婚約破棄されるらしいので、返り討ちにしてみた結果

森島菫

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第二章 証拠集めは入念に

第十話 見られてしまいました

 クレイグ殿下との婚約を破棄すると決意した翌日。私は早速、証拠集めに取り掛かった。

 この世界には前世のようにカメラやボイスレコーダーといった機械は無い。
 そのため、聞き取り調査や物的証拠が主に必要になる。
 どれほど多くの証拠が集められるか分からないが、とにかく地道にやるしかない。

 私は今日も、殿下の様子を観察してみることにした。

「今日は、その、あれだ」

 例によってサロンでお茶をしている時、殿下はそう切り出した。

「あれ、とは何でしょうか」
「ええと……そうだ、母上と茶を飲む約束をしていて」

 頼まれ事が増えた時期から雑な言い訳になったとは思っていたが、最近の殿下は言い訳をしようと頭の中で考えていることまで口に出るようになった。

 今回など、小さく「そうだ」と言ってしまっている。今思い付きました感が甚だしい。
 数年前は、言いくるめていると知っている私ですら本当のことだと思い込んでしまいそうになるくらい、上手に口がまわっていたのだけれど。

 雑で良いと思い過ぎているのだろう。
 それでもこちらとしては口を滑らせてもらった方が、証拠を集めやすくなるので好都合だ。

 というか、何だろう。
 最近の殿下は段々馬鹿に──じゃなくて、頭が緩くなっている気がする。

 ……「頭が緩くなっている」って言うのもちょっとアウトか。
 言葉にしたら不敬罪ね。危ない危ない、気を付けないと。
 思っているだけでも良くないのよ。そのうち殿下みたいに口に出ちゃうから。
 私の場合は、間違え続けたら首が飛ぶ。
 死刑の執行方法は乙女ゲームでは描写されていなかったけれど。

 そんなことを思いながら、帰る支度を終えた殿下を見送る。

 ……さて、尾行してみるかな。

 私は空になったティーカップをテーブルの上に置き、鞄を持ってサロンを後にする。
 さりげなく辺りに目をやると、少し離れた場所で金髪の王子の姿を見つけた。
 彼が向かった先は、校舎裏だ。

 校舎裏は校舎内や校庭、中庭などと違い、人の通りはあまり無い。
 人が来るとしても、職員の方々がゴミ袋をゴミ捨て場へ捨てるか、小さな花壇の水やりをするぐらいだ。

 今はすでに日が傾き始めており、帰る生徒もたくさんいる。
 この時間ならば尚更人は来ないだろう。

 これは怪しい。

 すると、殿下は校舎裏にある水汲み場の裏手へと回った。
 水汲み場はレンガ造りの建物で、出入りがしやすいように扉はない。
 そのため、向こう側の様子はよく見える。
 私は柱の裏に隠れ、彼の様子を窺うことにした。

 彼は数メートル先まで歩き、立ち止まる。すると、声が聞こえてきた。

「すまない、待ったか?」
「いいえ、クレイグ様。私も先程着いたところですわ」

 そこにいたのは、思った通りカミラ様だ。
 二人は並んでベンチに腰をおろした。
 密会だ。こんなところでも会っているのかと驚きつつ、私は制服のポケットからメモ帳を取り出した。

 このメモ帳は、殿下の浮気の記録をしておこうと思い、日付や時間、場所などを記すために用意したものだ。
 後から見返して密会の傾向を掴めたり、婚約破棄の際に使えたりするかもしれないと考え、昨日準備しておいた。

 メモ帳にさっと書き込み、再び彼らの様子を窺う。

 しばらく二人は談笑でもしているらしかったが、ふとよく見ると殿下がカミラ様の顔に手を添えている。
 そしてそのまま、彼はカミラ様に口付けをした。

「うわあ……せめて婚約破棄してからにしなよ」

 思わず虫を見るような目で本音を吐いてしまう。

 婚約当初から殿下に恋愛感情は無かったため、そういう身体的な接触を彼としたことはないし、したいとも思わない。

 非難しているのは私へ愛を向けて欲しいからでは無く、周囲に彼らの関係性が明るみになった時、私に迷惑をかけられたら溜まったものではないからだ。

 いくら校舎裏とは言え、誰も来ないという保証は無い。
 そんな私の憂慮など、向こうは知らないのだろう。
 知っていたら、こんな場所であんなに何度も口付けなどしないはずだ。

「というか何で見たくもない、他人のキスシーンを見なきゃいけないのよ」

 恋愛ドラマじゃあるまいし。

「ほんとだよね」

 ……ん?

 ふいに隣から、聞こえてくるはずのない声が聞こえた。
 ここは校舎裏。しかも皆が帰り始める時間だ。

 はっとして横を向くと、そこにはある人物が立っていた。

「……っ!?」

 驚きのあまり大きな声を出してしまいそうになり、慌てて口を押さえる。
 そして私は、彼に向かって恐る恐る口を開いた。

「……ご、ごきげんよう」
「やあ」

 若干声が震えたが、彼はそんな私には言及せず口を開く。

「面白そうなことしてるね?」

 彼はにこにこと笑いながら、私の目を見つめた。
 まさか、こんなところに人が、しかもがいるとは思ってもみなかった。

 厄介な場面を見られたわね、と思いながら、私は長い溜め息をついた。
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