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第九話
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『リゲル、君に任務を与えよう』
淡々とした口調で響く、低い女性の声。
それは騎士団の落ちこぼれであるリゲルを掬い上げるためだったのか、それとも役に立たないから厄介払いと同義だったのか。
『東の王国の聖女について調査し、詳細を報告せよ。期間は3年。本来、君の出自を考えればこのような命令が相応しくないのは理解している。しかし、これは騎士議会の決定である。受けてくれるね?』
「承服しました。団長」
リゲルは答えた。そこに異議は無く、意志は無く、意地も無く、ともすれば意義すら無いように思えた。
虚な目で返答するリゲルの姿を、騎士団長はどのような表情で見つめていたのか。
団長室の窓から差し込む何の変哲もない陽の光を、鈍く反射する鉄仮面をかぶった団長の姿からは、感情の片鱗すら掴むことができなかった。
『路銀や国境超えの手配はすべて我々が進める。出立は4日後。宿舎の荷物をまとめておきたまえ』
「承服しました」
『ああ、それから、君の血筋のせいだね、その、無意味に目立つソレを………」
団長の手がリゲルの顔に伸びる。鉄製の甲冑をつけた、光を冷たく反射するその手。
突然、時間の流れが遅くなったかのように、手のひらが視界をゆっくりと覆いーー
「リゲルさん?」
「へゃい!?」
ソフィアの呼び掛けに、リゲルは思わず素っ頓狂な声を上げた。
何度か瞬きをしながら改めて確認した彼女の顔は、少々困っているように見えた。
「何かあった…?」
「いえいえ、ごめんなさい!ぼーっとしてしまって!!えへへ」
リゲルは両手を振りながら作り笑いで取り繕う。
(いけない、つい考えごとをしてしまった。
いやだなあ、団長のことなんて思い出したくないのに…。)
リゲルが小さくため息をついている間に、ソフィアは踵を返し道を進んでいた。
「ああ、なんて素敵な街並み…」
ソフィアは、商店が立ち並ぶ街一番の大通りをゆっくりと進みながら、ところどころで小さな歓声を上げていた。
城下町は今日も変わらず賑わっているが、それが当たり前の風景だということを彼女は知らない。
街の様子を目にするのは、故郷から城にやってきたあの日以来のことだった。
そんなソフィアの様子を見たリゲルは、軽くかぶりを振ると、満更でもない表情を浮かべた。どこか自慢げですらある。
リゲルは、声には出さず、頭の中で言葉を並べる。
(ふっふっふっ、我ながら凄いことをしているんじゃないか…!カインス様がいないうちにソフィアさんを街に連れ出すなんて。
あんなところに閉じ込めておくなんて不健全だよ、ソフィアさんだっていつか身体を壊してしまいそう…うわー想像するだけでハラハラする!)
「リゲルさん、さっきからどうしたの? その…表情が…」
「えっ? あ、あれ!? そんな変な顔してたかなボク!?ご、ごめんなさい!へへへ…」
再びソフィアに話しかけられ、リゲルは両手を振って無理やり笑顔を作った。先ほどとまったく同じしぐさだ。
こんなやり取りを繰り返しても意味がない。さっさと進まなきゃ。リゲルは何度か瞬きをしてから前を向く。
カインスの不在。それは多くの人にとってチャンスとなっていた。
ここぞとばかりにダラダラと過ごす兵士もいれば、おしゃべりが止まらない侍女たちもいた。
特に仕事の手を抜くわけではないが、良い意味で緊張感が抜けている。
そんなチャンスを最大限に利用するため、リゲルはソフィアを連れ出したのだった。
1日中図書室にこもっているだけの自分もどうかとは思うが、それでも彼女には明るくいてほしい。
それに、一応、母国への報告にもなる。聖女の何たるかを調査せよとは団長の言葉だが、こうして街を歩いている彼女は周りの人たちと何ら変わらない、普通の女性だ。
(これって、デートってことでいいのかな)
急によこしまな考えが浮かんだが、それを頭から追い出すようにリゲルは小走りでソフィアの隣に進んだ。
「リゲルさんは、このあたりでお買い物をしたりするの?」
「はい、そうです! ボクは…ほら、あの通りをしばらく歩いたところにあるアパートに住んでるので」
「そうだったのね! 一度お部屋にうかがってみたいわ」
「え!? あ、いやー、あまり掃除が得意じゃなくて…」
「ふふ、リゲルさんのこと、実はあんまり知らないから、こうやって教えてもらえると嬉しいわ」
そんな話をしているうちに商店の中ほどまで進んだ。そこには円形の広場があり、多くの住民が憩いの時間を過ごしている。
ソフィアの出で立ちは目立つのか、多くの人がこちらを見てくる。
ふと、一人の老人が話しかけてきた。
「もしかして、あんたが聖女さんかい?噂は聞いてるよ」
「え? はい、私は聖女ソフィアです。あの、噂って…?」
話を聞いてみると、街の人たちは聖女が城に来たことを知っており、一度心優しい聖女に会ってみたいと思っている人が多いようだ。噂の出どころは城の侍女。どうやら噂話は止めようがないらしい。
「それにしても、聖女という言葉を聞くのは久しぶりだねえ」
「そうなんですか?」
老人のぼやきのようなひとことにリゲルが反応する。
「昔は良く話があったものさ、亡くなった王妃様が聖女様だったって」
「えっ!?」
老人は何気なく言ったつもりだろう。しかしその言葉にソフィアもリゲルも思わず声を上げた。
そんな様子が気になったのか、近くにいた別の老婆が話に入ってきた。
「おや、あんたたちは知らないのかい? まあ無理もないか…王妃様がなくなっちまって、ずいぶん経つものねえ。ほら、カインス様のお母様だよ」
淡々とした口調で響く、低い女性の声。
それは騎士団の落ちこぼれであるリゲルを掬い上げるためだったのか、それとも役に立たないから厄介払いと同義だったのか。
『東の王国の聖女について調査し、詳細を報告せよ。期間は3年。本来、君の出自を考えればこのような命令が相応しくないのは理解している。しかし、これは騎士議会の決定である。受けてくれるね?』
「承服しました。団長」
リゲルは答えた。そこに異議は無く、意志は無く、意地も無く、ともすれば意義すら無いように思えた。
虚な目で返答するリゲルの姿を、騎士団長はどのような表情で見つめていたのか。
団長室の窓から差し込む何の変哲もない陽の光を、鈍く反射する鉄仮面をかぶった団長の姿からは、感情の片鱗すら掴むことができなかった。
『路銀や国境超えの手配はすべて我々が進める。出立は4日後。宿舎の荷物をまとめておきたまえ』
「承服しました」
『ああ、それから、君の血筋のせいだね、その、無意味に目立つソレを………」
団長の手がリゲルの顔に伸びる。鉄製の甲冑をつけた、光を冷たく反射するその手。
突然、時間の流れが遅くなったかのように、手のひらが視界をゆっくりと覆いーー
「リゲルさん?」
「へゃい!?」
ソフィアの呼び掛けに、リゲルは思わず素っ頓狂な声を上げた。
何度か瞬きをしながら改めて確認した彼女の顔は、少々困っているように見えた。
「何かあった…?」
「いえいえ、ごめんなさい!ぼーっとしてしまって!!えへへ」
リゲルは両手を振りながら作り笑いで取り繕う。
(いけない、つい考えごとをしてしまった。
いやだなあ、団長のことなんて思い出したくないのに…。)
リゲルが小さくため息をついている間に、ソフィアは踵を返し道を進んでいた。
「ああ、なんて素敵な街並み…」
ソフィアは、商店が立ち並ぶ街一番の大通りをゆっくりと進みながら、ところどころで小さな歓声を上げていた。
城下町は今日も変わらず賑わっているが、それが当たり前の風景だということを彼女は知らない。
街の様子を目にするのは、故郷から城にやってきたあの日以来のことだった。
そんなソフィアの様子を見たリゲルは、軽くかぶりを振ると、満更でもない表情を浮かべた。どこか自慢げですらある。
リゲルは、声には出さず、頭の中で言葉を並べる。
(ふっふっふっ、我ながら凄いことをしているんじゃないか…!カインス様がいないうちにソフィアさんを街に連れ出すなんて。
あんなところに閉じ込めておくなんて不健全だよ、ソフィアさんだっていつか身体を壊してしまいそう…うわー想像するだけでハラハラする!)
「リゲルさん、さっきからどうしたの? その…表情が…」
「えっ? あ、あれ!? そんな変な顔してたかなボク!?ご、ごめんなさい!へへへ…」
再びソフィアに話しかけられ、リゲルは両手を振って無理やり笑顔を作った。先ほどとまったく同じしぐさだ。
こんなやり取りを繰り返しても意味がない。さっさと進まなきゃ。リゲルは何度か瞬きをしてから前を向く。
カインスの不在。それは多くの人にとってチャンスとなっていた。
ここぞとばかりにダラダラと過ごす兵士もいれば、おしゃべりが止まらない侍女たちもいた。
特に仕事の手を抜くわけではないが、良い意味で緊張感が抜けている。
そんなチャンスを最大限に利用するため、リゲルはソフィアを連れ出したのだった。
1日中図書室にこもっているだけの自分もどうかとは思うが、それでも彼女には明るくいてほしい。
それに、一応、母国への報告にもなる。聖女の何たるかを調査せよとは団長の言葉だが、こうして街を歩いている彼女は周りの人たちと何ら変わらない、普通の女性だ。
(これって、デートってことでいいのかな)
急によこしまな考えが浮かんだが、それを頭から追い出すようにリゲルは小走りでソフィアの隣に進んだ。
「リゲルさんは、このあたりでお買い物をしたりするの?」
「はい、そうです! ボクは…ほら、あの通りをしばらく歩いたところにあるアパートに住んでるので」
「そうだったのね! 一度お部屋にうかがってみたいわ」
「え!? あ、いやー、あまり掃除が得意じゃなくて…」
「ふふ、リゲルさんのこと、実はあんまり知らないから、こうやって教えてもらえると嬉しいわ」
そんな話をしているうちに商店の中ほどまで進んだ。そこには円形の広場があり、多くの住民が憩いの時間を過ごしている。
ソフィアの出で立ちは目立つのか、多くの人がこちらを見てくる。
ふと、一人の老人が話しかけてきた。
「もしかして、あんたが聖女さんかい?噂は聞いてるよ」
「え? はい、私は聖女ソフィアです。あの、噂って…?」
話を聞いてみると、街の人たちは聖女が城に来たことを知っており、一度心優しい聖女に会ってみたいと思っている人が多いようだ。噂の出どころは城の侍女。どうやら噂話は止めようがないらしい。
「それにしても、聖女という言葉を聞くのは久しぶりだねえ」
「そうなんですか?」
老人のぼやきのようなひとことにリゲルが反応する。
「昔は良く話があったものさ、亡くなった王妃様が聖女様だったって」
「えっ!?」
老人は何気なく言ったつもりだろう。しかしその言葉にソフィアもリゲルも思わず声を上げた。
そんな様子が気になったのか、近くにいた別の老婆が話に入ってきた。
「おや、あんたたちは知らないのかい? まあ無理もないか…王妃様がなくなっちまって、ずいぶん経つものねえ。ほら、カインス様のお母様だよ」
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