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プロローグ
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水篠怜奈は、言ってしまえば箱入り娘だった。
別段大金持ちの深窓の令嬢だとか、病床に伏す娘というわけでも、高い身分の娘というわけでもない。
唯々、普通の家庭の中では多分中くらいで特に大きなしがらみがあるような家でもなく、本当に一般家庭。
一人っ子だからか、それとも元々の性格なのかあまり男の子と関わるようなこともなく高校で女子高に進学を決めたのが最後の決め手だったのだと思う。
結局エスカレーター式に、というよりかは状態化しているような女子高から女子大への進学を進め社会に出たのだ。
いつか小説や漫画なんかで見るような恋愛をしてみるのかなんて、異性との関りもなくても思うことはあった。
「付きあってください!」
だから、この突飛な告白を受け入れた。
社会人になって二年目の懇親会。
そこで、上気した顔でグラス片手に告白してきたのは部署違いの同い年の矢内竜也だった。
記憶に薄かった顔だったが、それもそのはずで碌にあったことはない。
会社にもよるとは思うが部署の違いというのは同年代でも大きいもので、学校でいえば他クラスみたいなそんな距離感なのだ。
だから彼も、新人研修の時に周りと一緒に連絡先を交換こそしたがそれからのやり取りなんて碌になく、今連絡先が残っているかと言われても、それが今の彼の連絡先なのかの自信はない。
言ってしまえばかなり他人に近い。
ただ、酒のある席でみんなの前で言われたために、同僚の女性陣や上司たちの煽りもあって、気づけば
「よ、よろしくお願いします」
自分の思い描いたことのあるような告白劇とは180度違うような勢い任せのこの告白に、オッケーを返していた。
冷静に考えれば、この返事に気持ちなんてなかったのだ。
流れで付き合いだしてからの思い出といえば、定期的に体を重ねていたことぐらい。
定期的といっても相手が好きな時に求めてきて、それにこたえる程度。
快感なんて碌にない。多分身体的なのはあった気がするがなんというか実感としてわかなかった。
デートというデートだって行ったことはない。
ネットの特集を見て望んでみたことだって何回かはある。
遠くは無理でも近場でと思って考えたことはある。
でもいつも「忙しい」、「そんなのいきたいの?」
そんな感じにあしらわれてしまえばそこまでだった。
それこそ、何かに惹かれて告白を受け入れたわけでもなければ、恋愛経験皆無でそういった男女の関係に疎い怜奈は、それが正しい男女の付き合いなのだと思うしかなかった。
そんな中でも付き合った人とは結婚するもの。
なんとなく自分の中でそう結論付けていた、25歳の秋。
気づけば結婚していた。
どんな流れで結婚となったのかも朧げだが、確かに結婚をしたのだ。
ただそんな結婚生活は決してうまくいくことはなかった。
――――――
「あの、今日の帰りは?」
「あ?.....残業だよ」
「わかりました」
「っとにうるせぇな」
機嫌が悪そうに玄関から一足早めに出ていく彼を見送っても、『いってきます』の挨拶もない。
苛立ちと一緒に大きな音を立てて閉まるドアを、こんなに静かに見送るのはもう何か月になるだろう。
―ー結婚で何か変わると思ったのに。
「......浮気」
彼が何をしているのかは知っている。
部署が違えどまだ私は会社を辞めていないのだから、その彼が本当に残業をしているのかも何時出社しているのかも簡単に知ることができる。
それこそ、彼の相手がまさかの同じ会社の私の部下だっていうことも。
知ったのはもう二か月ほど前。
ちょっとした用事で家庭のことではあるが、部署に残っていれば相談をしに行こうと会社を歩いているときにその現場を見た。
ただそんなことを誰に相談すればいいのかわからない。
それこそ頭の中では未だに見間違いや、質の悪い勘違いであってほしいとさえ思う。
だから同僚や身近な人たちが私のもとへ来てくれれば、それとなく嘘を交えて見せるがそれどまり。
私が結婚するといったとき、あんなにも泣いて喜んでくれた両親に浮気されているなんて言えるわけがない。
——だれにも頼れない。
だから私は今日も、
「行ってきます」
返事のない我が家に声を投げかけるしかないのだ。
――――――――
「おい? 飯は?」
「すいません、今帰ってきたので」
「あっそ...」
「風呂は?」
「えっと、まだ」
「...使えな」
「ごみ捨て、お願いしても...」
「なんでいかなきゃいけないんだよ。 お前の仕事だろ」
「...はい」
きっと亭主関白というものなのだろう。
帰ってきたばかりの私に声をかけても、ご飯が用意できているわけがないのだが準備をしていない自分が悪いのだろう。
お風呂だって、私が帰ってきたばかりで入っているわけもない。
軽く浴槽を洗ってボタン一つだが、それもきっと私がやらなくてはいけなくて、ごみ捨てだって凄く重い日があっても妻の仕事なのだろう。
買い出しだって、お弁当作りだって色々と頑張っていたはずなのだが、
「あ♡ あん! 」
「.....かわいいよ」
男性は喜ぶのかもしれないが、今の状況では気持ち悪さしか感じない喘ぎ声に、全身に嫌悪感を持たせる自分の夫の甘い言葉。
どうしてこうなってしまったんだろう。
今日は外回りだった。
外回りでちょうど昼頃に自宅の傍に来れたから、お家でご飯を食べようと思ったのだ。
鍵を回したのかどうかはいまいち覚えていないが、家に入ると寝室から物音がした。
泥棒、そう思って携帯を握りしめておそるおそる玄関を閉めようとしたとき、見慣れない靴が一足。
そして、旦那の靴が一足あった。
先日から出張と聞いていたはずなのにあったそれに、思考は嫌に鮮明になり、静かに足を運んだ。
油断しているからか、開け放たれたままの扉からは愛し合う二人の姿が、
何かが頭の中で切れたような、そんな感情に支配されたとき、いつの間にか握りしめていた『異世界転生券』を破り捨てていた。
別段大金持ちの深窓の令嬢だとか、病床に伏す娘というわけでも、高い身分の娘というわけでもない。
唯々、普通の家庭の中では多分中くらいで特に大きなしがらみがあるような家でもなく、本当に一般家庭。
一人っ子だからか、それとも元々の性格なのかあまり男の子と関わるようなこともなく高校で女子高に進学を決めたのが最後の決め手だったのだと思う。
結局エスカレーター式に、というよりかは状態化しているような女子高から女子大への進学を進め社会に出たのだ。
いつか小説や漫画なんかで見るような恋愛をしてみるのかなんて、異性との関りもなくても思うことはあった。
「付きあってください!」
だから、この突飛な告白を受け入れた。
社会人になって二年目の懇親会。
そこで、上気した顔でグラス片手に告白してきたのは部署違いの同い年の矢内竜也だった。
記憶に薄かった顔だったが、それもそのはずで碌にあったことはない。
会社にもよるとは思うが部署の違いというのは同年代でも大きいもので、学校でいえば他クラスみたいなそんな距離感なのだ。
だから彼も、新人研修の時に周りと一緒に連絡先を交換こそしたがそれからのやり取りなんて碌になく、今連絡先が残っているかと言われても、それが今の彼の連絡先なのかの自信はない。
言ってしまえばかなり他人に近い。
ただ、酒のある席でみんなの前で言われたために、同僚の女性陣や上司たちの煽りもあって、気づけば
「よ、よろしくお願いします」
自分の思い描いたことのあるような告白劇とは180度違うような勢い任せのこの告白に、オッケーを返していた。
冷静に考えれば、この返事に気持ちなんてなかったのだ。
流れで付き合いだしてからの思い出といえば、定期的に体を重ねていたことぐらい。
定期的といっても相手が好きな時に求めてきて、それにこたえる程度。
快感なんて碌にない。多分身体的なのはあった気がするがなんというか実感としてわかなかった。
