってさっさと席を立つ殿下の後ろを、金魚の糞の如くついて行く義弟。ちらりとアステル様を見遣り、「醜いって損だよな。義姉上なんかのために必死になって」と呟いた時は足を踏んでやろうかと思った。やらないけど。
他のクラス委員たちもチラチラ見ながら退席する中、とうとう会議室は二人きりになってしまった。
「アステル様!」
「待った、ここでは僕らは他人なんだ。できるだけ距離は置いた方がいい」
駆け寄ろうとするあたしを、アステル様は制する。そうだ、いくら大丈夫だと思っても、誰が見聞きしているか分からないのだ。本当に二人きりになれるのは、図書室に造られた魔法の空間の中だけ。
だけど今、どうしても言いたくて、耳に顔を寄せ小声で囁く。
「あたしのせいで、目立つような事になってごめんなさい」
「遅かれ早かれこうなっていた事だ。それに、やられっぱなしは癪だろう? どうせならうんと幸せな姿を見せ付けてやろう」
ぱっと顔を上げてアステル様を見ると、またパカッとウィンクをされた。その音、どうにかならないのかしら。
「もうそのマスクには、魔法はかかっていないのですよね」
「伯爵領に戻った時にでも、また作ってもらえばいいさ。そうだ、リジー用にドレスも仕立てないとな」
あ、あたしのドレス?? 一応、両親が用意してくれる事になってるけど。もちろん、公爵家にいた頃に着せられていたようなのは期待していない。過度な贅沢は控えるべきだ。
そう告げると、アステル様は周囲に誰もいない事を確認し、小声で返した。
「婚約者なんだから、贈らせて欲しい。寸法だけ測っておいてもらえれば、伯爵家で用意させるから」
さっきから気になっていたけど、あの厳しい環境にそんなに職人が住んでいるのだろうか?
「それなら、まあ……町へ下りた時にでも、型紙を作ってもらってお渡しします」
「うん、楽しみにしていて」
何だかその声が弾んでいたので、あたしも遠慮なくその厚意を受け取る事にした。最後に教室を出る際、あたしは手を伸ばしてアステル様の指をそっと握る。驚いて息を飲む気配がした。
「リジー?」
「さっきは、ありがとうございました。殿下にああ言っていただけて……」
「君が気にする事じゃないさ、あれは自分のためだもの」
「ええ、でも……今となっては殿下に感謝しているんです。あなたの婚約者になれて、よかった」
それだけ言うと、アステル様の脇をすり抜け、やや小走りでその場を後にした。お礼のつもりが余計な事まで口走ったおかげで、急に照れ臭くなったのだ。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。
パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。
将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。
平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。
根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。
その突然の失踪に、大騒ぎ。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
9時から5時まで悪役令嬢
西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」
婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。
ならば私は願い通りに動くのをやめよう。
学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで
昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。
さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。
どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。
卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ?
なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか?
嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。
今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。
冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。
☆別サイトにも掲載しています。
※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。
これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる