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1 クルマにはねられて気づけば冒険者ギルドへ

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『どうか、どうか力を貸してください!!英雄様!!!』
「うわあっ!?」

驚き、反射的に自転車のブレーキをかける。

突然頭の中に響いた女の声。

キョロキョロと辺りを見渡すが、俺に話しかけてきたと思われる声の主は見当たらない。

今のは何だ?

改めて周りを確認しようとしたが、そこで俺に迫ってきたのは猛スピードで走ってくるトラックとけたたましいクラクションだった。

あ、死ぬ。

そう思うと同時に俺の身体は思い切り弾かれ、天高く舞い上がり、そして塵になった。そんな気がした。


・・・・・


「ヤルダ村の冒険者ギルドへようこそ!」

再びの突然の大声に俺はビクッと身体を震わせた。

見渡すと、木造の山小屋みたいな建物の中。
現代日本の、俺の職場があるようなコンクリートで作られたオフィス街とはまったく違う。

明らかに初めて来る場所なのに、この「絶対ここ知ってる感」は何だ。

「さあさあ、入ってください!サインはこちらでー」

目の前にいる声の主は、デニム生地っぽいワンピースに黒いエプロンをつけたポニーテール姿の青髪少女。
透き通るような白い肌が綺麗だ。
その朗らかな声に半ば無理やり引っ張られるような形で、扉の奥に案内される。

なんだ?
どういうことだ?

俺は今日も怠さを抱えたまま出社する途中だったはずだが。
そしてトラックにはねられ、すべてが終了したはずだが。

「ここは…」

ああ、そうか。
ここは『サウザンドレジェンド』、通称サンレジェの冒頭じゃないか!!



世界は平和になりました。
もう悪いヤツはどこにもいません。

要約すればそんな感じの言葉を何度も何度も何度も見てきた。
そして、その度に次のイベント次の冒険が始まる・・・。

キリがない?いやいや、最高じゃないか。
ゲームサービスってのは続いてこそだよなあ。

季節は春。桜の花びらがちらほらと風に吹かれて舞っている頃。

俺、塚田光(つかだひかる)が大学を卒業して就職した会社では、それなりに営業回りやプレゼン評価で悪くない道を進んできた。
もちろん、そんな成功体験が霞むくらい失敗も多かったし、客先で恥も書いたし、ウゼエ上司は当然のように湧いて出たし。

まあ、SNSで流れてくる「誰かの愚痴」と大差ない世界だった。
まったく面倒だよな、人間社会ってヤツは。

現実逃避などと言う気はないが、31歳という年齢を迎えても、俺の脳内は昔から大好きなRPGゲームの話ばかりだった。
しかし、その環境は据え置きゲーム機からスマホの中へ。

テレビをつけるより、PCを立ち上げるより、寝起きのワンタッチで起動できるスマホゲーの利便さに俺はのめり込んだ。

剣と魔法で暴れまわる近世ヨーロッパ的王道ファンタジーRPG「サウザンドレジェンド」。

俺は当時、サンレジェでトップに立つと決めていた。

ストレスになるのは超絶強力な武器入手のための課金だけだが、サービスを継続してもらうための必要経費と考えれば文句はない。
もちろん収入に限界はあるが、死なない手前まで切り詰めるのが俺の生き様だ。

サービス開始とともにハマり続けて2年半。
有限実行、ゲーム進行度とボス撃破最速記録をいくつも有するに至った俺は、キャラクター名「アスマ」として、サンレジェプレイヤーの界隈ではそこそこ有名な存在になっていた。
どうせなら俺が飽きるまで続いてくれ。頼むぜ運営。

そう思った矢先のことだった、サンレジェサービス終了が告知されたのは。

目の前が真っ暗になった。あの時は本当に悲しかった。まるで親しい誰かが死んでしまったみたいに。
もうサンレジェの世界に入ることはできないのか・・・。

終了が告知されてから実際の終了日までの2か月、俺はログインをやめ、SNSを閉じ、サンレジェの情報を一切受け取らないようにしていた。
とにかく目を背けたのだ。

しかしアプリを消すことはできなかった。

あれから半年が経った今も、サンレジェは俺の心に残ったままだ。



「お兄さん?ぼーっとして大丈夫ですか?
もう一度言いますよー、ヤルダ村冒険者ギルドへようこそ!まずはこちらでお名前の登録をお願いしますね!」

ヤルダ村はサンレジェのスタート地点になる場所だ。
冒険者ギルドを中心にアイテムの売買、能力アップの訓練、ゲームの進行状況の確認などができるプレイヤーの拠点。

にこやかに案内してくれる女の子にも、当然既視感がある。
当たり前だ。毎日ログボを届けてくれたあの子だ。

「レナ! レナじゃないか! ナビゲーターキャラの!」
「え? ええと、はい、私はレナですが…あの、以前お会いしたことありましたっけ?」
「あ、え、あー! ごめんごめん、そんなに引かないで。ギルドの美人看板娘って街で評判なんだよ」
「そんな話になってるんですか? ちょっと嬉しいな!」

とりあえずごまかしておく。
いかんいかん、興奮が抑えられないが、それで誰かに取り押さえられる、みたいな事態は避けたい。

クルマにはねられてゲーム世界へ転移。
ザックリ言えばそういう展開なのだろう。

深く考えるな、実際そうなっているんだからしょうがない。

とりあえず看板娘とやり取りを進めよう。
登録者名にアスマ・レガンスと記載する。

「はい、アスマさんですね! ・・・え、あの伝説の英雄と同姓同名!?」
「英雄? 待ってくれ、俺の名前を知ってるのか?」
「姓まで一緒なのは珍しいですよー!まさかご本人・・・?あ、でも年齢が全然違うから別人ですよね?お兄さん絶対若いですもんね?」
「そんな若くないって」

苦笑いを返しながら、ふと窓ガラスを見ると、そこには自分とは似てもにつかない黒髪の青年が映り込んでいた。

「え、これ俺!? 誰!? 若っ!!」
「はい? あのー、アスマさん?わざとやってらっしゃるんですか?」

レナが困った顔で俺の様子を見つめてくる。
いや、これはさすがに混乱する…!
誰だよお前!?
でも確実にこれは俺だ…認識できるってどういうことだ、わけがわからない…!

しかし騒いでこれ以上不審に思われてもいけないよな。

「ごめんごめん、若いとか言われるの慣れてなくって」
「あ、それはそうですよね!私こそ、若い人に若いですね!とか言っちゃってごめんなさい。じゃ、これから英雄と同じくらい活躍してくださいねアスマさん!」
「任せてくれ!」

よし、とりあえず会話がおさまったぞ。

状況として、ゲーム内のキャラクターがアスマ・レガンスを伝説の英雄として認識している。

ということは、サービス開始2周年記念・英雄統一戦ベント実装後のサンレジェだな、ここは。
あのイベントで俺はプレイヤー総合ランキング6位になった。

その後、ゲーム内ではモブに話しかけても「あのアスマかい!」と言われるようになったりしたので、イベント以後にプレイヤーの名前が世界に浸透した、というような演出がされたのだろう。
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