デートというデートだって行ったことはない。
ネットの特集を見て望んでみたことだって何回かはある。
遠くは無理でも近場でと思って考えたことはある。
でもいつも「忙しい」、「そんなのいきたいの?」
そんな感じにあしらわれてしまえばそこまでだった。
それこそ、何かに惹かれて告白を受け入れたわけでもなければ、恋愛経験皆無でそういった男女の関係に疎い怜奈は、それが正しい男女の付き合いなのだと思うしかなかった。
そんな中でも付き合った人とは結婚するもの。
なんとなく自分の中でそう結論付けていた、25歳の秋。
気づけば結婚していた。
どんな流れで結婚となったのかも朧げだが、確かに結婚をしたのだ。
ただそんな結婚生活は決してうまくいくことはなかった。
――――――
「あの、今日の帰りは?」
「あ?.....残業だよ」
「わかりました」
「っとにうるせぇな」
機嫌が悪そうに玄関から一足早めに出ていく彼を見送っても、『いってきます』の挨拶もない。
苛立ちと一緒に大きな音を立てて閉まるドアを、こんなに静かに見送るのはもう何か月になるだろう。
―ー結婚で何か変わると思ったのに。
「......浮気」
彼が何をしているのかは知っている。
部署が違えどまだ私は会社を辞めていないのだから、その彼が本当に残業をしているのかも何時出社しているのかも簡単に知ることができる。
それこそ、彼の相手がまさかの同じ会社の私の部下だっていうことも。
知ったのはもう二か月ほど前。
ちょっとした用事で家庭のことではあるが、部署に残っていれば相談をしに行こうと会社を歩いているときにその現場を見た。
ただそんなことを誰に相談すればいいのかわからない。
それこそ頭の中では未だに見間違いや、質の悪い勘違いであってほしいとさえ思う。
だから同僚や身近な人たちが私のもとへ来てくれれば、それとなく嘘を交えて見せるがそれどまり。
私が結婚するといったとき、あんなにも泣いて喜んでくれた両親に浮気されているなんて言えるわけがない。
——だれにも頼れない。
だから私は今日も、
「行ってきます」
返事のない我が家に声を投げかけるしかないのだ。
――――――――
「おい? 飯は?」
「すいません、今帰ってきたので」
「あっそ...」
「風呂は?」
「えっと、まだ」
「...使えな」
「ごみ捨て、お願いしても...」
「なんでいかなきゃいけないんだよ。 お前の仕事だろ」
「...はい」
きっと亭主関白というものなのだろう。
帰ってきたばかりの私に声をかけても、ご飯が用意できているわけがないのだが準備をしていない自分が悪いのだろう。
お風呂だって、私が帰ってきたばかりで入っているわけもない。
軽く浴槽を洗ってボタン一つだが、それもきっと私がやらなくてはいけなくて、ごみ捨てだって凄く重い日があっても妻の仕事なのだろう。
買い出しだって、お弁当作りだって色々と頑張っていたはずなのだが、
「あ♡ あん! 」
「.....かわいいよ」
男性は喜ぶのかもしれないが、今の状況では気持ち悪さしか感じない喘ぎ声に、全身に嫌悪感を持たせる自分の夫の甘い言葉。
どうしてこうなってしまったんだろう。
今日は外回りだった。
外回りでちょうど昼頃に自宅の傍に来れたから、お家でご飯を食べようと思ったのだ。
鍵を回したのかどうかはいまいち覚えていないが、家に入ると寝室から物音がした。
泥棒、そう思って携帯を握りしめておそるおそる玄関を閉めようとしたとき、見慣れない靴が一足。
そして、旦那の靴が一足あった。
先日から出張と聞いていたはずなのにあったそれに、思考は嫌に鮮明になり、静かに足を運んだ。
油断しているからか、開け放たれたままの扉からは愛し合う二人の姿が、
何かが頭の中で切れたような、そんな感情に支配されたとき、いつの間にか握りしめていた『異世界転生券』を破り捨てていた。
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